橋本大輝に母親や兄弟や父親など実家の家族も全部まとめた!

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体操男子の橋本大輝(はしもと だいき)さん。

橋本大輝さん
出典:https://www.afpbb.com/articles/-/3358963

2021年の東京五輪で、個人総合と種目別鉄棒の2冠。2024年のパリ五輪では団体総合で金メダルを獲得しました。2025年4月にプロに転向し、2025年の世界選手権では内村航平さんに次ぐ史上2人目の個人総合3連覇。2026年4月には全日本個人総合で6連覇を達成し、10月17日に開幕する世界選手権では4連覇に挑みます。

お兄さん2人も体操をしていた「体操一家」の末っ子です。家族の顔ぶれはこちら。

  • 父:久一さん。地方公務員
  • 母:祥子さん。体育の教師で、バスケットボールの指導者
  • 兄:5学年上の拓弥さんと、3歳上の健吾さん。どちらも体操経験者
  • 祖父母:共働きの両親に代わって、送り迎えや食事を担当していた

ネットでは「母親がいない」という噂もありますが、これはデマです。

橋本大輝のプロフィール

  • 名前:橋本大輝(はしもと だいき)
  • 生年月日:2001年8月7日
  • 出身:千葉県成田市
  • 学歴:佐原中学校 → 市立船橋高校 → 順天堂大学
  • 所属:日本生命・セントラルスポーツ

橋本大輝の父親はどんな人?

父・久一さんは地方公務員

お父さんは橋本久一さんです。東京五輪の当時、54歳と報じられていました。

橋本大輝さんの父親

お父さんの仕事は地方公務員で、「学校の先生」と伝えた報道もあります。ネットには「千葉の県立高校の教師」という書き込みもありますが、どこの学校に勤めているのかはわかっていません。

父が語る負けず嫌いな三男

東京五輪のあと、お父さんは女性自身の取材にこう話しています。

「うちの子たちはみんな体操選手。長男が初めに近所の体操クラブへ行って、続いて次男と三男の大輝もお世話になりました」

幼いころから負けず嫌いで、どんな技でも「兄ちゃんにできるなら自分もできる!」と言っていたそうです。お兄さんたちに近寄っては邪険にされ、けんかを売っていた、とも笑いながら振り返っています。

父のコメントと応援

東京五輪で金メダルを取った夜には、こんな言葉も伝えられています。

「周りに支えられているから、ここまでできたのでしょう。でも、きょうは出来すぎです」

地元紙に載った言葉として伝わっていますが、どの紙面に出たものかは定かではありません。

本人がお父さんについて語ったとされる言葉も、ネットで広まっています。

橋本大輝

父はあまり結果を出せとは言いませんが、小さな試合でも見に来てくれて嬉しかったです。見守ってくれる安心感は演技に繋がっていると思います。声かけも大事ですが、そばで優しく見守ることも大事だと思います。

結果をせかさず、会場に足を運んでくれる父親だったという話です。ただ、いつどこのインタビューなのかは出てこないので、本人の言葉かどうかは確かめようがありません。

橋本大輝の母親はどんな人?

母・祥子さんは体育教師

お母さんは橋本祥子さんです。お父さんと同じく、東京五輪の当時54歳でした。

橋本大輝さんの母親

Numberの記事では、お母さんは体育の教師で、バスケットボールの指導者と紹介されています。

体操を始めたきっかけは母

橋本大輝さんが体操を始めたのも、お母さんがきっかけでした。お母さんに連れて行かれた体育館の半分で練習していたのが、地元の佐原ジュニア体操クラブだったそうです。

橋本大輝さんの幼少期

先にお兄さんたちが通い始め、橋本大輝さんもあとを追うように入りました。本人は「兄がやっているということで(練習場に)連れて行かれた感じ」と話しています。

名前に込めた両親の願い

「大輝」という名前は、8月生まれであることから、「夏の太陽のように輝いて欲しい」という願いを込めてご両親が付けたと報じられています。

高校選びで背中を押した母

高校進学のとき、橋本大輝さんは体操の強豪・市立船橋高校を選びます。お母さんが「試合に出られないかもよ」と聞くと、本人はこう答えたそうです。

「強い刺激を受けて、もまれたい。挑戦したい」

お母さんは「上を目指そうという覚悟を感じた。最大の転機だった」と振り返っています。

「母親がいない」はデマ

ネットでは「橋本大輝さんには母親がいない」という噂が出回っています。

でも、お母さんの祥子さんは名前と年齢つきで新聞などに何度も登場していて、この噂はデマです。共働きのご両親に代わって祖父母が送り迎えや食事をしていた「おばあちゃん子」の話はありますが、お母さんがいないわけではありません。

なお、ネットでは「幼いころはぜんそくがひどく、夜も眠れなかったとお母さんが明かした」とも言われていますが、お母さんがどの取材でそう話したのかは、出どころがわかりません。

橋本大輝は祖父母に育てられた?

4世代の大家族

橋本家は、兼業の稲作農家です。ご両親が共働きだったため、体操クラブへの送り迎えはおじいさんの正尚さん、ご飯はおばあさんの久子さんの担当でした。行きはおじいさんが送り、帰りは仕事を終えたお父さんが迎えに来ていたそうです。

お兄さんの拓弥さんは、こう話しています。

「うちは両親が公務員で共働きなので、佐原ジュニアに車で送ってくれていたのは2年前に亡くなったおじいちゃんでした」

おじいさんは2019年ごろに亡くなりましたが、東京五輪の金メダルのときには、家族が遺影にも戦いぶりを見せたそうです。

好物は祖母のカレー

橋本大輝さんの好物は、実家でとれた野菜が入ったおばあさん手作りのカレーです。お兄さんも「僕ら兄弟はみんな、実家のご飯が大好き」「特にカレーは大輝も好きだと思います」と話しています。

好きな食べ物を聞かれて、こう答えたこともあると言われています。

橋本大輝

おばあちゃんが作る、混ぜご飯です!

カレーと並ぶ「おばあちゃんの味」ですが、本人が答えた場面ははっきりしていません。

田んぼの手伝いでトレーニング

おじいさん、おばあさんはよく田んぼに連れて行ってくれて、橋本大輝さんも見よう見まねで農作業を手伝っていたそうです。30kgの米袋を運ぶことが、体づくりにもつながったと報じられています。

お父さんは「トレーニングとまで言えるかどうか(笑)、でも大輝は積極的にお手伝いしてくれていました」と話していました。高校の恩師も「家庭環境が作り出した体の強さです」と語っています。

ネットでは、おばあさんが「お母さんのご飯よりおばあちゃんの方がいい!とか言うてね」と話した、という話もありますが、おばあさんがどの取材で口にした言葉なのかは、わかっていません。

橋本大輝の兄弟は兄が2人

3兄弟の末っ子

橋本大輝さんは3兄弟の末っ子です。本人も「僕は末っ子で、兄が二人います」「兄という目標がいたからこそ上達できましたし、負けず嫌いに育ったのだと思います」と話しています。

橋本大輝さんと兄弟

長兄・拓弥さん

5学年上の長兄・拓弥さんは、最初に佐原ジュニア体操クラブに入った人です。東海大学の大学院まで体操を続け、2020年ごろに引退しました。

橋本大輝さんと兄

拓弥さんは弟について「小さいころの大輝は、僕や健吾に必死についていこうというイメージだったと思います」「『納得できないとやだ』みたいなタイプ。うまくできないのが嫌だから練習するんでしょうね」と話しています。

練習中には、長兄にまで「おまえが邪魔だ」と言い放つほどの負けず嫌いだったんだとか。今でも新しい技がうまくいかないと、お兄さんに動画を送ってアドバイスを求めるそうです。

東京五輪の代表選考のとき、決勝の会場に応援に行くか迷うお兄さんに、こう返したとも報じられています。

橋本大輝

おれ、優勝するから来てよ!

次兄・健吾さん

3歳上の次兄・健吾さんも、体操を続けてきました。

橋本大輝さんの兄

ネットでは「健吾さんも東海大学の体操競技部で主将を務めた」と言われていますが、裏付けのある話ではありません。お兄さんたちの現在の仕事は公表されていません。

橋本大輝の実家はお金持ち?

実家は千葉県成田市

橋本大輝さんは千葉県成田市の出身です。実家は水田のある兼業農家で、おじいさん、おばあさんに連れられて田んぼの手伝いをしていた家です。