バスケットボール女子日本代表として活躍してきた馬瓜エブリン(まうり エブリン)さん。

2021年の東京オリンピックでは銀メダル獲得に貢献し、選手会の副会長を務めるなど、コートの外でも存在感を放っています。
そんな馬瓜エブリンさんですが、育った実家やご両親はいったいどんな方々なのでしょうか?
今回は馬瓜エブリンの両親の仕事や生い立ちは?兄弟など家族構成も調査!
ということで今回は、馬瓜エブリンさんの実家やご両親、兄弟姉妹といった家族にまつわる情報をまとめてみました。
馬瓜エブリンの実家はお金持ち?
まずは、馬瓜エブリンさんの実家がどんなところなのかから見ていきましょう!
馬瓜エブリンの実家の場所は愛知県豊橋市
馬瓜エブリンさんが生まれたのは愛知県豊橋市で、その後は愛知郡東郷町ですくすくと育ちました。実家も、この東郷町にあるようですね。
ご両親そろってスポーツ好きだったこともあり、幼い頃からご家族でよくNBAの試合を観ていたという馬瓜エブリンさん。
なかでも幼心に強烈なインパクトを残したのが、あのドウェイン・ウェイド選手だったそうです。
その姿に憧れて、なんと6歳の頃にはもうバスケ選手になりたいと夢見ていたんだとか。
実際にバスケットボールを始めたのは小学4年生の頃で、当時は東郷町立高嶺小学校に通っていました。

子どもの頃から人一倍恵まれた体格をしていた馬瓜エブリンさんは、運動会でも大活躍だったそうです!
まるで小学生の輪の中に大人が一人混ざっているような体格差で、リレーでは同級生を次々とごぼう抜きにしていたんだとか。
東郷町立東郷中学校に上がる頃には、馬瓜エブリンさんの身長はすでに180cmに達していたというから驚きです。
ここまで恵まれた体格をしていたら、スポーツに生かさない手はないですよね。
その才能は早くから注目され、馬瓜エブリンさんはわずか14歳でU-16日本代表に選出されます。
ところが代表として出場するには日本国籍が必要だと、このとき初めて知らされることになります。
というのも、馬瓜エブリンさんはガーナ出身のご両親のもとに生まれたため、当時の国籍はガーナだったのです。
さらに日本では、未成年が国籍を取得するにはご両親も一緒に帰化申請をしなければならない決まりがありました。
そのため馬瓜エブリンさんは、国籍を変えることの大きな壁をひしひしと感じたそうです。
とりわけ問題になったのが、ガーナ出身であるご両親の日本語力でした。
帰化には小学3年生ほどの読み書きが求められますが、日本で生まれ育った馬瓜エブリンさん自身は日本語はペラペラ。
ちなみにご両親とは英語で会話しているそうで、馬瓜エブリンさんは英語もしっかり話せるんだそうですよ。
一方でご両親は、日常会話はこなせても読み書きはやや苦手だったようです。
そこで帰化申請にあたって、ご両親は夜な夜な机に向かい、日本語の読み書きを必死に勉強したそうです。
ひらがな・カタカナ・漢字と文字が三種類もある日本語は世界屈指の難しさですから、その習得はさぞ大変だったことでしょう。
それほどの苦労があったにもかかわらず、ご両親は迷うことなく帰化を選んでくれたと馬瓜エブリンさんは語っています。
そんなご両親の姿を振り返り、馬瓜エブリンさんは
馬瓜エブリン大人になったら、絶対に恩返ししないとって思ったんです。
と、感謝の思いを口にされていました。
中学を卒業した馬瓜エブリンさんは、バスケの名門として知られる桜花学園高校へと進学します。
高校三冠を達成し、U-17日本代表にも選ばれて世界選手権ベスト4に輝くなど、着実に実績を積み重ねていきました。
桜花学園への進学のきっかけは、ミニバスの大会を視察に訪れていた井上監督との出会いでした。
「桜花学園に遊びに来る?」と声をかけられ、二つ返事で足を運んだという馬瓜エブリンさん。
当時は名門校だとは知らなかったので、「このおじちゃん、いったい誰だろう?」と不思議に思っていたんだとか。
なんとも軽やかでノリの良い、いかにも馬瓜エブリンさんらしい出会いですね。
馬瓜エブリンの実家はお金持ち?
実は馬瓜エブリンさん、バスケットボールを始める前は水泳とピアノに打ち込んでいたそうです。
水泳教室にかかる費用は、月謝が平均で7,200円ほど、入会金は3,000〜7,000円程度が相場のようです。
クラスが上がるにつれて月謝も上がっていくものですが、馬瓜エブリンさんは育成強化クラスまで進んでいたそうです。
ゴーグルといった備品代も含めれば、それなりの出費になっていたと思われます。
ピアノは年齢やレベルによって月謝が変わりますが、小学生クラスなら8,000円前後が一般的なようです。
さらに自宅練習用に電子ピアノをそろえるとなれば、10万円ほどはかかると考えられます。
ちなみに馬瓜エブリンさんは水泳教室のあとにピアノ教室へ通っていたそうで、レッスン中はよく眠気に襲われていたんだとか。
眠くてピアノにまるで集中できず、先生によく叱られていたと馬瓜エブリンさんは振り返っています。
泳ぎ疲れたあとのピアノは、どんな曲でも子守唄のように聞こえていたのかもしれませんね。
前述の通り、馬瓜エブリンさんはバスケの強豪・桜花学園高等学校へ進学しています。
この桜花学園高等学校の授業料や諸費用は、3年間でおよそ185万円ほどかかるとされています。
そのうえ小学生の頃からバスケを続けているわけですから、月謝やユニフォームなどの備品代も別途かかってきます。
地域のスポーツ少年団が運営するスクールなら、月謝は1,000〜3,000円ほど、入会費が3,000円程度が目安です。
一方で民間スクールになると月謝は5,000円以上が相場で、部活動でも部費や遠征代、会場代といった出費がかさみます。
とはいえ、ここまで調べてみても、馬瓜エブリンさんのご実家がお金持ちだと断言できるような確かな情報は見当たりませんでした。
それにしても、あの恵まれた体格を思うと、水泳の道でも活躍できたのでは…とつい想像してしまいますね。
いつか機会があれば、馬瓜エブリンさんのピアノ演奏も聴いてみたいものです!
馬瓜エブリンの実家の両親(父・母)はどんな人?
続いては、馬瓜エブリンさんのお父さん・お母さんについても詳しく調べてみました!
馬瓜エブリンの父親はガーナ出身のエンジニア!
馬瓜エブリンさんのお父さんは、ニコラスさんという方。
年齢こそ公表されていませんが、ガーナのご出身で、身長はなんと193cmもあるそうです。


家族写真を見てみると、背後の建物のベランダの柵でしょうか、馬瓜エブリンさんのお父さんの頭がすっかり越えてしまっていますね。
右端に写る当時14歳の馬瓜エブリンさんもしっかり柵を越えていて、父娘そろって驚きの長身ぶりです。
馬瓜エブリンさんのお父さんは、もともとガーナでエンジニアに関する勉強をしていたそうです。
さらに学びを深めたいと、ガーナで結婚したあとに単身で来日しました。
来日後は、愛知県内の自動車部品工場でエンジニアとして働いていたそうです。
勤務先の会社名は明かされていませんが、馬瓜エブリンさんがかつて「トヨタ自動車アンテロープス」に所属していたことから、トヨタ自動車の関連会社ではないかという噂もあるようです。
ただ、馬瓜エブリンさん本人が詳しく語っているわけではないため、こちらの真偽ははっきりしていません。
その後、あとを追うようにお母さんも来日し、ご夫婦は2人の娘さんに恵まれます。
来日した当初、馬瓜エブリンさんのお父さんは日本語がまったくわからない状態だったといいます。
それでも大学に通うなかで友人ができ、いろいろと助けてもらっていたようです。
人懐っこくて社交的な馬瓜エブリンさんのコミュ力の高さは、案外このお父さん譲りなのかもしれませんね。
馬瓜エブリンさんのお父さんはとても娘思いで、娘が出場する国際試合には欠かさず応援に駆けつけていたそうです。
しかも手には日本とガーナ、両方の国旗を握りしめて。母国への愛もしっかり胸に抱いているんですね!
ちなみに日本国籍を取得した際に名乗ることになった「馬瓜」という苗字は、馬瓜エブリンさんのお父さんが名づけたものです。
これはガーナでのファミリーネーム「マウリ(Mawuli)」を漢字に当てたことに由来するんだそうですよ。
こうして見ると、馬瓜エブリンさんのお父さんは家族愛にも母国愛にもあふれた、あたたかい方なんですね。
もっとも馬瓜エブリンさん自身は、「馬瓜」ではなく「桜木」という苗字にしたかったそうですよ。
あの大人気バスケ漫画の主人公にあやかりたかったのかどうか…その真相は謎のままです。
馬瓜エブリンの母親は明るく陽気な自慢のお母さん!
馬瓜エブリンさんのお母さんは、フランシスカさんという方です。


身長は175cmとこちらも高めで、馬瓜エブリンさん(右・180cm)と妹さん(左・181cm)に挟まれても、まったく見劣りしません。
年齢は実の娘にすら頑として明かさないそうで、正確なところは誰にもわからないんだとか。
フランシスカさんはいくつになっても乙女心を忘れないようですね。なんとも可愛らしいです!
馬瓜エブリンさん曰く、いつも明るくて陽気な、自慢のお母さんなのだそうです。
バスケの試合には毎回欠かさず応援に来てくれて、観客席で踊り出したり、人一倍大きな声援を送ってくれるそうですよ。
そんなお母さんがいたら、コートも観客席もきっと大盛り上がりでしょうね。
そんな陽気なお母さんのために、馬瓜エブリンさんはオリンピックの応援で着てもらおうと、特製のスペシャルユニフォームをプレゼントしたんだとか!


同じくバスケ選手である妹・ステファニーさんのことも一緒に応援できるよう、姉妹2人の背番号を前と後ろに縫い付けた特別仕様です。
仕立てを手がけたのは、普段はスーツを扱っている名古屋の尾張屋用品店さん。
ユニフォームづくりは初めてだったそうで、相談を受けたときはさぞ驚かれたことでしょう。


出来上がったユニフォームはお母さんに大好評で、それはそれは喜んでもらえたそうですよ。
このユニフォームを着て、ノリノリで踊るお母さんの姿がありありと目に浮かんできますね。
とはいえ、そんな明るいお母さんにも、実は苦労の絶えない時期があったそうです。
ガーナから来日したばかりの頃は日本語も話せないなか、子育てに家事にとやるべきことが山積みでした。
慣れない異国の文化のなかで、その苦労は並大抵のものではなかったはずです。
馬瓜エブリンさん自身も、バスケを始めた小学生の頃には、自分の体格や肌の色が周りと違うことに思い悩んだといいます。
「どうして私はみんなと違うの?」と馬瓜エブリンさんが尋ねると、お母さんは「どうして同じじゃなきゃいけないの?」と返したそうです。



あなたにしかない魅力を、どうして使わないの?
この言葉をきっかけに、馬瓜エブリンさんが自分の考え方を変えてみたところ、周りの人たちも自然と話しかけてくれ、興味を持ってくれるようになったと語っています。
お母さん自身も職場などで心ない言葉をかけられることはあったはずなのに、そんなことは物ともしない堂々とした振る舞いだったそうです。
そういう強さもまた、馬瓜エブリンさんがお母さんを心から尊敬する理由なのかもしれませんね。
馬瓜エブリンの両親のエピソードも紹介!
馬瓜家の食卓には、ガーナ料理がよく並んでいたそうです。
今でも馬瓜エブリンさんが大好きでよく作ってもらうのが、『カクロ』というガーナのバナナケーキなんだとか。
マッシュしたバナナに生姜などを練り込み、団子状にまとめて油で揚げた一品です。


これがガーナではおなじみの定番料理で、とても美味しいのだそうですよ。
ほかにも、バンクーやフフといった主食を手でつかんで食べていたそうです。
ただ馬瓜エブリンさんは、一時期この手で食べる習慣が恥ずかしく感じられたこともあったそうです。
家族だけのときは手で食べるものの、友達が遊びに来たときに『それ、どうやって食べるの?』と聞かれるのが、一時は嫌だったんだとか。
あの豪快な馬瓜エブリンさんにも、そんな多感な思春期があったんですね。
馬瓜エブリンの兄弟姉妹も調査!
続いては、馬瓜エブリンさんに兄弟や姉妹がいるのかどうかについても調べてみました!
馬瓜エブリンの兄弟は同じバスケ選手の妹がいる!!
ここまでにも少し触れてきましたが、馬瓜エブリンさんには妹さんがいらっしゃいます。
3歳年下の妹・ステファニーさんは日本で生まれ育ち、馬瓜エブリンさんと同じくバスケットボール選手として活躍しています。
2024年のパリ五輪では、女子バスケットボール日本代表のメンバーにも選ばれました。


ステファニーさんとは幼い頃にはケンカもしたそうですが、今ではお互いを「エブリン」「ステ」と呼び合い、プライベートで一緒に旅行へ出かけるほどの仲良し姉妹。
幼少期には、容姿の違いから周囲に心ない言葉をかけられることも少なくなかったそうですが、姉妹で支え合いながら乗り越えてきました。
ステファニーさんが誰かに嫌なことを言われて泣きながら帰ってくると、



で、その子はどこにいるの!?
と、馬瓜エブリンさんが相手のところへ直談判しに行ったこともあったそうです。
もっとも、乗り込んだ先で話がこじれてしまい、結局は大ゲンカに発展していたそうですが…。
それでも「ステファニーの後ろには怖いお姉ちゃんがついているぞ」という空気が生まれ、その存在に守られていた部分があったとステファニーさんは振り返っています。
聞いているこちらまで、姉妹の絆の深さがじんと伝わってきますね。
まとめ
今回は馬瓜エブリンの両親の仕事や生い立ちは?兄弟など家族構成も調査!
ということで、馬瓜エブリンさんの実家やご両親(父・母)、兄弟姉妹といった家族についての情報をお届けしました。
- 馬瓜エブリンさんの実家は愛知県豊橋市で、育ちは愛知郡東郷町
- 実家がお金持ちだという確かな裏付けは見つからなかった
- 父親のニコラスさんはガーナ出身で、自動車部品工場のエンジニア
- 母親のフランシスカさんは、明るく陽気な自慢のお母さん
- 兄弟姉妹は3歳年下でバスケ選手の妹・ステファニーさん。姉妹は14歳の頃に家族そろって日本国籍を取得している
といった内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。