小説家の遠野遥(とおの はるか)さん。

2019年に『改良』で文藝賞を受賞してデビューし、翌2020年には『破局』で芥川賞を受賞しました。平成生まれで初めての芥川賞作家です。2026年3月には、最新作の長編『吸血鬼』(集英社)を出しています。
なお、古い記事には「芥川賞と直木賞を受賞」と書かれているものがありますが、直木賞は受賞していません。
父親がBUCK-TICKの櫻井敦司さんだとわかったのは、2020年の対談でした。一方、育ててくれたお母さんについては、今もわずかな話しか出ていません。
- 父:BUCK-TICKのボーカル・櫻井敦司さん(2023年10月に死去)
- 母:一般の方。元スタイリスト。名前は公表されていない
- 両親は遠野遥さんが1歳のころに離婚し、母親のもとで育った
- 兄弟姉妹について公表された情報はない
ネットでは母親の名前を「渡辺さゆり」とする話が広まっていますが、公表された事実ではありません。
遠野遥のプロフィール
- 名前:遠野遥(とおの はるか)
- 生年月日:1991年8月22日
- 出身:神奈川県藤沢市
- 学歴:慶應義塾大学法学部卒業
- 受賞歴:第56回文藝賞(『改良』)、第163回芥川賞(『破局』)
主な作品は、『改良』『破局』『教育』『浮遊』、そして2026年の『吸血鬼』です。
遠野遥の父親は櫻井敦司
対談で親子だと明かした
遠野遥さんのお父さんは、ロックバンドBUCK-TICKのボーカル・櫻井敦司さんです。

2人が親子であることは、2020年10月7日発売の文芸誌『文藝』2020年冬季号で明かされました。「生まれながらの影響 抱きしめたいほどの虚無」と題した対談が載り、発売の翌日には1万部の増刷も決まりました。

それまで親子関係は公にされていませんでしたが、「櫻井さんには最初の奥さんとの間に子どもがいる」という話は、一部のファンの間では前から知られていたと言われています。
「遠野先生」「櫻井さん」と呼び合う親子
対談では、2人がお互いを「遠野先生」「櫻井さん」と呼び、敬語で話していたと紹介されています。
遠野遥さんは、小学生のころからBUCK-TICKを聴いていたそうです。ネットでは、バンドマンとしての櫻井さんを尊敬していたお母さんが、幼い息子にBUCK-TICKの曲をすすめていたとも言われています。バンドについては、こう話しています。
ダークな世界観が確立されているバンドです!
BUCK-TICKの歌詞のほとんどは、櫻井敦司さんが書いています。


若いころの櫻井敦司さんと遠野遥さんを並べると、目元の雰囲気がよく似ています。
万年筆のプレゼントとタイトルへの助言
2023年の週刊女性PRIMEは、レコード会社関係者の話として、こんなエピソードを伝えています。
- 芥川賞を受賞したとき、櫻井敦司さんが万年筆をプレゼントした
- 本のタイトルについてアドバイスすることもあった
- 一方で、作品の性や暴力の激しい描写にショックを受けたとも語っていた
ネットでは「『改良』というタイトルは父の助言から決まった」とも言われていますが、関係者の話には具体的な書名が出てこないため、『改良』のことなのかはわかっていません。
2023年10月、櫻井敦司さんが死去
櫻井敦司さんは、2023年10月19日、横浜でのライブ中に体調を崩して救急搬送され、脳幹出血のため亡くなりました。57歳でした。
対談から3年。親子が公に言葉を交わした機会は、この対談がほぼ唯一だったことになります。2026年10月16日時点で、父の死について遠野遥さんが公にコメントした記録は見つかりませんでした。
遠野遥の母親はどんな人?
母は元スタイリストの一般女性
お母さんは一般の方です。櫻井敦司さんは1991年にスタイリストの女性と結婚し、同じ年に遠野遥さんが生まれました。しかし、1年後の1992年に離婚しています。
遠野遥さんは、お母さんのもとで育ちました。
「渡辺さゆり」という名前は未公表
ネットでは、お母さんの名前は「渡辺さゆり」さんだと書かれていることがあります。
ただ、この名前は本人も事務所も出しておらず、報道にも登場しません。いつ誰が言い出したのかもはっきりしない噂です。
「BUCK-TICK担当のスタイリストだった」「結婚当時24歳だった」という話も出どころは不明で、お母さん本人と言える顔写真も出ていません。
遠野遥が語った母の記憶
お母さんについて本人が語ったことは、ほとんどありません。数少ない言葉が、2020年の文藝春秋のインタビューです。
母親が家で音楽を流していて、よくDeep Forestの曲がかかっていました。
曲に合わせて踊ったりもしていたそうです。
同じインタビューでは、小学生のころは「かくれんぼや自転車での鬼ごっこが好きで、活発に遊んでいました」「今より性格が明るくて、人を笑わせるのも好きでした」と話しています。小学校ではサッカー部、中学校では軟式テニス部に入っていたそうです。
両親の離婚の原因は?
両親の離婚の理由は公表されていません。
ネットでは、「結婚していたころ、櫻井敦司さんとタレントの大西結花さんの同棲が報じられた」という話が離婚の原因として語られています。


同棲を報じたとされる雑誌名や時期は特定されておらず、大西結花さんの著書『セキララ』に櫻井さんが登場するという話も、どんな内容なのかは伝わっていません。離婚の原因と結びつけるのは、ネット上の推測です。
遠野遥の兄弟は?
遠野遥さんに兄弟姉妹がいるのかは、公表されていません。
櫻井敦司さんは2004年に一般の女性と再婚しています。ネットでは、再婚相手との間に娘がいる、つまり遠野遥さんに異母妹がいるという話もありますが、大手の報道には出ておらず、真偽はわかりません。
遠野遥の実家は藤沢市
遠野遥さんは神奈川県藤沢市の出身です。
通っていた学校は、ネットでは次の2校だと言われています。
- 小学校:藤沢市立駒寄小学校(神奈川県藤沢市大庭5527-2)
- 中学校:藤沢市立大庭中学校(神奈川県藤沢市大庭5416-6)
どちらも藤沢市の北西部、大庭(おおば)地区にある学校です。
2校の所在地がそろって「大庭」なので、お母さんと暮らしていた実家も大庭のあたり、駒寄小学校の学区内だったのではとみられています。本人は学校名を明かしていません。
実家がお金持ちかどうかは、判断できる情報がありません。両親が早くに離婚し、お母さんが一人で育ててきたことから、ネットでは「裕福な家庭ではなかったのでは」と言われることもありますが、これも根拠のある話ではありません。
まとめ
今回は「遠野遥の母親・渡辺さゆりの顔写真は?父や兄弟など実家の家族も調査!」と題して、遠野遥さんの家族についてまとめました。
- 父はBUCK-TICKのボーカル・櫻井敦司さん。2020年の『文藝』の対談で親子だと明かした
- 櫻井敦司さんは2023年10月に57歳で亡くなった
- 母は元スタイリストの一般女性。1991年に結婚し、1992年に離婚
- 「渡辺さゆり」という母の名前は公表されておらず、本人と確認できる顔写真も見つからない
- 離婚の原因とされる大西結花さんとの話は、出どころのはっきりしない噂
- 兄弟姉妹の公表された情報はなく、異母妹がいるという話も真偽不明
- 実家は神奈川県藤沢市で、出身校とされる2校の所在地から大庭地区とみられる
- 芥川賞は受賞しているが、直木賞は受賞していない
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。