お笑いコンビ「博多華丸・大吉」の博多華丸(はかた はなまる)さん。本名は岡崎光輝(おかざき みつてる)さんです。

2006年にR-1ぐらんぷり、2014年にTHE MANZAIで優勝。2018年からはNHK『あさイチ』のMCを務め、2026年で9年目を迎えました。2026年夏には読売テレビのドラマ『親愛なる夫へ〜完璧な妻の嘘〜』にも出演しています。
そんな博多華丸さんのお母さん・弘子さんは、1996年に不慮の事故で亡くなりました。48歳でした。
お父さんが興した博多の建設会社は弟さんが継ぎ、長男の博多華丸さんは芸人の道へ進みました。
- 母:1996年に不慮の事故で亡くなった(48歳)。化粧品販売で代理店を構えるほどの働き者だった
- 父:大学卒業後まもなく土木会社「岡崎産業」を興した
- 弟:父の跡を継いで岡崎産業の社長に
- 実家:福岡市早良区。建設会社を営む家で、教育費を負担できる余裕はあったとみられる
2023年12月に放送されたNHK『ファミリーヒストリー』で、家族のルーツやお母さんのことが詳しく紹介されています。
博多華丸の母の死因は事故
1996年、48歳で亡くなった母
お母さんは岡崎弘子さんです。

お母さんが亡くなったのは、博多華丸さんが芸人としてデビューして6年後、26歳のときでした。
事故の具体的な内容は、『ファミリーヒストリー』でも「不慮の事故」としか説明されていません。ネットでは「交通事故だった」とも言われていますが、家族や番組が明かしたものではありません。
化粧品販売で代理店を構えた働き者
お母さんは、子どもたちが大きくなると、知人に誘われて化粧品の販売を始めました。人当たりのよさを生かして好成績を挙げ、福岡市内に代理店を構えるほどだったそうです。
代理店で働いていた人が「どうしてそんなに頑張れるんですか」と聞いたとき、お母さんはこう答えたといいます。
博多華丸さんの母・弘子さん子どもに頑張っている姿を見せたいから。
母の死が教えてくれたこと
お母さんが亡くなったとき、博多華丸さんは仕事を休まずに舞台に立ったと言われています。相方の博多大吉さんは、『ファミリーヒストリー』でこう話していました。



僕らの世代なんて、ギリギリ親の死に目に会えない仕事って言われた。
それが美学。忠実に守ったと思う。すごい立派。
博多華丸さん自身も、当時お母さんにこう語りかけていたと紹介されています。



お母さんを守れんでごめんね。お母さん、頑張るよ。
心配せんでいい、大丈夫やから
そして、お母さんの死から学んだことを、こう振り返っています。
つらい思いをした人に対し、ひとごとだと思っていた性格だったと思うんです。
こんなつらいんだというのを経験して、人に優しくなった、強くなった、痛みを知ったというか。おふくろが命懸けて教えてくれたことです
引用:https://www.nikkansports.com/
福岡愛の原点はお母さん
『ファミリーヒストリー』の副題は「母からのメッセージ ふるさと愛の原点は」でした。芸名に「博多」をつけるほどの福岡愛について、お母さんの妹・文子さんはこう話しています。



お母さんのにおいがするけん、ここがいいって思っているのかなと思ったらね、こっちも涙が出そうになるんですよ。
お父さんも、25年連れ添った妻について「いちばんはもう感謝。いい息子2人を産んでくれた。最高の財産を残してくれたと思ってます」と語ったと伝えられています。
番組では、お母さんの旧姓が菰田(こもだ)であることや、幼いころに妹をかばって事故にあい、足に後遺症が残ったことなども紹介されたと言われていますが、番組の公式な紹介文では確認できませんでした。
博多華丸の父親はどんな人?
土木会社を興した父
お父さんは岡崎和海さんと紹介されています。


NHKの番組紹介によると、お父さんは大学卒業後まもなく土木工事の会社を興しました。それが、福岡市早良区の建設会社「岡崎産業」です。


ネットでは、豪快でがっしりした体格から「西郷さん」と呼ばれていた、とも書かれていますが、こちらは出典がはっきりしません。
ビールを飲み続けるための「岡崎鍋」
お父さんはとにかくお酒が好きな人のようです。2014年のインタビューで、博多華丸さんは「親父は酒を飲むのが目的だから、少しでも長くいたいわけです」「親父の血を引いているからか、僕も酒はガンガンいきます」と話していました。
岡崎家には、お父さんが「どうすればずっとビールを飲み続けれるか研究した結果」生まれた鍋があるそうです。地鶏のもも肉と玉ねぎを醤油と日本酒で味付けしただけのシンプルな鍋で、何かあるたびに振る舞って喜ばれていたんだとか。
冷蔵庫には来客に備えてビールを30本は冷やしている、という話も有名です。
愛すべき天然キャラ
お父さんには、ちょっと天然なエピソードもたくさんあります。長嶋茂雄さんの大ファンで、巨人が負けた日にはこう言ってチャンネルを変えていたそうです。



他の局で見たら勝っているかも
血液型の話になると、



「AB型はどっちか分からんたい」
とまとめてしまうんだとか。
テレビに出る息子のチェックも欠かさず、『あさイチ』については、



(「あさイチ」で)ワイプで映る回数が大吉の方が多い
とダメ出しをしてくるそうです。
ただ、これらのエピソードは、どの番組で話されたものかがはっきりしていません。
博多華丸の実家はお金持ち?
実家は福岡市早良区の建設会社
博多華丸さんは、福岡県福岡市早良区の出身です。生まれは神戸市で、2歳まで神戸で暮らしていたそうです。
実家が営むのは、福岡市早良区田村にある岡崎産業株式会社です。土木工事、とび・土工工事、鋼構造物工事、舗装工事、水道施設工事を請け負う会社で、資本金は5000万円。創業から50年以上たち、従業員は10〜20人ほどと言われています。


早良区田村3丁目にある岡崎産業の所在地を地図で示しました。今の実家は、以前暮らしていたマンションから引っ越した先だそうで、マンション時代にはお父さんの書斎が1部屋あったと言われています。
博多大吉さんはラジオで、博多華丸さんのことを冗談まじりにこう紹介していました。



うちの相方さんは、土建屋さんのせがれですから。
大学を辞めないで、と学費を払い続けた両親
お金持ちと言われる理由のひとつが、大学の学費の話です。
博多華丸さんは、公立の福岡市立高宮中学校を卒業したあと、私立の福岡大学附属大濠高校へ進み、福岡大学工学部に入りました。
大濠高校の学費は次の通りです。
| 科目 | 4月 | 5~3月 |
|---|---|---|
| 授業料 | 30,000円 | 30,000円 |
| 教育充実費 | 10,000円 | 10,000円 |
| 施設整備費 | 3,000円 | 3,000円 |
| 校友会入会金 | 1,000円 | – |
| 校友会費 | 1,800円 | 1,800円 |
| 後援会費 | 1,500円 | 1,500円 |
| 後援会特別会費 | 1,500円 | 1,500円 |
| 修学旅行積立金 | 6,500円 | 6,500円 |
| 教材費等クラス諸費 | 15,000円 | – |
| 合計 | 70,300円 | 54,300円 |
| 入学手続時から入学時まで | 入学申込金 50,000円 | |
| 特別教育充実費 200,000円 | ||
| *制服・教科書・カバン・体操服等 約155,000円 | ||
毎月の授業料や諸費に、入学時の申込金や制服代などを足すと、1年目だけで100万円を超えます。
大学時代に芸人の仕事が忙しくなり、2人とも大学を辞めることになったとき、博多大吉さんの家は学費を払うのが厳しく、辞めることに大賛成だったそうです。
一方、博多華丸さんの両親は「絶対にやめるな」「どうせ吉本に入ったって、売れるわけないんだから。籍だけ残しておこう」と、学費を払い続けてくれたんだとか。その結果、博多華丸さんは「中退」、博多大吉さんは「除籍」と、最終学歴に違いが出たそうです。
私立の学費を出せる家だった
お父さんが建設会社を経営し、私立の高校・大学の学費を払い続けてくれたことから、少なくとも教育費を負担できる経済力はあったようです。ただ、会社の売上や資産は公表されておらず、どの程度裕福だったのかはわかりません。
ネットでは「2013年ごろは年商4億円だった」とも言われていますが、どこから出た数字なのかははっきりしていません。
ファミリーヒストリーでわかったルーツ
2023年12月22日放送の『ファミリーヒストリー』では、博多華丸さんの先祖についても紹介されました。
- 父方の先祖は、地域でいちばんの地主だった
- 曽祖父は新しい商売を始めて資産を増やした
- 母方の曽祖母は、江戸時代から伝わるお笑い芸を演じていた
- 祖母は、泥棒と鉢合わせしてもユーモアで乗り切るような人だった
番組では、父方の先祖の挑戦心と、母方から受け継いだ明るさを、博多華丸さんの芸の原点として紹介していました。


ご両親はお見合い結婚で、共働きだった両親に代わって、博多華丸さんは祖母に預けられることが多かったとも紹介されています。
博多華丸の兄弟は弟が1人
博多華丸さんには弟が1人います。
弟さんは、お父さんの跡を継いで岡崎産業の社長になりました。2012年の博多華丸・大吉の公認ブログには、こんなエピソードが書かれています。
『アメトーーク!』で蛍原徹さんに本名の「岡崎さん」と呼ばれるようになり、家族は大喜び。不景気で会社が大変な時期だったこともあり、弟さんからはこう頼まれたそうです。



兄ちゃん、どんどん名前いうて!


弟さんの名前は「勇士さん」とも言われていますが、本人が公表したものではありません。「兄が漫才で演じているボケは、まんま僕らの親父」と弟さんが話した、という話もありますが、いつどこで話したのかはわかっていません。
なお、博多華丸さん自身は1998年に結婚していて、娘が2人います。次女は、BABYMETALのMOMOMETALとして活動する岡崎百々子さんです。2026年10月16日時点で、お父さんの訃報は伝えられていません。
まとめ
今回は「博多華丸の母の死因は事故…実家の父や兄弟など家族情報もまとめた!」と題して、博多華丸さんの家族についてまとめました。
- 母・弘子さんは1996年に不慮の事故で亡くなった(48歳)。事故の詳しい内容は公表されていない
- 母は化粧品販売で代理店を構えた働き者で、「頑張っている姿を見せたい」と語っていた
- 父は大学卒業後まもなく土木会社「岡崎産業」を興した。大の酒好き
- 実家は福岡市早良区田村の岡崎産業。両親は大学の学費を払い続け、教育費を負担できる余裕はあったとみられる
- 弟は父の跡を継いで岡崎産業の社長に
- 博多華丸さん自身は娘が2人で、次女はBABYMETALのMOMOMETAL
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。