宮脇咲良(みやわき さくら)さんといえば、日韓を股にかけて活躍するアイドルの代表格ですよね。

HKT481期生としてデビューした後、韓国発オーディション番組『PRODUCE 48』を突破し、期間限定ユニット「IZ*ONE」の一員に。HKT48・IZ*ONEを経て、現在は「LE SSERAFIM」の最年長メンバーとして、グループの「クラ언니(お姉さん)」的な存在になっています。
三度のデビューを経験してきた宮脇咲良さんですが、彼女を育てたご実家やお父さん、お母さんは、いったいどんな方たちなのでしょうか?
今回は宮脇咲良の母の顔写真が美人!父や兄弟など実家の家族も全部まとめた!
ということで、宮脇咲良さんのご実家やご両親、兄弟姉妹について、最新情報も交えて調べてみました。
宮脇咲良の実家はお金持ち?
まずは宮脇咲良さんのご実家について見ていきましょう。
宮脇咲良の実家の場所は鹿児島県
宮脇咲良さんのご実家があるのは鹿児島県鹿児島市です。
出身小学校は公立の鹿児島市立清和小学校とのことです。

鹿児島市立清和小学校 校区
・中山町 ・自由ヶ丘1丁目 ・東谷山2~6丁目 ・清和1~4丁目 ・小松原2丁目
ですので、ご実家もこの校区のどこかにあると考えてよさそうですね。
宮脇咲良の実家はお金持ち?
まずはご実家がお金持ちなのでは?という噂について見てみます。
・「医者になりたい」という夢のため、塾に通って難関の私立中学志學館中等部に合格
・中1で「The Broadway Experience」というプログラムに唯一の日本人で参加
・お母さんは医療関係者?
・家族旅行で海外へ行っている
読書好きな子だった宮脇咲良さん。これはお母さんの影響が大きかったようです。
そのなかでもナイチンゲールの伝記に心を動かされ、「お医者さんになりたい」という夢を抱くようになったそうです。
もともと勉強も得意だったそうですが、塾にも通って医学部進学に強い難関の私立中学へ入学しています。
入学時納入金
| 入 学 金 | 150,000円 | 施 設 費 | 150,000円 |
入学後の学費等月額
| 授 業 料 | 40,000円 | 生 徒 会 費 | 1,000円 | 後 援 会 費 | 1,500円 |
| 進学指導費 | 1,200円 | ICT運営費 | ※13,785円 |
お医者さんを目指す一方で、宮脇咲良さんにはもうひとつ夢中になったものがありました。
お母さんと一緒に観に行った「オペラ座の怪人」をきっかけに、ミュージカルの世界にすっかり魅了されてしまったそうです。
劇団四季ミュージカル「オペラ座の怪人」チケット代
- S席:13,000円(税込)
- A席:9,000円(税込)
- B席:6,000円(税込)
小学5年生のときには劇団四季「ライオンキング」のオーディションに合格しており、
本場ブロードウェイ・ミュージカルのプロ陣から、ダンス・歌・演技の直接指導を受けられるという機会を得ています。
中1のとき、「The Broadway Experience」というプログラムに唯一の日本人として参加し、歌のパフォーマンスで1位を獲得したという経歴もあります。
かつてInstagramで、家族旅行で韓国を訪れたことを報告していたこともありました。

行き先は弟さんの希望だったようです。
ご実家のある鹿児島と韓国は、実は距離的にかなり近いのですが、
鹿児島発ソウル便+ホテル宿泊
航空券4枚に1日宿泊
・航空券 ¥345,110
・ホテル代金 ¥8,008
合計 ¥352,620
これは現在のレートでの最安値で試算したものなので、実際の出費とは差があると思われますが、
それでも、気軽に「ちょっと行こうか」と言える金額ではありませんよね。
ここまでの情報を総合すると、宮脇咲良さんのご実家は経済的に余裕がある可能性が高そうだといえそうです。
中学2年でHKT48のオーディションに合格しながらも、学業も両立させ、難関の公立・久留米高校へ進学した宮脇咲良さん。
もちろん本人の努力があってこそですが、それを支えたご両親の頑張りも相当なものだったはずです。
宮脇咲良の実家の両親(父・母)はどんな人?
続いて、宮脇咲良さんのお父さん・お母さんについても見ていきましょう。
宮脇咲良の父親はふたり!?
宮脇咲良さんには、実の父親と義理の父親、ふたりのお父さんがいらっしゃいます。
現在のお父さん
お母さんの再婚を経て、現在のお父さんを含めた4人家族となった宮脇家です。
- お母さんの2つ上(?)2026年現在で50歳前後とみられる
- 宮崎県出身
- 鹿児島県選抜にもなったサッカー経験者
- 英語力を活かす職業?医療関係者?飲食店経営者?と諸説あるが未確定
お父さんは若いころ、地元の宮崎から単身上京し、苦学しながら東京の大学に通っていたそうです。
当初は娘の芸能界入りに前向きではなかったお父さんですが、
自身が若い頃に苦労して身につけた知識や英語力が、今の自分を支えてくれていると、娘にアドバイスを送ったそうです。
宮脇咲良さんのお父さん咲良の頑張りもちゃんと自分に還ってくるから
という言葉で背中を押してくれたといいます。
娘を応援するお父さんらしいエピソードとして、こんな話も伝わっています。
宮脇咲良さんが中学生の頃、父と一緒に10時間を超す勉強していて年を越したのに気が付かなかった
10時間もぶっ通しで勉強するのもすごいですが、それに付き合って教えていたということですよね…
中学生、しかも受験生に勉強を教えられるだけの学力があるって、なかなかできることではないですよね。
お父さんの職業については、こんな噂が出回っています。
・医療関係者
・飲食店経営者
といった声がありますが、いずれも確証のない噂の域を出ません。
職業がどうであれ、娘さんからこれだけ信頼されているお父さんであることは間違いなさそうです。
顔も覚えていない実の父
宮脇咲良さんが1歳のとき、ご両親は離婚されたと伝えられています。
そのため、宮脇咲良さんは実のお父さんの顔をずっと知らないまま育ちました。
韓国のテレビ番組に出演した際、こんな質問を受けたことがあります。



今まで一番記憶に残っているファンは?
この質問に対する宮脇咲良さんの回答が、大きな話題を呼びました。
握手会のイベントに訪れ、「応援している」と声をかけてくれた、ある男性がいました。
その男性と握手した瞬間、「父だ!」と直感したのだそうです。
さらに、その男性の後ろに並んでいた女性からも「あなた覚えてない?」と声をかけられ、
目の前の男性が実の父親、女性が実の祖母だと、その場で実感したといいます。
血のつながりが引き寄せたのでしょうか、なんとも不思議な体験です。
あまりに突然の再会で、内心は「呆然」としていたと思われますが、最後まで取り乱すことなくイベントをやり遂げたそうです。
この落ち着きぶりについて、ファンからは「さすが〝宮崎プロ〟」という声が上がったほどです。
ふたりのお父さんについて、宮脇咲良さんはこんな思いを語っています。



実の父にも感謝していますが、今の父にとても感謝しています。
実の娘のように育ててくれて、母以上に私のアイドル生活を情熱的に応援してくれました。
そのうえで「それだけ幸せな人生を送ってきました」とコメントしています。
ふたりのお父さんへの感謝を素直に言葉にできる、素敵な女性に成長したんですね!
宮脇咲良の母親は若くて美人
お母さんは20歳で宮脇咲良さんを出産し、その翌年、21歳で離婚を経験されています。


- 1978年5月30日生まれ 2026年現在48歳
- 宮崎県出身
- 医療関係者?
再婚した現在のお父さんとは仕事関係の縁で出会ったという説もありますが、こちらも裏付けの取れる情報ではありません。
宮脇咲良さんが座右の銘としている言葉は、お母さんに言われた
今しかできないことは今しなさい
という一言だそうです。
お母さん自身が歩んできた人生から生まれた実感なのでしょう、重みのある言葉ですね。
お母さんの夢は私の夢
桜の咲く季節に生まれたことにちなみ、「良いことが咲きますように」という願いを込めて名付けられた宮脇咲良さん。
bayfmのラジオ番組「今夜、咲良の木の下で」(2021年1月27日放送回)では、こんな話をしています。
自分の夢を叶える前に、親となってしまったので、こどものために生きてくれた。
親としての楽しみやお仕事の楽しみも本来あったはずなのに、お母さんは自分のために生きてくれた、と振り返っています。



昔からも感謝したけど、今になって改めてお母さんの凄さを感じている。
という感謝の気持ちを、番組内で語っていました。
子育てをしてくれた母への視点として、なかなか気づけない着眼点ですよね。
そんなお母さんの姿を見てきたからこそ、自分のやりたいことは諦めたくない、悔いのないところまでやり続けたいという思いにつながっているようです。
お母さん自身も、宮脇咲良さんがしたいことに挑戦するのを心から応援してくれているとのことです。
応援の形といえるかは微妙なところですが、こんなエピソードもあります。
宮脇咲良さんは小さい頃から大の梅干し好きなのだそうです。
そんな彼女のお気に入りが「バニラ味の梅干し」だとか。
味の想像はまったくつきませんが、お母さんから100袋ほど送ってもらったことがあるそうですよ。


これは一榮食品さんのいっぷく梅という商品のようです。
調べてみると、30袋入りで1,498円ほどの値段でした。
第2の母⁉「恵美子さん」
宮脇咲良さんが小学校に上がるまでの間、シングルマザーとして忙しく働いていたお母さんに代わり、
幼稚園や習い事の送り迎え、食事の支度まで一手に引き受けてくれた「第2のお母さん」がいます。
それが祖母にあたる狩元恵美子さんです。


当時の投稿を見る限り、2026年現在では60代後半くらいと推測されます。
お母さんも、そのお母さんであるおばあちゃんも、比較的若くして子どもを授かっていることになりますね。
・子役の時は、福岡まで出てきて、1か月同居
・AKB総選挙は1か月前から近所の神社に毎日通って「7位に入れますように」と祈願


宮脇咲良さんにとって、おばあちゃんはいつも陰から支えてくれるかけがえのない存在なのだそうです。
芸能界入りをお父さん・お母さんが反対するなか、唯一味方になってくれたのがおばあちゃんでした。



やってみなさい、大丈夫だよ
という言葉で、背中を押してくれたそうです。
宮脇咲良さんは「家族の誰よりも自分の活躍を応援してくれている」と、おばあちゃんに全幅の信頼を寄せているそうで、
今でも何か悩みごとがあると、まずおばあちゃんに相談することが多いといいます。



お母さんに言えないことも真夜中に電話したりして相談している。
どんなときでも電話に出てくれて、楽になるまでずっと話を聞いてくれて、アドバイスもしてくれて、感謝しかないですね
おばあちゃんの言葉のなかでも、「私の夢がかなうまで長生きしてね」という一言が、いちばん心に残っているそうです。
身近に支えてくれる人がたくさんいるというのは、それだけで大きな力になりますよね。
宮脇咲良の両親のエピソードも紹介!
宮脇咲良さんが「神セブン」入りを果たした、2012年のAKB総選挙。
この年の大躍進の理由のひとつが、「ぐぐたす」を活用して知名度を上げたことだといわれています。
「ぐぐたす」とは、2019年まで運営されていたSNSGoogle+(グーグルプラス)の愛称です。
今でこそいろいろなSNSで発信できる時代ですが、当時は個人が自分の言葉で発信できる貴重な手段だったそうです。
宮脇咲良さんはこの「ぐぐたす」で、工夫を凝らした投稿を数多く発信していました。
ガイドを演じながらツアー形式で出身地の鹿児島の名所をPR
→「咲良と行くっ!!ぐぐたす鹿児島妄想ツアー♪」
被災地支援で宮城県を訪れた際には、津波の犠牲になった同い年のファンのためにお線香をあげたという宮脇咲良さん。
そのとき、そのファンのお母さんが



ずーっとずーっとAKB、AKBってうるさくてねー下敷きとかグッズを集めてねー。まぁ、全部流されてしまったけどね!
と話すのを涙をこらえながら聞いた、と「ぐぐたす」に綴っています。
この投稿を読んだ総合プロデューサーの秋元康氏は、



泣きました。もっと頑張ろうと思いました
という言葉を添えて、この投稿を拡散したそうです。
ちょうど選抜総選挙の2か月前だったこの出来事は、当時14歳・無名だった宮脇さんの運命を変えたと語り継がれています。
宮脇咲良さん本人も当時を振り返り、
「『ぐぐたす』を頑張れば、ファンの皆さんに少しでも自分を知ってもらえる」と考えていたと明かしています。
そして、その地道な発信活動は「家族ぐるみで頑張っていた」とも語っています。
・「こういう『ぐぐたす』投稿したら、みんなが見てくれるんじゃないか」と提案
・動画撮影に必要なものを買ってきてくれた
毎晩9時、10時ごろに更新作業をしていたという「ぐぐたす」。
その日の更新ができていないと、お母さんにこっぴどく怒られたそうです。
当時は怒られるたびに泣いていたそうですが、今振り返れば「家族ぐるみで一生懸命だった」懐かしい思い出になっているようです。
そんな宮脇親子を間近で見守っていたマネージャーさんは、こんな印象を語っています。
・第一印象は礼儀正しくて素直
・がんばり屋さんで、そのぶん体調を崩しやすい。よくお母さんと喧嘩している。
・忙しく仕事している合間に、家族との時間を大切にしている姿を見て微笑ましく思った。
という印象を持っていたそうです。
家族が一丸となってひとつの目標に向かっていく日々は、大変だった分、きっと充実してもいたんでしょうね。
宮脇咲良の兄弟姉妹も調査!
宮脇咲良さんに兄弟姉妹がいるのかどうかについても、あわせて調べてみました。
宮脇咲良の兄弟は(兄・弟・姉・妹)!!
宮脇咲良さんには、年の差13歳の弟さんがいらっしゃいます。


お母さんが再婚した現在のお父さんとの間に生まれた、異父弟の「そうたろう」くんです。宮脇咲良さんが1998年3月生まれなので、単純計算では2011年ごろの生まれということになり、2026年現在は中学生から高校生くらいの年齢とみられます。
そうたろうくんが生まれて間もない頃、宮脇咲良さんは芸能活動で忙しくしていました。
そのぶん一緒に過ごせる時間が少なかったこともあってか、本人は「溺愛というより普通の姉弟」と話していますが、
それでも年の離れた弟は宮脇咲良さんにとって「とてもかわいい」存在のようで、
X(旧・Twitter)への登場回数の多さからも、その愛情がにじみ出ています。
LIVE配信中にちょこんと隣に座っていることも珍しくないようです。


この通り。
弟さんもお姉ちゃんが大好きなのが、しっかり伝わってきますよね。


弟が「お姉ちゃんに作ってあげたい!」と自分から言い出すのは、なかなかないことですよね。
しかも制作時間は1時間もかけたとか!
食材をきれいに洗い、下ごしらえも丁寧に、調味料の分量にもこだわって頑張ったのでしょう。
盛り付けからも、努力と愛情がしっかり感じられます。
小さいころから英会話を習っていて、ガールフレンドがいたこともあるというそうたろうくん。
宮脇咲良さんがAKB時代に出演したドラマで敵役だった「ぱるる」こと島崎遥香さんのことを、勝手に敵対視していたというエピソードも残っています。
なんとも微笑ましいエピソードですよね。
ただし本人の推しはお姉ちゃんではなく、大島優子さんと小嶋陽菜さんだったというオチもあります。
推しとお姉ちゃんはきっちり別枠、というのが面白いところです。
なお宮脇咲良さんがHKT48を卒業した後にも、弟さんとふたりでユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ出かけて楽しむ様子がメディアで紹介されており、姉弟仲の良さは今も変わっていないようです(オリコンニュース)。
まとめ
今回は宮脇咲良の母の顔写真が美人!父や兄弟など実家の家族も全部まとめた!
ということで、宮脇咲良さんのご実家やご両親(父・母)、兄弟姉妹について、最新情報を交えてお届けしました。
- 宮脇咲良さんのご実家は鹿児島県。シングルマザーとして働くお母さんに代わり、幼少期はおばあちゃんと過ごす時間が多かった。
- 宮脇咲良さんのご両親は、娘を一生懸命応援してくれる頭のいいお父さんと、ケンカするほど仲の良いお母さん。実の父親とも和解し、今は2人のお父さんに感謝している。
- 宮脇咲良さんのご兄弟は、13歳年下のかわいい弟「そうたろう」くんが1人。2026年現在は中学生〜高校生くらいの年齢に成長しており、卒業後も一緒にUSJへ出かけるなど姉弟仲は良好。
以上が、宮脇咲良さんのご実家・ご家族についてわかったことです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。