SVリーグのSAGA久光スプリングスでミドルブロッカーを務める荒木彩花(あらき・あやか)さん。

前衛の3ローテーションでだけ着用するゴーグルが、「ハイキュー!!」の月島蛍のスポーツグラスにそっくりだと話題を集めた選手でもあります。
2024年のパリオリンピックでは、予選リーグのブラジル戦という流れを引き戻したい場面で送り出された実力派。2025-26シーズンにはチームをSVリーグ初優勝へ導き、個人としてもリーグ最高の評価を受けました。
そんな荒木彩花さんを育てたご実家、そしてお父さん・お母さんはどんな方たちなのでしょうか?
今回は荒木彩花の両親(父親・母親)はどんな人?兄弟姉妹など実家の家族も調査!
という事で、ご実家のある福岡県大野城市から、バレー経験者だというご両親、お兄さん、そして”もうひとりの荒木”との関係まで調べてみました。
荒木彩花の実家はお金持ち?
まずは、荒木彩花さんが生まれ育ったご実家まわりから見ていきましょう!
荒木彩花の実家の場所は福岡県大野城市
荒木彩花さんの出身地は、福岡県大野城市。博多からもほど近い、福岡都市圏のベッドタウンです。
詳しい住所は公表されていないので、通われた小中学校からエリアを絞り込んでみましょう。
まず出身小学校は大野城市立大利小学校。この学校の通学区域は次の通りです。
大字大利(一部)
上大利1丁目~上大利5丁目
下大利1丁目~下大利5丁目
中央1丁目(一部)
中央2丁目
そして出身中学校は大野城市立大利中学校。こちらは2つの小学校から生徒が集まります。
大野城市立大利小学校
大野城市立下大利小学校
この2つを重ねると、ご実家は大利小学校の通学区域内にある可能性が高いと考えられますね。

もちろん、あくまで学区からの推測。番地レベルの住所が公表されているわけではありませんので、そこはご承知おきくださいね。
中学校までを大野城市で過ごされた荒木彩花さん。パリ五輪前最後の国際大会だったネーションズリーグには福岡ラウンドがあり、地元のみなさんに代表としての姿を見せる絶好の機会になりました。
荒木彩花の実家はお金持ち?
結論からいうと、荒木彩花さんのご実家はごく一般的なご家庭と見るのが自然そうです。
そう考えられる手がかりが、こちらの2つ。
小中学校が公立校
小学生の時の習い事が水泳
ひとつずつ見ていきましょう。
小中学校が公立校
先ほど触れたとおり、通われたのは小・中とも地元の公立校です。
小学校:福岡県大野城市立大利小学校
中学校:福岡県大野城市立大利中学校
バレーとの出会いも中学校の部活動の体験入部から。エリート養成コースを幼少期から歩んだタイプではなく、進路としてはごく標準的な流れなんですね。
小学生の時の習い事が水泳
小学生時代の習い事は水泳だったそうです。
複数の習い事を掛け持ちしていない
水泳はごく一般的な習い事
特別な英才教育に大金を投じた形跡は見当たらない、というのが正直なところですね。
ただし、ご両親の職業や年収が公表されているわけではありませんので、「一般的なご家庭のようだ」というのはあくまで手がかりからの推測です。断定はできない、というのが正確なところでしょう。
ちなみにネット上には「実家は資産家では」「父親は◯◯の仕事らしい」といった書き込みも見られますが、いずれも出どころのはっきりしない情報で、裏付けはまったくありません。
この手の話は一人歩きしやすいので、「そういう書き込みがあるだけで、真偽は不明」と受け止めておくのが正解ですね。
荒木彩花の実家の両親(父・母)はどんな人?
続いては、この記事の本題であるお父さん・お母さんについてです!
荒木彩花の父親はバレーボール経験者
お父さんについて確実に分かっているのは、バレーボール経験者だという一点です。
お名前や職業までは公表されていません。ただ、地元である大野城市の周辺にはVリーグ級のチームが存在しなかったことを踏まえると、トップリーグで戦ってきた選手というわけではなさそうです。
部活動や社会人サークルでバレーに親しんできた、というあたりが現実的な線でしょうか。
荒木彩花の母親もバレーボール経験者で長崎出身
お母さんもまたバレーボール経験者。そして長崎県長崎市高浜町のご出身であることが分かっています。
つまり荒木彩花さんは、父も母もバレー経験者という”バレー一家”に生まれたことになりますね。
ちなみに荒木彩花さんの身長の推移がこちら。
中1:171cm
中2:180cm
現在:184cm
中学1年ですでに171cm、そこから1年で9cmも伸びているという成長ぶり。日本人女性としてはかなりの高身長です。
ご両親そろってバレー経験者という事実と合わせて考えると、お父さんもお母さんも背の高い方なのではと想像できますね。(※ご両親の身長そのものは公表されていませんので、あくまで推測です)
荒木彩花がバレーを始めたのも両親の影響?
ご両親の存在が一番大きく効いているのが、じつは競技との出会いの部分です。
荒木彩花さんがバレーを始めたのは中学校の部活動から。顧問の先生に声をかけられたことがきっかけだったと語られています。
ただ、数ある部活のなかからバレー部の体験入部へ足を運んだ背景には、「両親がバレーをやっていたから」という理由もあったと伝えられています。声をかけられて、しかも家に経験者が2人いる。これは自然な流れですよね。
そこからの成長がまた凄まじく、
中学の体験入部でバレーボールを始める
競技開始からおよそ1年半で全国都道府県対抗中学大会(JOC)に出場
高校は全国常連の東九州龍谷高校へ進学し春高バレー制覇
U20世界選手権では石川真佑・山田二千華らと世界一を経験
という、まさに”見つかった逸材”の歩み。始めたのは中学、それでも1年半で全国。この加速のスタート地点に、バレー経験者のご両親がいたわけですね。
荒木彩花の両親のエピソードも紹介
正直なところ、ご両親との具体的なエピソードはほとんど表に出ていません。一般の方ですから当然といえば当然ですね。
ここでは、数少ない確かなエピソードと、荒木彩花さんが身を置いてきた”バレー家庭”の空気が伝わる話をまとめておきます。
幼少期に母親の実家に遊びに行く
お母さんのご実家がある長崎県長崎市高浜町は、長崎半島にある海沿いの町。
荒木彩花さんは幼いころ、この母方の実家にお兄さんやいとこと一緒に遊びに行き、海岸で走り回っていたそうです。
体育館でゴーグル姿の勇ましいブロックを見せる選手も、かつては海辺で兄を追いかける女の子だったんですね。
バレー経験者を親に持つ選手の”あるある”
両親がバレー経験者、という環境はどんなものなのでしょうか。競技の現場でよく語られる”あるある”はこちらです。
プレーに関してガンガン口出しをするタイプ
基本は口出しせず、子どもから聞かれた時だけ答えるタイプ
前者のタイプになると、指導者資格を取ってベンチに入ってしまう方、応援席から容赦なく喝を飛ばす方、帰宅後に試合映像で反省会を開く方まで。ちなみに応援席からの喝は、会場がどれだけ騒がしくても本人にはハッキリ聞こえているそうですよ。
荒木家のご両親がどちらのタイプだったのかは分かりません。ただ中学から競技を始めた娘にとって、家に経験者が2人いるという環境は相当心強かったはずですよね。
東九州龍谷高校バレーボール部の保護者会がすごい
荒木彩花さんの母校は、全国大会常連の東九州龍谷高校(東龍)。ご両親も、この学校の保護者としてスタンドから娘を見守ってきたことになります。
東龍のチームカラーは赤。保護者のみなさんはオリジナルのTシャツやジャンパーを身につけて応援に駆けつけます。
全国大会の上位ともなると、その応援団は東京体育館のスタンド2~3ブロックを占める大所帯に。
それだけの人数でも応援が乱れないのは、保護者会どうしの連携、そしてベンチに入れなかった部員との連携がしっかりしているからだそうです。
高校バレーの醍醐味のひとつでもあるこの光景。経験者だからこそのサポートは、荒木彩花さんにとって最強の応援だったのではないでしょうか。
荒木彩花の兄弟姉妹も調査!
両親のあとは、ご兄弟についても見ていきましょう!
荒木彩花には兄がいるらしい
ご兄弟について確認できたのは、お兄さんがいるという一点でした。
お名前も年齢も、バレーをされているかどうかも公表されていません。一般の方なので、そこは仕方のないところですね。
ただ、先ほどの「母の実家で兄やいとこと海岸で遊んでいた」という話からすると、一緒に遊べるくらい年齢の近いご兄妹だったのかもしれません。
荒木彩花と荒木絵里香に血縁関係はある?
荒木彩花さんを調べていると、必ずといっていいほど名前が並ぶのが元日本代表の荒木絵里香さん。

そう思われてしまうのも無理はなくて、
名字が荒木
「アラキアヤカ」と「アラキエリカ」で2文字しか違わない名前
ポジションが同じミドルブロッカー
おまけに身長も体格も近いとくれば、親戚だと思われても仕方ありません。
ですが結論をいうと、お二人に血縁関係は一切なく、まったくの偶然です。あくまでバレーボール界の先輩・後輩という間柄なんですね。
その荒木絵里香さんのプロフィールがこちら。
生年月日:1984年8月3日(2026年で42歳)
出身地:岡山県倉敷市
身長:186cm
出身高校:成徳学園(下北沢成徳)
所属チーム:東レ→上尾メディックス→トヨタ車体
ポジション:ミドルブロッカー(MB)
2008年北京から4大会連続で五輪出場、2012年ロンドンで銅メダル、2020年東京大会では主将。2021年9月に現役引退
ちなみにパリ五輪前のネーションズリーグで解説を務めた荒木絵里香さんは、こんなふうに漏らしていました。
同じ荒木だし、ポジションも同じなので少し恥ずかしい
解説者として名前を呼ぶたびに自分の名前が返ってくる、という不思議な状況ですもんね(笑)。
なお2025年3月には、その荒木絵里香さんがインタビュアーとして荒木彩花さんに直撃取材するという企画も実現しています。血のつながりはなくても、”荒木つながり”の縁はしっかり続いているようですね!
荒木彩花の現在は?ケガを越えて掴んだリーグ最高評価
最後に、ご家族が見守ってきた荒木彩花さんの”現在地”にも触れておきましょう。


じつは荒木彩花さんのキャリアは、ケガとの戦いの連続でもありました。
2021年4月:右膝外側半月板損傷(全治6か月)
2023年7月:ネーションズリーグのタイ戦で足を負傷し車いすで会場を後にする
2023年11月:約5か月ぶりの復帰戦で左薬指の中手骨を骨折し再び手術
とくに2023年の負傷は、目標にしていたパリ五輪最終予選への出場が絶望となるもので、当初は誰とも連絡が取れないほど落ち込んだと本人が振り返っています。
それでも復活を遂げ、2024年にはパリオリンピックの舞台へ。そして2025-26シーズン、ついに大きな花が咲きます。
2026年4月26日:SAGA久光スプリングスがSVリーグ初優勝(大阪Mを2連勝で撃破)
レギュラーシーズンのアタック決定率52.8%は外国人選手を抑えてリーグ1位
2026年5月19日:SVリーグ年間表彰式でベスト6とトップスパイカーをともに初受賞
2026年度のバレーボール女子日本代表にも選出
198cmの外国人選手とのミドル対決でも一歩も引かず、ブロード攻撃まで武器にして相手の的を絞らせない。ケガに泣いた選手が、リーグで一番決めるミドルブロッカーになったわけですね。
…ところが、その矢先にまたしても試練が襲います。
2026年6月、ネーションズリーグ第2週フィリピン大会のセルビア戦。第1セット、セッター関菜々巳選手のツーアタックに合わせて助走・ジャンプした荒木彩花さんは、着地の際に足を負傷してしまいます。
自力で歩くことができず、スタッフに抱えられてコートを後にする姿に会場は静まり返り、SNSにも心配の声があふれました。所属するSAGA久光も「荒木選手の怪我が軽傷であることを祈ります」とコメントを出しています。
その後、日本代表は荒木彩花さんをリザーブへ回すメンバー変更を行いました。
なお2026年8月に中国・天津で行われた女子アジア選手権では、日本は準決勝でタイに1-3で敗れて4強止まりに終わっています。ただ、この大会に荒木彩花さんが出場していたかどうかは、公表された情報からは確認できませんでした=現時点では不明です。
膝、足、指、そしてまた足。これだけ大きなケガを重ねながら、そのたびにコートへ戻ってきた選手です。今回もきっと、また立ち上がってくれるはずですよね。
そして2026年9月2日で25歳。中学の体験入部からわずか十数年で、日本のバレーボール界を背負う選手になったことになります。
ご両親がバレー経験者でなければ、あの日の体験入部はなかったかもしれません。表には出てこないご家族ですが、その存在は間違いなく大きかったはずですね!
まとめ
今回は荒木彩花の両親(父親・母親)はどんな人?兄弟姉妹など実家の家族も調査!
という事で、ご実家のある大野城市からご両親、お兄さん、そして”荒木つながり”の話までまとめてお届けしました。
- 荒木彩花さんの実家は福岡県大野城市。出身校の学区から大利小学校エリアと推測される(住所は非公表)
- 小中とも公立校、習い事は水泳ひとつ。実家は一般的なご家庭の可能性が高いが確証はない
- 父親はバレーボール経験者。地元にVリーグ級のチームがなく、トップレベルの選手ではなさそう
- 母親も長崎県長崎市高浜町出身のバレーボール経験者で、両親そろってのバレー一家!
- バレーを始めたのは中学の体験入部。顧問に誘われたことに加え、両親が経験者だったことも後押しになったと伝えられている
- 兄弟姉妹は兄がいるらしいが、名前や年齢は非公表。幼少期は母の実家がある長崎の海岸で一緒に遊んでいた
- 荒木絵里香さんとの血縁関係はなし。2025年3月には絵里香さんが彩花さんを取材する企画も実現!
- 度重なるケガを乗り越え、2026年はSAGA久光のSVリーグ初優勝に貢献。ベスト6とトップスパイカーを初受賞した
- 2026年6月のネーションズリーグ・セルビア戦で再び足を負傷し、代表はリザーブへメンバー変更となった
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。