数々のドラマ・映画で主演を務めてきた俳優の三浦翔平(みうら・しょうへい)さん。

2008年放送のドラマ「ごくせん 第3シリーズ」で俳優デビューし、2025年放送の「天久鷹央の推理カルテ」、2026年1月配信のNetflix版「教場 Reunion」への出演など、デビューから20年近く経った今も第一線で活躍を続けている三浦翔平さん。
そんな三浦翔平さんを育てた実家や、お父さん・お母さんとはどんな人物なのでしょうか。
今回は三浦翔平さんの実家、両親は2人とも一般人だった!3歳上のお兄さんなど家族についても総まとめ
ということで、三浦翔平さんの実家や両親、兄弟姉妹について、独自に情報を集めてみました。
三浦翔平の実家はどこ?裕福な家庭だった?
はじめに、三浦翔平さんの実家についてチェックしていきましょう。
実家があるのは東京都調布市
三浦翔平さんの出身地として公表されているのは東京都調布市です。
出身の小学校・中学校をたどっていくと、実家のおおよその場所が見えてきます。
三浦翔平さんの出身小学校は調布市立若葉小学校だと分かっています。
若葉小学校の通学区域は次の通りです。
東つつじヶ丘(一部)
入間町1丁目〜入間町3丁目
若葉町1丁目(一部)
若葉町2丁目〜若葉町3丁目
続けて、三浦翔平さんの出身中学校は調布市立第四中学校だと判明しています。
第四中学校区に含まれる小学校は、以下の3校です。
調布市立滝坂小学校
調布市立若葉小学校
調布市立調和小学校
これらを踏まえると、実家は若葉小学校の通学区域内にある可能性が高そうです。

三浦翔平さん自身が実家について「調布市つつじヶ丘」だと明かしているため、通学区域と照らし合わせると東つつじヶ丘周辺が有力と考えられます。
実家は裕福だった可能性が高い
三浦翔平さんの実家は、決して庶民的とは言えない裕福な家庭だったと見て間違いなさそうです。
その根拠は、以下の2点です。
- 実家の所在地が調布市つつじヶ丘であること
- 子どもの頃に複数の習い事をしていたこと
それぞれ詳しく見ていきましょう。
理由1:実家の所在地が調布市つつじヶ丘
三浦翔平さんの実家がある調布市つつじヶ丘は、
- 都心へのアクセスも良い便利な立地
- 深大寺や多摩川など、自然も身近にある
という、本来なら両立しづらい2つの魅力を兼ね備えた、人気の高い住宅エリアです。
都心の一等地と比べると地価は控えめなエリアなので、実家はマンションよりも戸建てである可能性が高そうです。
理由2:小学生の頃から複数の習い事をしていた
三浦翔平さんは小学生時代、
- バスケットボール
- 水泳
の2つを習い事にしていたことが分かっています。
スポーツ全般が得意だったという本人の発言もあるので、この2つ以外にも何かしらの運動系の習い事をかけ持ちしていた可能性は十分ありそうです。
習い事とは別に、父方の叔父やいとこにサーフィンの手ほどきを受け、岩手県にある父親の実家に帰省するたびに海に出ていたそうなので、当時からボードなど一式を自前で持っていたとしても不思議ではありません。
運動神経の良さは兄も同じだったそうなので、三浦翔平さんの兄も何かしらの習い事を経験していた可能性は高そうです。
確定的な証拠ではありませんが、これらを総合すると三浦翔平さんの実家はゆとりのある家庭だったと考えるのが自然でしょう。
三浦翔平の両親、父と母はどんな人物?
続いて、三浦翔平さんのお父さん・お母さんについて分かっていることをまとめます。
父親は岩手県釜石市出身の一般人
三浦翔平さんの父親は芸能人ではなく一般人のため、名前や年齢といったプロフィールは公表されていません。
そんな中でも分かっているのは、岩手県釜石市の出身だということです。ちなみに釜石市やお隣の大槌町は、東日本大震災で大きな被害を受けたことでも知られるエリアです。
三浦翔平さんは、そんな父親についてこう振り返っています。
ふだん口うるさい方ではないが、
肝心な時にはビシッと言ってくれるのが父
と話していました。
言葉だけでなく、時には実力行使に出ることもあったようで、そのエピソードは後ほど詳しく紹介します。
母親も一般人、心配性で優しい性格
お母さんも父親と同様一般人のため、こちらも詳しいプロフィールは非公開です。
本人の発言などから分かっているのは、
- 心配性で、とても優しい人柄
という人柄くらいです。
少し余談ですが、三浦翔平さんの母親は機械の操作があまり得意ではないタイプのようです。
コロナ禍で外出が制限されていた時期、妻・桐谷美玲さんの母親からは頻繁にビデオ通話がかかってきていたと、テレビ番組で明かしたことがあります。
一方、自分の母親からのビデオ通話はほとんどなかったそうです。
その理由について、三浦翔平さんはこう明かしています。
うちの母はね、リモートの使い方をまだ分かっていない
と、機械の扱いにはやや不慣れな様子を笑って話していました。
両親にまつわるエピソードいろいろ
ここからは、三浦翔平さんと両親との間にあったエピソードをいくつか紹介します。
小学生時代、イタズラが過ぎて丸坊主にされた
三浦翔平さんは小学生のとき、あまりに度を超したイタズラをして丸坊主にされたことがあるそうです。
何をやらかしたのか具体的な中身までは明かされていませんが、頭を丸めさせるほどですから相当なものだったと想像できます。
岩手の実家近くの海で、叔父・いとことサーフィン三昧
三浦翔平さんが父親の実家に帰省するたびに楽しんでいたのがサーフィンです。
叔父やそのサーフィン仲間、いとこたちに手ほどきを受け、中学1年生のときに初挑戦したのがきっかけだったそうです。
波乗りをしていたのは、釜石市の隣・大槌町にある浪板海岸とのこと。
東北でも指折りのサーフィンスポットとして知られている場所なんだとか。
浪板海岸では波乗りだけでなく、バーベキューなどでも盛り上がっていたようです。
中学1年生で始めたサーフィンは今も継続中で、サーフィン専門誌のレギュラーページを持つなど、いまや趣味の域を超えて仕事の一部にもなっています。
とはいえ、海の上で過ごす以上、日焼けとは常に隣り合わせです。
ドラマやってると焼けちゃったりしてすごい怒られたことがある
と、笑い交じりに話していました。
撮影中はなかなか海に行けないもどかしさも、ドラマのクランクアップに合わせて海に出ることで解消しているようです。
前の作品の役から気持ちを切り替える「役落とし」も兼ねているそうで、本人にとって欠かせないルーティンになっているとのことです。
ちなみに撮影の合間を縫ってサーフィン雑誌のロケに出る際は、日焼け止めをこれでもかと塗り込んで臨んでいるそうです。
中学ではバスケ部のキャプテン、なのに不良グループにも所属
小学生でバスケットボールを始め、地区大会で準優勝した経験を持つ三浦翔平さんは、中学でもバスケ部に所属して部活に熱中していたそうです。
ところが中学校生活の後半になると、不良グループに出入りするようになったのだとか。
それでいながら、
- 学級委員を任されていた
- 卒業式では校歌斉唱の指揮を任された
という一面も持っていたというから、ちょっとギャップを感じてしまいますよね。
そんな中学時代を経て、進学先に選んだのは東京都立杉並高校でした。
高校を無断で中退し、家族の空気がピリピリに
高校生になった三浦翔平さんは、夜中に家を抜け出して朝まで遊び、昼過ぎに帰宅するという生活を送っていたそうです。
そんな生活を続けていたある日、三浦翔平さんは高校をすでに辞めてきたことを家族に事後報告したそうです。
これには兄も黙っておらず、拳が飛んできたとのこと。
この一件をきっかけに、両親の間でも言い争いが増えていったそうです。
そんな両親の姿を目の当たりにして、三浦翔平さんは心を入れ替えることを決意します。
そして学費は自分で返すことを条件に両親へ立て替えを申し出て、通信制の科学技術学園高等学校に編入したのです。
在学中は学費返済のためにアルバイト漬けの日々を送り、そのバイトの一つがドラマや映画のエキストラだったといいます。
そのエキストラ現場で顔見知りになった女性が、本人に無断でとあるコンテストに応募したことが、その後の人生を大きく動かすことになります。
無断応募からのジュノンボーイ挑戦、目当ては賞金
後になって、エキストラ現場で知り合った女性が「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」に自分を勝手にエントリーしていたことを知った三浦翔平さん。
身に覚えのない応募ではあったものの、グランプリを取れば賞金50万円がもらえると知り、俄然やる気に。
その賞金を学費の返済に充てようと、本気でグランプリを狙うようになったのでした。
結果、2007年開催の第20回大会でグランプリこそ逃したものの、フォトジェニック賞と理想の恋人賞をダブル受賞しました。
この結果が目に留まり、芸能事務所からスカウトを受けて芸能界に足を踏み入れたのです。
今も続く、正月の実家帰省という恒例行事
今でも毎年お正月には実家に顔を出すのが恒例だという三浦翔平さん。
父親とその年初めての日本酒を一緒に飲み交わすのが毎年の楽しみなのだとか。2018年に桐谷美玲さんと結婚し、2020年には長男が誕生した三浦翔平さん。今では妻子を連れて三世代で実家に集まるお正月も、珍しくないのかもしれませんね。
高校中退の一件では、一時は家庭がギクシャクする原因にもなった三浦翔平さん。
それでも両親が言い争う姿を見て「このままではいけない」と踏みとどまれたのは、夜遊びを続けながらも、心のどこかで良くないと分かっていたからなのかもしれませんね。
三浦翔平の兄弟は?姉妹はいる?
続いて、三浦翔平さんの兄弟姉妹について見ていきましょう。
三浦春馬さんと兄弟という噂の真相
三浦翔平さんについては、俳優の三浦春馬さんと実は兄弟なのではという噂がたびたび囁かれてきました。
結論から言うと、この噂に事実の裏付けはありません。
血縁関係がないと考えられる理由をまとめると、
- 三浦翔平さんの兄弟構成は2人兄弟で、兄は3歳年上
- 三浦春馬さんの出身は、茨城県土浦市
- 三浦春馬さんの本名は笹本春馬とされている(三浦は生まれた時の姓)
という点が挙げられます。
- 顔立ちのタイプが近いイケメン俳優である
- 同じ「三浦」姓を名乗っている
そのあたりが、混同されてしまった理由なのかもしれません。実際には血縁関係のない俳優同士で、2008年放送の「ごくせん 第3シリーズ」で共演して以来の付き合いだったと言われています。
ここからは、3歳年上のお兄さんについて詳しく見ていきます。
兄が1人、2人兄弟の次男が三浦翔平さん
三浦翔平さんの兄弟はお兄さんが1人だけです。
兄弟構成をまとめると、以下のようになります。
長男:一般人につき非公表(三浦翔平さんより3歳年上)
次男:三浦翔平さん
それでは、お兄さんについて詳しく紹介します。
兄は高校バレーの全国大会経験者
三浦翔平さんのお兄さんは3歳年上の一般人です。
そのため名前などのプロフィールは公表されていません。
分かっているのは、高校時代に「春の高校バレー」の全国大会に出場した実力者だということです。
3歳差という年齢から逆算し、該当しそうな大会を調べてみました。
自宅の調布市周辺から通える範囲で考えると、候補となる高校は以下の顔ぶれに絞られそうです。
- 帝京八王子(東京都)
- 東海大菅生(東京都)
- 安田学園(東京都)
- 法政二高(神奈川県)
- 川崎市立橘(神奈川県)
※対象となる春高バレーの大会で、埼玉県代表は県立坂戸西・県立深谷だったため候補から除いています
お兄さんは、このどれかの高校出身である可能性が高そうです。
三浦翔平さんのお兄さんは現在、海外を拠点に生活しているとのことですが、帰国のタイミングには兄弟で食事に出かける仲のようです。
高校中退の際に拳骨を飛ばしたエピソードからも分かるように、お兄さんもまた、父親譲りの芯の強さを受け継いでいるのかもしれませんね。
まとめ
今回は三浦翔平さんの実家、両親は2人とも一般人だった!3歳上のお兄さんなど家族についても総まとめ
ということで、三浦翔平さんの実家や両親、兄弟姉妹について紹介してきました。
- 三浦翔平さんの実家は東京都調布市つつじヶ丘
- 三浦翔平さんの実家は少なくとも裕福である可能性が高い
- 三浦翔平さんの父親は一般人、岩手県釜石市出身で、とても厳格な人
- 三浦翔平さんの母親は一般人、とても心配性な人
- 三浦翔平さんの兄弟姉妹は3歳年上の兄が1人、生活の拠点は海外
以上が、今回分かった内容です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。