女子バレーボール日本代表の関菜々巳(せき ななみ)選手。

日本代表のセッターとして、2024年のパリ五輪に出場しました。2024年6月にイタリア・セリエA1の名門イモコ・コネリアーノに移籍し、2025年からは同じイタリアのUYBAバレー・ブストでプレーしています。2026年のアジア大会では、主将としてチームを銀メダルに導きました。
家族はこの顔ぶれです。
- 父:一般の方。バレーボールのコーチをしていた
- 母:一般の方
- 姉:1人。バレーボールを始めるきっかけになった
- 実家:千葉県船橋市
関菜々巳のプロフィール
- 名前:関菜々巳(せき ななみ)
- 生年月日:1999年6月12日
- 出身:千葉県船橋市
- 学歴:船橋市立法典西小学校 → 船橋市立行田中学校 → 千葉県立柏井高校
- 経歴:東レアローズ → イモコ・コネリアーノ(イタリア)→ UYBAバレー・ブスト(イタリア)
東レでは2018-19シーズンに最優秀新人賞とベスト6を受賞し、2019-20シーズンは全試合に出場しました。2024年2月に東レを退団しています。
関菜々巳の実家は千葉県船橋市
実家の場所
関菜々巳選手の実家は、千葉県船橋市にあります。小学校は船橋市立法典西小学校で、通学区域は次のとおりとされています。
上山町1丁目
前貝塚町(一部)
古作1丁目(一部)・古作4丁目(一部)
藤原1丁目・藤原2丁目
中学校は船橋市立行田中学校です。
船橋市立行田東小学校
船橋市立行田西小学校
船橋市立法典西小学校
船橋市立塚田小学校
こうしたことから、実家は法典西小学校の学区の中にあるとみられています。

船橋市のインタビューでは、地元について「帰ってきたな、安心するな」と話していました。中学時代は、体育館が使えない日には外でサーブカットの練習をしていたそうで、「戻りたい時代は中学生」とも振り返っています。2024年8月には、船橋市役所を訪ねました。
実家はお金持ち?
関菜々巳選手の実家は、裕福ではなかったとも言われています。
- 両親が離婚
- 小学校~高校まで公立校
両親が離婚していて家計が苦しかった、という話もネットにはあります。小学校から高校までずっと公立だったことが理由に挙げられていますが、公立に通うのはごく普通のことで、それだけで暮らし向きまではわかりません。離婚について本人や家族が話したことはなく、報道もありません。
関菜々巳の両親はどんな人?
父はバレーボールのコーチ
お父さんは一般の方で、名前は公表されていません。船橋市のインタビューで、関菜々巳選手はこう話しています。
姉がバレーボールをしていた影響で、小学2年生から塚田JSCで始めました。父がコーチをしていた影響で、自然な流れでバレーボールをやることになりました。
引用:https://www.city.funabashi.lg.jp/funabashistyle/jp/topics/p129278.html
お父さんは地元の少年団でコーチをしていたと言われています。仕事については公務員だったという噂があるものの、関菜々巳選手は触れていません。
母も一般の方
お母さんも一般の方です。ネットでは、お父さんと同じく公務員ではないかと言われていますが、名前も含めて表には出ていません。
ネットでは、お母さんとお姉さんが試合会場に応援に来ていた、尊敬する人にお母さんを挙げている、という話も紹介されています。
両親の離婚の噂
幼いころに両親が離婚した、という噂もあります。そこから「子どものころは精神的に不安定だった」「バレーボールに居場所を見つけた」という話にまで広がっています。
ですが、関菜々巳選手自身は、離婚や家庭の事情について一度も口にしていません。家族について語らないのは疎遠だからでは、という見方もありますが、本人は船橋市のインタビューでお父さんとお姉さんのことを話しています。
関菜々巳と家族のエピソード
大学ではなく東レを選んだ理由
柏井高校では、成績がオール5で学年トップになったこともあります。大学への進学も考えていましたが、関菜々巳選手は東レに入りました。
ネットでは「早く自立したかったのでは」とも言われていますが、本人は2024年10月の東京スポーツの取材で、別の理由を話しています。最初は大学に進むと返事をしていたものの、東レから声がかかり、高校の先生に「大学に行って、その場にいなくて後悔しないか」と言われたのがきっかけでした。
「大学に行ったら後悔しそうだなという思いが一番に出てきた」「負けず嫌いなので『実業団に行っていれば代表に選ばれたかもしれない』という思いが出るのがすごく嫌だなと思って」と振り返っています。
柏井高校に進んだのは、恩師の今井彩登先生に春高バレーの準決勝を見に連れて行ってもらったことが決め手でした。「今井先生と出会っていなければ今の自分は無い」と話しています。
イタリアでの評価
2024年にイモコ・コネリアーノに入ったとき、チームはこうコメントしていました。
次のシーズンのキャプテン・ウォロシュの控えのセッターとなる。
イタリアでは、ロッカールームを使う前よりきれいにして返す姿勢がチームメイトから称賛されたそうです。2025年のNumberのインタビューで、関菜々巳選手は「私たちは小さい頃から使った場所は使う前よりきれいにして返しましょうって教えられているから」と話していました。
関菜々巳の兄弟は姉が1人
バレーを始めたのは姉の影響
関菜々巳選手は2人姉妹の次女です。
長女:非公表
次女:菜々巳
お姉さんの名前や年齢は公表されていません。2歳上とも3歳上とも言われていて、はっきりしません。
小学2年生で塚田JSCに入ったのも、先にコートに立っていたお姉さんがいたからです。



姉がバレーボールをやっていたから
お姉さんも身長が高いのでは、と言われることもありますが、確かな情報はありません。
関菜々巳は結婚している?
2026年10月18日時点で、関菜々巳選手の結婚や交際の報道はありません。
2026年のアジア選手権では準決勝で敗れ、ロサンゼルス五輪の出場権を最短で取ることはできませんでした。続くアジア大会では主将としてチームを引っ張り、決勝で中国に敗れて銀メダル。本人は「今シーズンは本当に苦しかった」と話しています。2026-27シーズンもブストでプレーを続けます。
まとめ
今回は「関菜々巳の両親(父・母)はどんな人?実家の兄弟姉妹など家族も調査!」と題して、関菜々巳選手の家族についてまとめました。
- 実家は千葉県船橋市。法典西小学校から行田中学校、柏井高校に進んだ
- 父はバレーボールのコーチをしていて、それが競技を始めるきっかけのひとつになった
- 両親の離婚や公務員説はネットの話で、本人や報道では確かめられていない
- 東レを選んだのは「大学に行ったら後悔しそう」と思ったから
- 姉が1人いて、バレーを始めたのは姉の影響
- 2026年10月時点で結婚の報道はない
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。