辻仁成の家系図が凄い!?実家は金持ちで両親や兄弟など家族も調査!

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作家であり、ミュージシャンや映画監督としても幅広く活動する辻仁成(「つじひとなり」または「つじじんせい」)さん。

辻仁成
出典: https://wpb.shueisha.co.jp/news/entertainment/2017/05/20/84950/

小説や音楽など、ジャンルを問わず精力的に活動されており、近年ではYouTubeで息子さんと「2G」という名義で配信も行っています。

そんな辻仁成さんを育んだご実家、そしてお父さんお母さんとは、一体どんな方なのでしょうか。

今回は辻仁成の家系図が凄い!?実家は金持ちで両親や兄弟など家族も調査!

というわけで、辻仁成さんのご実家や両親、兄弟姉妹といったご家族について詳しく調べてみました。

辻仁成の家系図がすごい!?

ミュージシャン、作家と、いくつもの顔を持つ辻仁成さん。

そんな辻仁成さんの周辺を調べていくと、創作の才に恵まれた親族が何人もいることが分かりました。

辻仁成の母方の祖父・今村豊は発明家!

辻仁成さんの母方の祖父にあたる今村豊(いまむらゆたか)さんは、発明家として名を馳せた人物です。

辻仁成の祖父・今村豊は戦時中に武器を開発し、のちに仏門へ入った

地元では「鉄砲屋豊」の異名を持ち、名士として一目置かれていた祖父・今村豊さん。

太平洋戦争のさなかには「今村五連式銃」を発明し、自動小銃も軍向けに製造・納入していたそうです。

しかし、自らが生み出した銃によって多くの命が失われたことを深く悔い、戦後は浄土真宗の教えに帰依しました。

犠牲者の鎮魂を願い、故郷の福岡県大川市・大野島の住民らを説き伏せ、掘り出した数千体もの遺骨から仏像「白仏」を築き上げました。

辻仁成
出典: http://daizukan9.blog63.fc2.com/blog-entry-836.html

この白仏は今も大野島の勝楽寺に安置されているそうです。

また、辻仁成さんの小説「白仏」はこの祖父・今村豊さんをモデルにした作品で、フランスの文学賞にも輝いています。

辻仁成の祖父・今村豊は今村製鉄所を興し、機械の発明にも力を注いだ

祖父・今村豊さんの人柄について、

辻仁成

祖父はモノを生み出すことにかけては天才だった。

と辻仁成さんは表現しています。

祖父・今村豊さんが立ち上げた「今村製鉄所」は、中九州一帯で大きな成功を収めました。

戦後になると、祖父・今村豊さんはいくつもの機械を世に送り出します。

  • 自動三輪式の耕運機(のちのトラクターの原型)
  • 海苔巻き上げ機
  • 海苔乾燥機

など、地元産業を支える技術の土台を築き上げました。

更に、祖父・今村豊さんは地元の市会議員も務めていたそうです。

そんな祖父・今村豊さんが働く姿を、辻仁成さんは次のように振り返っています。

辻仁成

広大な工場群、巨大クレーンをはじめとする近代的な設備、そして大勢の従業員を率いて陣頭指揮を執る祖父の勇姿は、今も脳裏に焼き付いている。

と、辻仁成さんは振り返っています。

辻仁成さんによると、今村製鉄所の名前自体は今も残っているものの、祖父・今村豊さんが亡くなったあとは兄弟らによる経営がうまくいかなかったようです。

戦中・戦後という激動の時代を生き抜いた祖父・今村豊さんのエネルギーは、計り知れないものがありますね。

辻仁成の母・辻恭子は弁舌さわやか!

辻仁成さんの母・辻恭子(つじきょうこ)さん(写真右)。

辻仁成
出典: https://www.designstoriesinc.com/jinsei/daily-3908/

辻仁成さんの著書「84歳の母さんがぼくに教えてくれた大事なこと」は、母・辻恭子さんの半生を描いた一冊であり、ブログでも恭子さんとのやりとりが度々つづられています。

母・辻恭子さんは幼い頃から華道をたしなみ、その腕前は大人も舌を巻くほどだったそうです。

また、非常に弁の立つ方で、高校生の頃に名古屋で開催された全国弁論大会に福岡県代表として出場。

母・辻恭子さんが放つ数々の言葉は、辻仁成さんの人生観の形成にも大きく寄与しているようです。

結婚後も、料理教室や刺しゅう教室の講師としても腕を振るっていたのだとか。

こうした母・辻恭子さんの創作への情熱や弁舌の才は、辻仁成さんの芸術性や作家活動にもつながっているのでしょうね。

辻仁成の元妻は俳優で子どもたちは芸術家と音楽家!

辻仁成さんはこれまでに3度の結婚と離婚を経験されています。

ここからは、歴代の元妻とそのお子さんについて見ていきましょう。

辻仁成の1人目の元妻は写真家?

1979年、成城大学経済学部に在学していた20歳の辻仁成さんは、1人目の奥さんと学生結婚をしています。

この方は一般のため情報がほとんどありませんが、カメラマン・写真家であったと伝えられています。

結婚生活はおよそ1年と短く、お子さんもいなかったようです。

辻仁成の2人目の元妻は、俳優・南果歩

辻仁成さんの2人目の元妻にあたる、俳優の南果歩(みなみかほ)さん。

辻仁成
出典: https://www.asahi.com/relife/article/11201152

映画やドラマ、舞台と、幅広い舞台で活躍する実力派俳優として知られる方です。

南果歩さんは1995年から2000年までの5年間、辻仁成さんと夫婦であり、離婚後は俳優の渡辺謙さんと再婚されました(2018年に離婚)。

同じく表現の世界に生きる者同士、通じ合うものがあったのかもしれませんね。

南果歩さんとの間には、息子さんが1人誕生しています。

辻仁成と元妻・南果歩の息子・南依岐は画家

辻仁成さんと南果歩さんの長男で、画家として活動する南依岐(みなみいぶき)さん。

辻仁成
出典: https://shopblog.dmdepart.jp/nagoya/detail/?cd=099136&scd=000078

1995年9月生まれで、2026年現在30歳。

アメリカ・サンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学でBFA(美術学士)を取得したという経歴の持ち主です。

拠点をアメリカと日本に置きつつ、各地で個展を開いています。

手掛けるのはいわゆる現代アートで、本人独自のアルゴリズムを軸に制作されているそうです。

根っからの芸術家気質は、両親から受け継いだ資質が大きそうですね。

ちなみに、プライベートでは23歳の時にアメリカで知り合った1歳年上の日本人女性と学生結婚をしています。

辻仁成の3人目の元妻は女優・歌手の中山美穂

辻仁成さんの3人目の元妻にあたる、女優・歌手の中山美穂さん

辻仁成
出典: https://www.crank-in.net/person/4151

女優として数多くの映画やドラマに出演してきた方です。

歌手としても「世界中の誰よりきっと」などのヒット曲で知られ、亡くなる直前まで全国ツアーを開くなど精力的に活動を続けていました。

中山美穂さんと辻仁成さんが夫婦だったのは、2002年6月3日から2014年7月8日までの12年間です。

2004年1月には長男を出産していますが、辻仁成さんとの協議離婚を経て、長男の親権は辻仁成さんが持つこととなりました。

辻仁成さんと中山美穂さんは雑誌の対談企画で出会い、そのわずか8か月後に結婚に至ったといいます。

表現者ならではの直感が、結婚の決め手になったのかもしれませんね。

なお、中山美穂さんは2024年12月6日、都内の自宅で急逝されたことが所属事務所より発表されました。享年54という早すぎる別れでした。

所属事務所の発表によれば、死因は入浴中の不慮の事故によるもので、事件性はないとのことです。突然の訃報を受け、辻仁成さんも自身のブログで「不意の悲しいお知らせがあり」と胸中をつづり、深い悲しみをにじませていました。

訃報を受けてパリから急遽帰国した息子の辻十斗さんに、辻仁成さんは「ずっと息子君に寄り添っていた」と明かしています。離れて暮らしていた母子の再会が、こうした形になってしまったことを思うと、胸が締め付けられますね。

辻仁成と元妻・中山美穂の息子・辻十斗は大学生

辻仁成さんと中山美穂さんとの間に生まれた長男、辻十斗(つじじゅうと)さん。

辻仁成
出典: https://www.designstoriesinc.com/jinsei/daily-3959/

父・辻仁成さんのブログにもたびたび登場する存在です。

辻十斗さんは2004年にフランスで生まれ、そのままフランスで育っています。

2026年現在の年齢は22歳となり、フランスの難関国立大学に籍を置いています。

最初は別の大学に進学したものの、本当に学びたい分野を追求するため、現在の国立大学へ編入したそうです。

専攻分野は公表されていないものの、

辻十斗

都市をつくる仕事に携わって、フランスと日本を結ぶプロジェクトに関わりたい。

という辻十斗さん自身の言葉、そして

辻仁成

かなり特殊な大学だった。専門性の高い、スペシャリストを養成する大学で、正直、就職先の幅という点では前の大学のほうが広かった気がする。

という辻仁成さんの発言から察するに、デザインや建築、インフラ関連といった専門色の強い分野を学んでいる可能性がありそうです。

また、辻十斗さんは音楽の才能にも恵まれ、名だたるレコード会社から声がかかるほどなのだとか。

ですが辻十斗さんは、こう語っています。

30歳になるまでは大学で学び続けて、その分野のスペシャリストになりたい。音楽は好きだけれど、あくまで趣味として続けて、社会人としての道を歩むつもりです。

と述べており、音楽の道ではなく自身の目指す職業を突き詰めたいという意志を持っているようです。

ちなみに、辻十斗さんは料理の腕前もなかなかのものだそうです。

この多才ぶりは、両親から受け継いだ血筋なのでしょうね。

辻仁成の親類には童話作家や記者がいる!

辻仁成さんの親類には、童話作家として活躍した方や新聞記者の方もいらっしゃいます。

辻仁成の母方の親類・東君平は童話作家

童話作家として名を残した東君平(ひがしくんぺい)さん。

辻仁成
出典: https://shinpei23.blogspot.com/2014/09/blog-post_75.html

東君平さんは、母・辻恭子さんのいとこにあたる英子さんの夫にあたります。

「のぼるはがんばる」「くんぺい魔法ばなし」「おはようどうわ」といったシリーズで広く知られる存在です。

1940年1月9日、兵庫県神戸市の生まれです。

医師だった父親の死と一家の破産によって家族が離れ離れになるなど、幼少期はかなり苦労を重ねたそうです。

最初はイラストレーターとして世に出て、その後童話作家へと転身しています。

しかし、1986年12月3日、こじらせた風邪が肺炎へと進行し、46歳という若さでこの世を去っています。

娘の東菜奈(ひがしなな)さんも絵本作家として活動を続けています。

そして、甥にあたるフリージャーナリストの東晋平さんもいらっしゃいます。

辻仁成の母方の親類・東公平は将棋観戦記者でチェスチャンピオン

将棋観戦記者として著名で、日本のチェスチャンピオンでもある東公平(ひがしこうへい)さん。

辻仁成
出典: http://www.asahi.com/shougi/open23/tournament.html

東公平さんは、先述した東君平さんの兄にあたる人物です。

1933年生まれで、2026年には93歳を迎えます。

将棋棋士を目指して超難関の灘高等学校を中退し奨励会に入会するも、初段で退会したという経歴を持っています。

その後は日本将棋連盟の職員を経て朝日新聞社と契約し、観戦記者として数々の記事を手掛けました。

チェスプレーヤーとしても頭角を現し、日本チェス連盟のチャンピオンとなったのち日本チェス協会設立の発起人も務めるなど、日本のチェス界に大きく貢献した人物です。

ここまで辻仁成さんの家族・親類を紹介してきましたが、改めて振り返ると芸術や執筆の分野で秀でた方が数多くいらっしゃいますね。

公になっていないだけで、他にも才能豊かな親戚がいる可能性は十分にありそうです。

辻仁成の実家はお金持ち?

ここからは、辻仁成さんのご実家について調べた内容をお伝えします!

辻仁成の実家の場所は福岡県福岡市

辻仁成さんの出身は、東京都南多摩郡日野町(現在の日野市)です。

父親の転勤に伴い福岡県福岡市、北海道帯広市・函館市と各地を移り住んだそうですが、現在のご実家は福岡県福岡市にあるとのことです。