元K-1の3階級制覇王者で、2026年に現役を引退したキックボクサーの武尊(たける)さん。

闘争本能をむき出しにしてKO勝利を連発するそのスタイルから、ナチュラル・ボーン・クラッシャーと呼ばれた選手です。
そんな武尊さんの兄弟や実家のご両親は、どんな方たちなのでしょうか?
今回は武尊は3人兄弟で姉も妹も美人?両親など実家の家族もまとめた!
という事で、姉と妹、元暴走族というお母さん、そして深い愛情を注いだ祖父母まで、武尊さんの家族をまるごと調べてみました。
武尊は3人兄弟!
まずは、武尊さんのきょうだい構成から確認していきましょう!
武尊さんは1991年7月29日生まれ(2026年で35歳)、鳥取県米子市のご出身。本名は世川武尊(せがわたける)さんです。

小学2年生で空手を始め、高校生の頃にキックボクシングへ転向。2011年9月24日の「Krush.12」でプロデビューし、そこから数々のタイトルを獲得していきます。
2022年に東京ドームで行われた「THE MATCH 2022」では那須川天心選手と対戦。判定で敗れはしましたが、格闘技の歴史に残る名勝負としてファンの記憶に刻まれました。
そんな武尊さんは姉・武尊さん・妹という3人きょうだいの真ん中。ここからは、そのご兄弟を深掘りしていきます!
武尊の姉と妹を調査!
ここからは、お姉さんと妹さんをそれぞれ見ていきましょう!
武尊の姉
お姉さんは一般の方のため、お名前も職業も公表されていません。年齢は武尊さんの2歳上なので、2026年時点で37歳くらいですね。
こちらがお姉さんの幼少期のお写真です。

とても可愛らしいお顔立ちですよね。
武尊さんとお姉さんは仲が良く、2010年1月30日のブログにはお姉さんの家へ遊びに行ったことが記されていました。

当時は名古屋方面に住んでいたようで、「田舎の方で海が近い」とも書かれています。

ファンの間では渥美半島や知多半島ではないかとも言われていましたが、正確な場所は公表されておらず不明です。一般の方ですから、そこは詮索しないでおきましょう。
お姉さんの人柄がうかがえるのが、武尊さんのこのインタビュー。将来子どもは何人ほしいかと聞かれての回答です。
子ども好きとのこと。将来何人ぐらい欲しいですか?
「僕は3人兄弟だったので、3人兄弟っていいなーと思います。最初は女の子、次は男の子、その後はどちらでも良いです。(中略)僕はお姉ちゃんが面倒見良くて、僕は優しく育ったんで、一番上は女の子がいい。あ、ここは書いておいて下さいね(笑)」
引用:https://news.line.me/detail/oa-jisin/c17cb0107a78
「お姉ちゃんが面倒見良くて、僕は優しく育った」——だから第一子は女の子がいい、と。しかも「ここは書いておいて下さいね(笑)」と念押しまでしています。
あの闘争心むき出しのファイターの優しさが、お姉さん譲りだったというのは意外な発見ですよね。
武尊の妹
妹さんも一般の方で、お名前も職業も公表されていません。
2014年に成人式を迎えられているので、武尊さんの2〜3歳下。2026年時点で32〜33歳くらいと考えられます。
こちらがその成人式のときのお写真。

……ウルトラマンのお面でお顔は分かりませんでした(笑)。
この年はたまたま年始に帰省できたそうで、家族でゆっくり過ごし、十数年ぶりに家族写真を撮ったとのこと。
武尊さんと妹さんもとても仲が良いそうです。お姉さんに優しくしてもらって育った武尊さんですから、妹さんにも同じように接していたのでしょうね。
兄弟エピソード
3人の関係の良さが伝わってくるのが、2017年のこの投稿です。
昨日は久しぶりに地元の道を走って
— 武尊 takeru (@takerusegawa) September 25, 2017
思い出の場所にも行けて
友達とも話せてリフレッシュ。
そして今日は試合前に姉と妹と一緒に御墓参りと御礼参り🙏
これから会場へ。
最高の試合します!
当日券もあるので是非ご来場お待ちしています!!https://t.co/DMaz3NLx5Z pic.twitter.com/xYXQE3sHh2
試合当日に、姉と妹の3人でお墓参りと御礼参り。両親も含めた「家族」ではなく、きょうだいだけで行くというのが珍しいですよね。
試合前にわざわざ3人で揃うくらいですから、仲の良さは本物でしょう。お姉さんと妹さんも、この日の試合を見届けたのかもしれません。
武尊の実家の両親(父・母)はどんな人?
続いては、この記事の本題であるお父さん・お母さんについてです!
武尊の父親はプロレスと歴史好き!
お父さんは一般の方で、お名前も年齢も職業も公表されていません。

とても優しい笑顔ですね。お子さんたちの年齢から逆算すると、60歳台前半といったところでしょうか。
そんなお父さんはプロレスと歴史が大好き。性格は寡黙なほうですが、お茶目な一面もあり、周囲から愛される人柄なのだとか。
その人柄がよく分かるのが、格闘家・城戸康裕さんが投稿したこちらの動画です。
オタケちゃんがオモロくなるのがわかる😄👍
— 城戸 康裕 (@KIDOyasuhiro) June 12, 2019
美味しいご飯にお土産に、洗濯ものまでありがとうございました✨ pic.twitter.com/caLBc5dtnG
紐で遊ぶのは少し危ないですが(笑)、周囲を楽しませようとしているのが伝わってきますよね。
お仕事が忙しく単身赴任も多かったそうですが、毎週日曜の休みには一緒にキャッチボールや野球をするなど、親子の時間も大切にしてくれたそうです。
武尊という名前の由来は日本武尊!
「武尊」という珍しいお名前は、歴史好きのお父さんが名付けたものです。
由来となったのは——
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
ヤマトタケルは、記紀などに伝わる古代日本の皇族(王族)。第12代景行天皇の皇子で、第14代仲哀天皇の父にあたる。熊襲征討・東国征討を行ったとされる日本古代史上の伝説的英雄である。
引用:Wikipedia
歴史に詳しくなくても名前は聞いたことがある、日本古代史上の伝説的英雄です。
それだけ立派に育ってほしい、という願いが込められていたのでしょうね。結果としてリングの上で「英雄」になってしまったのですから、名前の力は侮れません。
格闘技の道に進んだのは父親の影響
プロレスファンのお父さんの影響で、武尊さんもプロレス好きに育ちます。
とくにお父さんが好きだった1970〜1980年代のプロレス映像をよく見ていたそうで、生での初観戦は2003年4月29日、長州力さん率いるWJの米子産業体育館大会でした。
そして小学2年生で空手を始めたきっかけも、お父さんとテレビで見た「K-1ワールドグランプリ」。
そこで目にしたのがアンディ・フグ選手でした。他の選手より小柄でありながらK-1のチャンピオンになり、1番を目指して戦う姿に憧れたのだそうです。

19回忌にはブログで追悼もされており、その想いの深さが伝わってきます。
お父さんがプロレス好きでなければ、アンディ・フグ選手を見ることもなかった。いまの武尊さんがいるのは、間違いなくお父さんのおかげですね。
ちなみに武尊さんが入場の派手な演出にこだわるのも、お父さんと見ていた時代のアントニオ猪木さんや初代タイガーマスクがルーツなのだとか。のちにご本人が7代目タイガーマスクを襲名することになるのですから、縁とは不思議なものです。
武尊は父親を尊敬している
武尊さんは、お父さんをとても尊敬しています。
その理由が、仕事のストレスを一切家庭に持ち込まなかったこと。忙しいと余裕をなくしてしまう人は少なくありませんが、お父さんは仕事の愚痴を一度も言ったことがないそうなんです。
ご本人は「もう疲れた〜」「いやだ〜」とすぐ口に出してしまうそうで、だからこそお父さんをかっこいいと思い、尊敬しているのだとか。
武尊の母親は元暴走族!
お母さんも一般の方で、お名前・年齢・職業は公表されていません。

明るい笑顔で、いかにも快活そうな方ですね! お子さんたちの年齢や見た目から、50代後半くらいでしょうか。
お父さんが単身赴任で家を空けることが多かったため、3きょうだいは主にお母さんが育てたそうです。

こちらは妹さんが生まれる前の、若い頃のお母さん。お姉さんとお顔が似ていますね。
優しそうに見えますが、じつは元暴走族だったのだとか……!
そのぶん肝が据わっており、武尊さんがやりたいと言ったことは何でもやらせてくれたそうです。タイへ修行に行くときも、こう言って送り出してくれました。
好きなことで自分の責任でやるなら、自由にやっていいよ
心配して止めるのではなく、責任とセットで自由を渡す。武尊さんがお母さんを深く信頼しているのも納得ですね。
空手を続けられたのは母親のおかげ!
小学2年生で空手を始めた武尊さんですが、最初のうちは怖さと勝てないことで、辞めたいと思うこともあったそうです。
そのとき背中を押したのが、お母さんのこの言葉でした。
一回やりたいって言ったんだから、続けなさい
ここで辞めていたら、のちのK-1王者は存在しませんでした。あの一言が、すべての出発点だったと言っていいでしょう。
人類最強の母親
武尊さんは自身のお母さんについて、「人類最強」と答えたことがあります。
元暴走族というだけあって、武力的にも強いのだとか。反抗期の思い出を、ご本人はこう振り返っています。
反抗期とか、ケンカするときあるじゃないですか。僕はもう家出しました。怖かったんで
「一応威嚇はするんですよ。コノヤローって言うんですけど、コノヤローって言いながら出ていってました、家を」とのこと。
さらに友人と車で事故を起こしてしまったときには、バレたら怒られると思い、お母さんに内緒でこっそり修理に出したそうです。
あのK-1のカリスマを本気で逃げ出させる母。たしかに人類最強かもしれません(笑)。
母の日にジャガーをプレゼント!
そんなお母さんに、武尊さんは2022年の母の日、高級車のジャガーをプレゼントしています。
今日は母の日💐
— 武尊 takeru (@takerusegawa) May 8, 2022
誕生日プレゼントでプレゼントした車が
たまたま母の日の今日に納車🚘
たくさん迷惑かけたお母さんに
まだまだ返しきれないけど恩返し🙏
小さい頃にお母さんがいつかジャガーに乗りたいって言ってて
大人になったら買ってあげるって約束してたから
やっと約束守れました🤝 pic.twitter.com/Ejq1KlxOvX
ポイントは、小さい頃にお母さんが「いつかジャガーに乗りたい」と言っていたのを覚えていて、大人になったら買ってあげると約束していたという点。
お母さんは何気なく口にしただけだったでしょうが、それを何十年も覚えていて実現させる。こんな親孝行、嬉しすぎますよね。
武尊の両親のエピソードも紹介!
ご両親にまつわる、なんとも豪快なエピソードがあります。
武尊さんがフランスで試合をした際、ご両親が現地まで応援に来てくれたときのこと。
ところが予約ミスでホテルが取れておらず、異国の地で行き場を失ってしまったのです。
そこでアテンド役の方が助けを求めた相手が、なんと——
女優でモデルの杏さん!
ご両親と杏さんはまったくの初対面。それでもご両親が住む米子にも縁のあった杏さんは、快く自宅へ迎え入れてくれたそうです。
お腹を空かせた2人にお茶漬けを出し、泊めてくれて、みんなでお酒まで楽しんだのだとか。
試合前だった武尊さんがこれを知ったのは後のこと。当然、大変驚いたそうです。


そして「何かお礼をしなきゃ」というご両親の言葉から、杏さんのYouTubeへの出演が実現。動画では、杏さんの料理が美味しかったと嬉しそうに自慢するご両親の話も飛び出しました。
ご両親の話をするときの武尊さんの表情がとても優しくて、素敵な親子関係なのだろうなと伝わってくるエピソードです。
武尊の祖父母
武尊さんを語るうえで、絶対に外せないのが祖父母の存在です。
父方の祖父
武尊さんの幼少期、忙しいご両親に代わって育ててくれたのが父方の祖父母でした。
遊びに連れて行ってくれたり、面倒を見てくれたりと、それはもう可愛がってくれたそうです。
その感謝の表れが、これ。優勝したトロフィーは、すべて祖父母に贈っているのだとか。


しかし、そのおじいさまは2013年11月27日に他界されます。
容態が悪化する前、武尊さんはお父さんから「おじいちゃんがもう長くないかもしれないから、会いに帰ってこれないか」と連絡を受けて駆けつけました。そのときはまだ元気があり、反応もしてくれたそうです。


「12月14日の試合に絶対勝って、また会いに来る」と約束した武尊さん。しかし、おじいさまは一足早く旅立ってしまいます。
それでも武尊さんはその約束を果たして勝利をおさめ、トロフィーをおじいさまに捧げました。


約束は、たとえ相手がいなくなっても果たす。武尊さんという人がよく分かる話ですよね。
父方の祖母
父方のおばあさまは、なんと書道家だったそうです。
そして驚くのがここから。武尊さんの勝負服に入っている「武尊」という文字を書いたのが、このおばあさまなんです。


お二人とも、本当にいい笑顔ですね。
じつはおばあさまは、武尊さんが怪我をすることを心配して格闘技を始めることには反対だったそうです。それでもデビュー後は、毎回応援に駆けつけてくれたのだとか。
そのおばあさまも、2023年3月30日に他界されました。
おばあさまが最後に見に来た試合で、武尊さんは勝つことができませんでした。だからこそ復帰戦では必ず勝ってトロフィーを贈ると誓い——
その約束どおり復帰戦でKO勝ちをおさめ、トロフィーをおばあさまに捧げています。
祖父のときと、まったく同じ。武尊さんの温かい気持ちは、きっと天国に届いていますよね。
母方の祖父
母方のおじいさまも、武尊さんが大切にしてきた存在です。
おじいさまはデビュー戦から毎回、応援に来てくれていたそうです。
そして特筆すべきが、癌の余命宣告を受けてからのこと。強い気持ちを持ち続け、武尊さんが試合に勝つと数値が下がるということもあったのだとか。
孫の勝利が、そのまま祖父の生きる力になる。これは武尊さんが「負けられない理由」そのものだったでしょうね。
長い闘病生活の末、おじいさまは2022年3月2日に旅立たれました。
父方の祖父母、母方の祖父。愛情深い祖父母に囲まれて育ったからこそ、いまの強くて優しい武尊さんがいるのかもしれません。
武尊の妻は川口葵!2025年に結婚
実家のご家族に続いて、武尊さんご自身が築いた家庭についても見ておきましょう。
2025年7月29日、武尊さんはタレントの川口葵さんとの結婚を発表されました。


発表された7月29日は、じつは武尊さんご自身の誕生日。34歳の誕生日に、人生の大きな節目を報告したことになりますね。
そしてこの奥様が、また素敵な方なんです。
2026年5月1日に行われた引退会見に川口葵さんがサプライズで飛び入り参加した際、武尊さんが明かしたのがこのエピソードでした。
(けがをしても)私が工事現場で働いて稼ぐから最後まで悔いなくやり抜いて
命がけの競技を続ける夫に、こう言い切った奥様。武尊さんは会見で「この人と結婚してよかった」と号泣し、「これからは何でもワガママ言ってね、幸せにするよ」と感謝を伝えています。
母は「自分の責任でやるなら自由にやっていい」と送り出し、妻は「私が稼ぐから悔いなくやり抜いて」と背中を押す。武尊さんの周りには、覚悟の決まった女性ばかりですね。
武尊の現在は?2026年に現役を引退
最後に、武尊さんの現在地もまとめておきましょう。
・本名:世川 武尊(せがわ たける)
・生年月日:1991年7月29日(2026年で35歳)
・出身:鳥取県米子市
・身長168cm/リーチ173cm
・戦績:51戦46勝(28KO)5敗
・異名:ナチュラル・ボーン・クラッシャー/K-1のカリスマ/7代目タイガーマスク
K-1で3階級を制覇し、その後はONE Championshipへ主戦場を移した武尊さん。そのラストイヤーは、決して平坦ではありませんでした。
・2024年1月 ONE 165でスーパーレックに判定負け、リング上で号泣
・2024年9月 ONE Friday Fights 81でタン・ジンにKO勝ち。ONE初勝利
・2025年3月 ONE 172でロッタンに1RKO負け(試合2週間前のスパーで肋骨と胸骨を骨折していたことが判明)
・2025年11月 ONE173でデニス・ピューリックに2RTKO勝ち。試合後に「次戦を最後に引退」を表明
・2026年4月29日 ONEでロッタンにTKO勝ちして雪辱を果たし、王座獲得で有終の美
1年前に完敗した相手に、引退試合で勝ってタイトルを獲る。これ以上ない終わり方でした。
2026年5月1日の引退会見では「全部が理想通りで、夢の中にいる感覚」「つらいこともたくさんあったが最後に報われた。全部チャラになった」と涙を浮かべています。


そして2026年5月28日、後楽園ホールの『キックボクシングフェス GOAT』で引退セレモニーを実施。10カウントのゴングでリングに別れを告げました。
この日、プロレスラーの武藤敬司さんからプロレス転向を勧誘され、「体と奥さんに相談して……」と苦笑いする一幕も。ここでも奥様の存在が顔を出すのが、なんとも武尊さんらしいですね。
いっぽうで、健康面の心配も明かされています。
武尊さんは以前からパニック症を公表されていましたが、2026年5月26日、自身のインスタグラムで発作が1か月以上続き、治療のため入院していたことを報告されました。
「何度も救急車で運ばれてしまったり、仕事相手や家族にも沢山迷惑をかけてしまっていたので、しっかり治療する為に入院していました」とのことで、引退で張り詰めていたものが緩んだことも影響しているようです。
ただ、これはご本人が具体的な治療法まで含めて公表したもの。隠さず発信する姿勢が、同じ症状に悩む方の支えにもなっているはずです。
「一回やりたいって言ったんだから、続けなさい」と背中を押したお母さん、勝負服の文字を書いたおばあさま、勝利を生きる力にしていたおじいさま、そして「私が稼ぐから」と支えた奥様。武尊さんの51戦は、家族と一緒に戦った51戦だったのだと思います!
まとめ
今回は武尊は3人兄弟で姉も妹も美人?両親など実家の家族もまとめた!
という事で、武尊さんの兄弟や実家のご両親、祖父母、そして現在までをまとめてお届けしました。
- 武尊さんは姉・武尊さん・妹の3人きょうだいの真ん中。本名は世川武尊さんで鳥取県米子市出身
- 姉も妹も一般の方で氏名・職業は非公表。「面倒見の良い姉のおかげで優しく育った」と語り、試合前に3人でお墓参りに行くほど仲が良い
- 父親はプロレスと歴史好きで、名前の由来は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)。仕事の愚痴を一度も言わない人で、武尊さんが最も尊敬している
- 母親は元暴走族で「人類最強」。「一回やりたいって言ったんだから続けなさい」の一言が空手継続の決め手になり、2022年の母の日にはジャガーを贈られた
- 幼少期は父方の祖父母が育ててくれ、優勝トロフィーはすべて祖父母に贈っている。勝負服の「武尊」の文字は書道家だった祖母が書いたもの
- 2025年7月29日、自身の誕生日にタレントの川口葵さんとの結婚を発表。妻の「私が稼ぐから最後まで悔いなくやり抜いて」という言葉に引退会見で号泣した
- 2026年4月29日にロッタンへ雪辱のTKO勝ちで王座を獲得し現役引退。5月28日に後楽園ホールで引退セレモニーを行った
- 2026年5月にはパニック発作による入院を自ら公表。治療法まで含めて発信している
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。