12歳でスカウトされ、モデルにタレント、女優とマルチに活躍してきた吉川(よしかわ)ひなのさん。

長くハワイで子育て中心の生活を送られていましたが、2025年3月に拠点を沖縄へ移し、2026年には約7年ぶりに芸能活動を再開されたことでも話題になりましたね。
そんな吉川ひなのさんですが、実家やお父さん・お母さんはどんな方たちなのか、気になっている方も多いのではないでしょうか。
今回は吉川ひなのの母親がハマった宗教って?父親など家族情報もまとめた!
ということで、吉川ひなのさんの実家やご両親、兄弟姉妹といった家族の情報をまとめてみました。
目次
吉川ひなのの母親のハマった宗教とは?
吉川ひなのさんは、お母さまがある宗教を信仰していて、自身は「元宗教2世」だったことを、ご自身の著書などで公表されています。
では、お母さまが信仰していたのは、どんな宗教だったのでしょうか?
本人が語っている範囲で、わかっていることを整理していきますね。
母親の名前や年齢、職業は?
残念ながら、お母さまの名前や年齢、職業といった詳しいプロフィールは公表されていません。
ただ、お母さまは2015年頃に病気で亡くなられているとのこと。
具体的な病名までは明らかにされていませんが、長く病気と向き合った末に旅立たれたと言われています。
吉川ひなのさんは2022年5月、幼少期にお母さまと写った一枚をSNSで公開されていました。
そのお写真は、こちら。

真正面のお写真ではないものの、スタイルの良さや雰囲気が吉川ひなのさんによく似ている印象を受けますね。
ネット上では「お母さまはフィリピン人」という情報も見かけますが、これは事実ではないようです。
実際には、吉川ひなのさんは祖父の代に海外のルーツを持つクォーターだと言われています。
つまり、ご両親のどちらかがハーフという計算になりますね。
公開されたお写真の雰囲気からすると、お母さま側にそのルーツがあるのかもしれません。
そんなお母さまとの間には、宗教にまつわる複雑な家庭環境の中で、吉川ひなのさん自身が長く葛藤を抱えてきた過去があったと、本人が著書で振り返っています。
では、お母さまが信仰していた宗教について、本人はどう語っているのでしょうか。
次の項目で、わかっている範囲を見ていきましょう。
母親が信仰していた宗教について本人が語ったこと
吉川ひなのさん本人は、お母さまの信仰について「19世紀末にアメリカで始まったキリスト教系の宗教団体」とだけ説明しており、具体的な団体名は明かしていません。ネット上では特定の教団名を挙げる声もありますが、本人が公表していない以上、これは確証のないネットの噂話の域を出ません。ここでは団体名の特定は控え、本人が語っている範囲だけをお伝えしますね。
母は19世紀末にアメリカで始まったキリスト教系の宗教団体の信者でした。(中略)この宗教団体は誕生日会を禁じています。吉川さんは過去に『子どもの頃家族にお誕生日をお祝いしてもらったことが一度もなく、それがすーごく寂しかった』と書き、注目を集めました。
引用:https://www.news-postseven.com/archives/20230525_1872555.html/2
と報じられています。
また、吉川ひなのさんの幼少期は経済的に苦しかったようで、芸能活動を始めてからはご両親にお金を頼られ続けていたと、著書の中で明かされています。
なお、吉川ひなのさんの兄・高田一也(たかだかずや)さんも、自身の発信の中で幼少期について触れているとされ、ネット上では次のような内容が伝えられています。
- 宗教にまつわる家庭環境の中で、子ども時代につらい思いをしたこと
- 世間との関わりが制限されるような環境だったこと
- 当時の家庭は経済的にも厳しい状況だったこと
といった趣旨で、同じように苦しんでいる人がいれば力になりたいという思いを綴っていたと伝えられています。ただ、こうした第三者の発信内容は一次情報として確認が取りにくく、細部については確証のない情報も含まれます。あくまで「そういう話が出ている」という程度に受け止めておくのがよさそうですね。
ネット上では、これ以外にも厳しい家庭環境を伝える生々しいエピソードがいくつも語られています。ただ、いずれも本人がはっきり公表したものではなく、出どころのはっきりしない情報も多く含まれています。
こうした話を一つひとつ事実として断定するのは難しく、当事者でなければわからない部分も大きいはず。本人がどこまで明らかにしているかを大切にしつつ、それ以上の詮索は控えたいところですね。
幼い頃は、自由に外と関わることが難しい環境の中で、心細い思いをすることも多かったようです。
長い間お母さまを許せずにいたという吉川ひなのさんですが、自身が子どもを授かったことをきっかけに、少しずつ母と向き合い、受け入れられるようになったと語っています。
当時のお母さまにも、外からはわからない事情があったのかもしれませんね。今では吉川ひなのさんが前を向いて歩んでいることが、何よりだと思います。
吉川ひなのの父親はどんな人?
複雑な家庭環境の中で幼少期を過ごしたという吉川ひなのさん。
では、お父さまはどんな方なのでしょうか?
お父さまについても、わかっている範囲でまとめてみました。
父親の名前や年齢、顔写真は?
お父さまの名前や年齢といった詳しい情報は、公表されていません。
ただ、兄・一也さんが2022年6月4日に、お父さまの若い頃のお写真をSNSで公開されていました。
そのお写真は、こちら。

何歳頃のお写真かは不明ですが、長身でスタイルの良さが伝わってきますね。
顔立ちや髪型など、どことなく兄・一也さんと似た雰囲気も感じられます。

そんなお父さまは、どんなお仕事をされていたのでしょうか?
お父さまの職業についても見ていきましょう。
父親の職業は?
吉川ひなのさんは、お父さまの仕事を聞かれると「吟遊詩人」と答えるように言われていたと、テレビ番組で明かしたことがあります。
本人は当時のことを、こんなふうに振り返っています。
父親の職業を聞かれると「吟遊詩人」とか適当に答えていたら、台本に『ここで変なことを言う』みたいに書いており、気づいたら、おとぼけキャラになっていました。
などと話されておりました。
実際のところ、娘である吉川ひなのさんが芸能界で働き始めてからは、その収入に頼る部分が大きかったようです。
定職には就いていなかったとみられ、体裁を考えて「吟遊詩人」と答えさせていたのではないか、と本人も語っています。とはいえ、当時の事情を外から正確に知ることは難しく、あくまで本人が語った範囲の話としてとらえておきたいですね。
さらに、幼い頃は家計が厳しく、お金にまつわる苦労も多かったと振り返っています。
その他にも、
- 電話や電気の支払いができずに止められた
- 学校に給食費も払っていなかった
- 吉川ひなのが毎月親にお金を渡しているものの、貯金残高はほとんど残っていなかった
などもあったとのこと。
そうした状況もあって、吉川ひなのさんは給料の振込先をご両親の口座から自分の口座へと変更したそうです。
すると今度は、ご両親が直接生活費を求めてくるようになったと語られています。
ある時には、お父さまがお金を受け取りに来て、「マイメロディの500円貯金しかない」と伝えると、その貯金箱ごと持ち帰ってしまった、というエピソードも明かされています。
それほどまでに、ご両親はお金の使い方が大らかで、計画的にやりくりするのが難しい方たちだったようです。
こうした事情から、ご両親と距離を置いていた時期もあったという吉川ひなのさん。
それでも現在はお父さまとの交流があることを、テレビ番組「バイキング」で明かしていました。
一時は深い溝があったお父さまとの関係も、少しずつ歩み寄れているようですね。
吉川ひなのと両親のエピソードもまとめた!
吉川ひなのさんとご両親にまつわるエピソードも、いくつか紹介していきますね。
成人式の日ですらお金をせびられた
一人暮らしをしていた吉川ひなのさんの自宅には、よくお父さまが訪ねてきていたそうです。
ある日、自宅のポストを開けると、成人式を知らせるハガキが届いていたとのこと。
しかも成人式は、その数時間後に迫っていたそうで、
着物を着て、成人のお祝いをしてもらう日だったのか。
と涙を流していたそうです。
幼い頃から家族にお祝いをしてもらった記憶がなく、こんな形で成人式を迎えるのも自分らしい、とさえ感じてしまったと振り返っています。
もう寝ようとしたところで家のチャイムが鳴り、お父さまが訪ねてきたそうです。
そこでお父さまに成人式のハガキを見せながら、
今日わたし、成人式だったみたい。
と伝えると、お父さまは「ほんとぉ…で、お金をさぁ…」と、いつも通りの調子だったそうです。
我が子の晴れの日にも関心が向かないお父さまの様子に、
読んでいるこちらまで切なくなりますが、当時の吉川ひなのさんの心情は、計り知れないものがあったはずですね。
当時のお父さまにどんな事情があったのかはわかりませんが、外からは見えない何かがあったのかもしれません。
両親がギャラを使い込み!
1991年12月にスカウトされ、伊勢丹の広告で鮮烈なデビューを飾った吉川ひなのさん。


その後も2004年にはパリコレに出演するなど、モデル・タレントとして第一線で活躍されました。
ギャラもかなりの金額だったはずですが、その管理はすべてご両親が握っていたそうです。
吉川ひなのさんは、そんなご両親に対して、
私は芸能活動をそこまで長くできないと思う。だから、お願いだから貯金だけはしておいて欲しい。
と、繰り返しお願いしていたそうです。
実際に、芸能の仕事が厳しくなった時期、次の仕事を探すまでの生活費を貯金から出してほしいと頼んだこともあったそうです。
ところが、ご両親は娘が稼いだお金で豪邸を借りるなどしていたとのこと。
そのうえ要領を得ない言い訳が続き、いざ通帳を確認すると、豪邸の家賃1か月分にも満たない金額しか残っていなかったと明かされています。
娘が懸命に稼いだお金が手元に残っていなかったというのは、なんとも胸が痛むエピソードですね。
それでも最終的にはご両親を許す道を選ばれたといい、吉川ひなのさんの懐の深さには、ただただ頭が下がるばかりですね。
まとめ
今回は吉川ひなのの母親がハマった宗教って?父親など家族情報もまとめた!
ということで、吉川ひなのさんの実家やご両親(父・母)、兄弟姉妹といった家族についてお届けしました。
- 吉川ひなのの母親は「19世紀末にアメリカで始まったキリスト教系の宗教団体」の信者で、本人は元宗教2世だと公表(具体的な団体名は本人非公表で、教団名を挙げる声は確証のない噂)
- 吉川ひなのの母親は2015年頃に病気で亡くなっている
- 吉川ひなのの父親の名前や年齢などの情報は公開されていない
- 父親の仕事は「吟遊詩人」と答えるよう言われていたと本人が語っている
- 幼少期は経済的に苦しく、両親との間でお金にまつわる苦労があったと本人が著書で告白
- 両親と距離を置いた時期もあったが、出産を機に母と向き合い、現在は父とも交流があると語っている
- 2025年3月にハワイから沖縄へ移住し、2026年に約7年ぶりの芸能活動再開を発表した
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。