柔道女子57kg級で、パリオリンピックの銅メダリストとなった舟久保遥香(ふなくぼはるか)さん。

自身の名前を冠した寝技「舟久保固め」を持つ実力者で、美人柔道家としても人気を集めています。
そんな舟久保遥香さんを育てたご実家、そしてお父さん・お母さんはどんな方たちなのでしょうか?
今回は舟久保遥香の父は元山岳隊員!母や兄弟など実家の家族情報もまとめた!
という事で、富士吉田市のご実家から、山岳救助に携わってきたお父さん、ゲン担ぎのおにぎりを作り続けたお母さんまで調べてみました。
舟久保遥香の実家はお金持ち?
まずは、舟久保遥香さんが生まれ育ったご実家まわりから見ていきましょう!
舟久保遥香の実家の場所は山梨県富士吉田市!
舟久保遥香さんのご実家は山梨県富士吉田市。ここは本人の発信からもはっきりしています。
過去にはご自身のSNSで、こんな一言とともに写真を投稿されていました。
我が家上空からの空景です!


富士山を望む土地で育ったということですね。あわせて分かっている情報がこちらです。
- ご出身:山梨県富士吉田市
- 出身小学校:富士吉田市立明見小学校(山梨県富士吉田市小明見1−4−6)
- 出身中学校:富士学苑中学校(山梨県富士吉田市下吉田3丁目28−19)
小学校も中学校も富士吉田市内。幼少期からこの街に深く根ざして暮らしてこられたことがわかります。
(※番地レベルの住所が公表されているわけではありませんので、そこはご承知おきください)
舟久保遥香の実家はお金持ち?
結論からいうと、お金持ちかどうかを判断できる材料は見つかりませんでした。
というのも、手がかりになりそうな情報がことごとく非公開なんです。
- 父親の年収に関する情報は公開されていない
- 母親が働いているかどうかの情報も公開されていない
- 実家が豪邸とわかるような情報もない
ネット上には「実家は裕福らしい」といった書き込みも見かけますが、裏づけのある話ではありません=真偽は不明です。
ただし、はっきり言えることもあります。舟久保遥香さんは中学から柔道の強豪・富士学苑で寮生活を送っていました。中高6年間の寮費と学費を支え続けたご家庭であることは、間違いないでしょう。
舟久保遥香の実家の両親(父・母)はどんな人?
続いては、この記事の本題であるお父さん・お母さんについてです!
舟久保遥香の父親は舟久保元孝!
お父さんのお名前は舟久保元孝(もとたか)さん。


そして経歴が、とにかく骨太です。
お父さんは富士山で遭難救助活動を行う「御坂山岳会」の元会長で、元山岳隊員。さらに「ふじてんスノーリゾート」でスキー場の安全を守るパトロールもされています。
遭難救助にスキー場のパトロール。どちらも人の命を預かる、時に危険を伴う仕事です。
ちなみにお父さんは、当初娘にスキーのモーグルをやらせたかったという情報もあります。ご自身の世界に近い競技ですから、当然といえば当然ですよね。
ところが娘が選んだのは柔道。お父さん自身に柔道経験はないそうですが、それでも娘の選択を受け入れ、いまでは誰よりも応援しているのでしょうね。
舟久保遥香の母親は一般人!
お母さんは一般の方のため、お名前も職業も顔写真も公表されていません。
ネット上では「父親と同じくスキーや山岳会に関わる仕事なのでは」といった推測も見られますが、裏づけはなく真偽は不明です。
ただ、次の項で紹介するとおり、お母さんの支え方はしっかり記録に残っています。職業は分からなくても、どんな母親だったかは十分に伝わってくるんです。
舟久保遥香の両親のエピソードも紹介!
ご家族の話をあまりインタビューで語らない舟久保遥香さんですが、数少ないエピソードをご紹介します。
母親のゲン担ぎとは!?
お母さんには、娘の試合にまつわるゲン担ぎがあるそうです。
それが「試合の数だけ、お赤飯のおにぎりを作る」というもの。


その日の試合数に合わせて用意する。勝ち上がることを前提にした、なんとも縁起のいい応援ですよね。
しかも舟久保遥香さんは、柔道のために富士学苑中学校・高校で寮生活を送っていました。早くから親元を離れていたぶん、できることは全部やってあげたいという気持ちが、このおにぎりに詰まっているのでしょうね。
娘が柔道を始めたきっかけとは?
お父さんはモーグル選手になってほしかった——。では、なぜ柔道だったのでしょうか。
きっかけは6歳のとき、友達が道場で練習している姿を見たことだったそうです。
最初は体を動かす程度の感覚で楽しんでいたものの、次第に柔道の魅力にのめり込んでいったのだとか。幼少期は水泳もやっていたそうで、もともと体を動かすのが好きな子だったのでしょう。


そして「強くなりたい」という一心で、中高一貫の柔道強豪校・富士学苑へ進学。親元を離れて徹底的に練習を積み上げた先に、パリオリンピックの銅メダルがありました。
親がやらせたい競技ではなく、自分が選んだ競技で世界の表彰台へ。ご両親にとって、これ以上誇らしいことはないでしょうね。
舟久保遥香の兄弟姉妹も調査!
ご両親のあとは、ご兄弟についても見ていきましょう!
舟久保遥香の兄弟は兄が1人!
舟久保遥香さんにはお兄さんが1人いらっしゃいます。
ご両親と同じく一般の方のようで、お名前・年齢・職業・顔写真のいずれも公表されていません。
分かっているのは柔道の経験はないということだけ。ネット上には「父親と同じスキー関係の仕事では」といった推測もありますが、こちらもまったく裏づけのない話=真偽は不明です。
一般の方ですから、これ以上の詮索は控えたいところですね。今後インタビューなどで、ご本人の口から語られる日が来るかもしれません。
舟久保遥香の現在は?フランスに拠点を移して再挑戦
最後に、ご家族が支えてきた舟久保遥香さんの現在地もまとめておきましょう。


まずはプロフィールから。
・名前:舟久保 遥香(ふなくぼ はるか)
・生年月日:1998年10月10日(2026年で28歳)
・出身:山梨県富士吉田市
・身長:162cm/階級:57kg級/段位:参段
・所属:三井住友海上女子柔道部
・得意技:寝技(舟久保固め)
特筆すべきは、なんといっても自身の名前がついた技「舟久保固め」を持っていること。
これは帯取り返しと腹包みをベースに、本人が独自に編み出した寝技。腕力・体幹の強さ・リーチの長さのすべてが揃っていないと使いこなせない技だといいます。
監督の矢嵜さんは、彼女をこう評しています。
三度の飯より柔道が好き
舟久保は、器用な子ではない。むしろ不器用。彼女のストロング・ポイントは、努力できる才能。人の3倍かけて覚える。そして、覚えたら忘れない
主な戦績を整理すると、こうなります。
・2022年 世界選手権(タシケント)57kg級 銀メダル
・2023年 世界選手権(ドーハ)57kg級 銀メダル
・世界団体では2021年・2022年・2023年と3年連続で金メダル
・2024年7月 パリ五輪 57kg級 銅メダル(混合団体でも銀メダル)


じつはパリ五輪での銅メダルには、もうひとつ大きな意味がありました。このメダルが、日本柔道にとって通算100個目のメモリアルだったのです。
準々決勝では開始9秒で敗れる大きな挫折がありながら、そこから立て直しての3位決定戦。「絶対に心を折ってはいけない」という言葉どおりの戦いぶりでした。
この活躍が評価され、2024年9月には山梨県民栄誉賞と、富士吉田市民文化スポーツ栄誉章を授与されています。地元・富士吉田市から表彰されたというのが、また嬉しいですよね。
そして五輪後、舟久保遥香さんは大きな決断をします。
2025年2月、練習拠点をフランスへ移すことを公表したのです。複数年の長期滞在を視野に入れ、国立スポーツ体育研究所(INSEP)を中心に活動。普段の練習拠点は、パリ五輪の準々決勝で敗れたライバル・シジク選手と同じクラブ「ACBB」を選びました。
自分を負かした相手の懐に飛び込む。この選択が、彼女の強さを物語っていますね。
その後の歩みも整理しておきます。
・2025年8月 スペイン・バレンシアのスーパーカップで優勝(個人戦はパリ五輪以来1年ぶり)
・2025年11月 講道館杯で3回戦敗退。個人戦の実績不足からグランドスラム・東京の代表には選出されず
・2026年 ACBBの一員としてフランスの柔道プロリーグに参戦
・2026年4月 全日本選抜体重別は初戦敗退
・2026年5月 柔道プロリーグ団体戦の決勝で腕挫十字固の一本勝ち、チームの優勝に貢献
IJF世界ランキングは38位(2026年6月22日現在)。パリ五輪前の4位から見れば、数字のうえでは苦しい時期であることは確かです。
それでも、慣れ親しんだ環境を捨てて単身フランスへ渡り、プロリーグで一本勝ちを収めている。「人の3倍かけて覚える」努力の人が、次の舞台に向けて土台を作り直している最中というところでしょう。
富士山のふもとで遭難救助に携わってきたお父さん、試合の数だけおにぎりを握ってきたお母さん。いま海を渡って戦う娘を、富士吉田からずっと見守っているのでしょうね!
まとめ
今回は舟久保遥香の父は元山岳隊員!母や兄弟など実家の家族情報もまとめた!
という事で、富士吉田市のご実家からご両親、お兄さん、そして現在までをまとめてお届けしました。
- 舟久保遥香さんの実家は山梨県富士吉田市。小学校・中学校とも市内で、本人も「我が家上空からの空景」としてSNSに写真を投稿している
- 実家がお金持ちかどうかを判断できる情報はなく真偽は不明。ただし中高6年間の寮生活を支え続けたご家庭であることは確か
- 父親は舟久保元孝さん。富士山で遭難救助を行う「御坂山岳会」の元会長・元山岳隊員で、スキー場のパトロールも務める
- 父親は当初モーグルをやらせたかったが、本人は6歳のとき友達が道場で練習する姿を見て柔道の道へ進んだ
- 母親は一般の方で情報は非公表。試合の数だけお赤飯のおにぎりを作るというゲン担ぎで娘を支えてきた
- 兄弟姉妹は兄が1人。柔道経験はないとされるが、それ以外の情報は非公表で「スキー関係の仕事では」という説も裏づけなし
- パリ五輪の銅メダルは日本柔道通算100個目。2024年9月に山梨県民栄誉賞を受賞し、2025年2月には練習拠点をフランスへ移して再挑戦中!
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。