鹿児島県出身のお笑い芸人、サンシャイン池崎(さんしゃいんいけざき)さん。

「イエェーイ!」「ジャ~スティス!」の絶叫ネタや、「空前絶後のピン芸人~」から始まるハイテンションな自己紹介ネタでおなじみですよね。
そんなサンシャイン池崎さんを育てたご実家や、お父さん・お母さんは一体どんな方なのか気になりますよね。
今回はサンシャイン池崎の実家がボロすぎ!場所や中の画像に新居情報も調査!
そこで今回は、サンシャイン池崎さんの実家や両親、ご兄弟など家族にまつわる情報を詳しく調べてみました。
目次
サンシャイン池崎の実家「空前絶後ハウス」がとにかくボロい!
テレビで「ボロい」「今にも崩れ落ちそう」と話題になったサンシャイン池崎さんの実家について、詳しく掘り下げていきます!
実家「空前絶後ハウス」の正体とは?
ネタの中で「貧乏エピソード」をたびたび披露してきたサンシャイン池崎さん。

そんなサンシャイン池崎さんの実家は、鹿児島県鹿屋市星塚町にあります。
この実家は過去にテレビ番組でも紹介されたことがあり、
視聴者ボロすぎて今にも崩れそう!屋根が飛びそう!
というコメントが出るほど、視聴者にも衝撃を与えるボロボロぶりだったのだとか。
その「空前絶後ハウス」と呼ばれる実家がこちらです。


率直に言って、人が暮らしているようには見えない外観ですよね。
強い風が吹いたら本当に飛んで行きそうな佇まいです・・・。
この「空前絶後ハウス」の特徴をまとめると次のようになります。
以前大工をしていた父親が自ら建てた
六畳一間でリビング・寝室・キッチンが集約
野外に汲み取り式トイレ(ぼっとん便所)
風呂なし
トタンに囲まれ、壁はグラグラ
雨が降ると天井は雨漏り、廊下が濡れる
炊事場の屋根の一部は飛んで行って吹きさらし
内部の様子が分かる写真も見つかりました。


リビングだけは意外と片付いていて一見普通に見えるものの、それ以外の場所はかなり傷みが進んでいたようです。
それでもサンシャイン池崎さんのご両親は、



何も不自由してないよ。心配いらないよ。
と話し、特に不満もなく「空前絶後ハウス」での暮らしを続けていたそうです。


さらに、息子であるサンシャイン池崎さんの先々を案じて、仕送りされたお金には一切手をつけず貯め続けていたそうです。
とことん子ども思いのご両親ですよね・・・。
上京してから15年、実家に帰れなかった理由
ここでサンシャイン池崎さんと実家「空前絶後ハウス」にまつわるエピソードを振り返ってみます。
上京後、長らく実家に帰れなかったサンシャイン池崎
サンシャイン池崎さんは20歳前後から実に15年近く、実家に一度も帰省していなかったといいます。
帰らなかった理由は大きく2つあったようです。
お金がなかった
現実逃避していた
サンシャイン池崎さんは大学を出た後、就職はせずご両親に内緒でお笑い芸人の道へ進みました。
そこから35歳になるまで長い下積みが続きます。
アルバイトで食いつなぎながら舞台に立つ日々は、お金には困っていたものの充実していたそうです。
だからこそ、ボロボロの実家を目の当たりにすると現実を突きつけられる気がして、



芸人を続けられるメンタルじゃなくなる気がして怖かった
という思いから、実家に足を運ぶことができなかったようです。
東京での毎日を楽しむ一方、心のどこかにずっと不安を抱えていたのでしょう。
お兄さんからの一報で実家の異変を知ることに
実家のことを気にかけないようにしていたサンシャイン池崎さんのもとに、ある日、



慧(さとる/サンシャイン池崎の本名)!結婚することになったがよ
というお兄さんからの結婚報告が届きました。
お兄さんとしては、ボロボロの実家に将来の奥さんを連れて行くことに不安を感じていたようです。
サンシャイン池崎さんが「隠したところで仕方ない」と伝えると、お兄さんもそれに納得。
それでも不安は残ったようで、まずはお兄さんが1人で実家の様子を見に行くことになりました。
ところが、その後まもなく、



慧!家が凄いことになってるぞ!
と、お兄さんから慌てた様子で再び連絡が入ります。
詳しく事情を尋ねると、
実家のあるはずの場所に実家が無かった
母親に聞くと、元々の実家は住めなくなったので引っ越した
新しい住所を訪ねると、家らしき建物がない
唯一そこにあったウエハースのような壁の建物に両親がいた
とお兄さんが必死に状況を伝えようとしますが、サンシャイン池崎さんにはすぐには飲み込めない内容でした。
それから約1年後、テレビの仕事が入るようになったサンシャイン池崎さんは、番組の企画をきっかけに15年ぶりの帰省を果たします。
新しい住所がグーグルマップにうまく表示されないというハプニングもありながら、予定より2時間遅れでどうにか到着したそうです。
そこで初めて「空前絶後ハウス」を目にしたサンシャイン池崎さんは、こう振り返っています。



身長173センチの僕より少し低い(壁)。触ってみると指で壁の一部を簡単に剥ぎ取ることができた。手の中でウエハースのように崩れていく。
と語るほど、壁は少し触れただけで崩れるほどもろくなっていたそうです。


すると次の瞬間、壁がいきなり動き出して驚くサンシャイン池崎さん。実はそこから出てきたのはお母さんでした。



前の家がボロボロで住めなくなって、父ちゃんが作ったのよ
と語っており、「前の家があまりにボロボロになった」ことがきっかけで、この「空前絶後ハウス」に移り住んだそうです。


これを聞いたサンシャイン池崎さんは、



大工の親父が、前の家よりボロい家を作った理由は不明だけど、あまりの現実に気絶しそうになる中、親孝行しようと思った。
と語り、「空前絶後ハウス」と記憶よりひと回り小さくなったご両親の姿を前に、改めて親孝行を誓ったといいます。
子どもたちに知らせないまま引っ越していたことに加え、その引っ越し先がまさかの「空前絶後ハウス」だったというのは驚きのエピソードです。
ちなみに、お兄さんはこの一件のあとも無事に結婚できたとのことです。
サンシャイン池崎の父・母はどんな人物?
続いて、サンシャイン池崎さんのご両親について分かっている情報をまとめました!
父・池崎勝男さんはタバコ農家から大工に転身
サンシャイン池崎さんのお父さんは池崎勝男さんといいます。


サンシャイン池崎さんがネタの中でたびたび明かしている、父・勝男さんのこれまでの経歴は次の通りです。
両親はタバコの栽培・製造業を営んでいた
サンシャイン池崎が幼稚園の頃、父・池崎勝男のタバコの火が引火し工場が全焼
工場を再建したが、再び父・池崎勝男のタバコの火の不始末で全焼
その後は大工となり、後に「空前絶後ハウス」を建てた
父・勝男さんは大のヘビースモーカーだったそうです。
本来タバコ工場は火気厳禁のはずですが、どうしても我慢できなかったのでしょうね・・・。
こうした火災の経験も影響してか、サンシャイン池崎さんは自身の口から、



実家は貧乏だった
と明かしています。
それでもサンシャイン池崎さんは、鹿屋市立鹿屋中学校時代は卓球部、高校時代はボート部に所属し、その後は大分大学工学部知能情報システム工学科(当時)へと進学しています。
進学を叶えるために、ご両親も相当に働いて支えてくれていたのだと思われます。


ところが、大学に進学して寮生活にも慣れてきたころ、実家からの仕送りがぱたりと止まってしまいます。
アルバイト漬けの毎日が続いた結果、大学3年の終わりに留年が決定してしまいました。
結局、サンシャイン池崎さんは大学に5年間通うことになったそうです。
昔からご両親思いだったサンシャイン池崎さんですから、もしかすると当時からご両親へお金を送っていたのかもしれませんね。
母・池崎チエ子さんは仕送りに一切手をつけなかった
サンシャイン池崎さんのお母さんは池崎チエ子(いけざき ちえこ)さんです。


夫である勝男さんの仕事を長年支えてこられたそうです。
15年ぶりに帰ってきたサンシャイン池崎さんのために、昔好きだったチャーハンを作ってあげるなど、心の温かいお母さんという印象です。
サンシャイン池崎さんが仕送りしたお金の使い道について尋ねると、



貯金してるよ。使うわけない。使いません。先(将来)何があるかわからんよ。良い時ばかりじゃない。芸人は特に。
と、母・チエ子さんは手をつけずに貯め続けていることを明かしていました。


貯蓄を続けている理由も、芸人という不安定な仕事に就くサンシャイン池崎さんの将来に備えてのことだそうです。
そのうえで、



(自分たちは)自分が働いたお金で何とかやっていける。子供が用意したお金は使えない。そんなもんよ、親は。使うって言ってもねぇ、そんなに使わない。
とも語っていた母・チエ子さん。
もし仕送りのお金を使うことがあるとすれば、それはサンシャイン池崎さんが結婚するときだと心に決めていたそうです。
息子が売れるかどうかに関係なく、自分たちの力で生活しながら息子を支えるという覚悟が伝わってきますね。
サンシャイン池崎が両親に贈った新居についても調査!
ここからは、サンシャイン池崎さんがご両親のために用意した新居についてもご紹介します!
両親へ新築の一軒家をプレゼント!
15年ぶりの帰省で「空前絶後ハウス」を目にし、親孝行を誓ったサンシャイン池崎さん。


2019年1月18日放送のテレビ番組「快傑えみちゃんねる」で、ご両親に一軒家をプレゼントしたことを発表しました!
その新しいご実家がこちらです。


コンパクトな平屋ですが、ご両親おふたりが暮らすには十分すぎるくらいの立派なお家ですよね!
内部の間取りも番組で紹介されていました。


玄関はスロープになっていて、手すりや腰掛け、引き戸を採用するなどバリアフリー仕様になっており、ご両親の老後まで見据えた気配りが感じられます。
この新居は「空前絶後ハウス」からすぐの徒歩圏内に建てられたそうです。
当初の見積もりは1,500万円だったそうですが、サンシャイン池崎さんが用意した予算は500万円だったとのこと。


余計な設備を省き、モデルルームの設備を活用したり、庭の木を自ら伐採したりと工夫を重ね、ハウスメーカー側の厚意もあって最終的には505万円に収まったそうです。



前の家でもそれほど困っていなかった
と話していたご両親でしたが、それでも息子から贈られた新居をとても喜んでおられたそうです。


なお、お父さん・勝男さんは2023年に他界されたことが報じられています。
2024年12月放送のTBS系特番では、鹿児島で一人暮らしになったお母さん・チエ子さん(75)のもとへサンシャイン池崎さんが久しぶりに帰省。伸び放題だった庭の草刈りを業者に頼んだり、録画機能付きのテレビをプレゼントしたりと、変わらぬ親孝行ぶりを見せていました。
番組内でサンシャイン池崎さんが「東京で一緒に住もう」と持ちかける場面もありましたが、チエ子さんは「死ぬまでここよ。ここがいい。やっぱ思い出もある」と答え、住み慣れた新居での暮らしを選んだそうです。


サンシャイン池崎さんの実家について調べてみると、衝撃的な「空前絶後ハウス」の存在とともに、親子がお互いを思いやる温かい家族関係が見えてきました!
まとめ
今回はサンシャイン池崎の実家がボロすぎ!場所や中の画像に新居情報も調査!
というわけで、サンシャイン池崎さんの実家やご両親について詳しくお届けしました。
- サンシャイン池崎の実家は鹿児島県鹿屋市にあるボロボロの「空前絶後ハウス」だった
- 父・池崎勝男さんは元タバコ製造業・元大工、母・池崎チエ子さんは仕送りを一切使わず貯蓄していた
- サンシャイン池崎は両親へ新居をプレゼントし、バリアフリー仕様の新築に住み替えた
- 父・池崎勝男さんは2023年に他界。現在は母・チエ子さん(75)が新居で一人暮らしをしており、サンシャイン池崎さんが変わらず親孝行を続けている
以上、サンシャイン池崎さんの実家と家族にまつわる情報でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。