「海猿」シリーズなどで知られる実力派俳優、伊藤英明(いとうひであき)さん。

映画だけでなくドラマやCMなど、幅広いフィールドで活躍を続けていますよね。
そんな伊藤英明さんを育てたご実家や、お父さん・お母さんは一体どんな方なのか気になりますよね。
今回は伊藤英明さんの実家の場所や写真、両親(父・母)や兄弟姉妹まで、ご家族の情報をまとめてご紹介していきます!
伊藤英明さんの実家や両親、兄弟姉妹について、様々な角度から詳しく調べてみました。
目次
伊藤英明の実家はどんな場所?お金持ちなのかも調査
まずは伊藤英明さんの実家の場所や様子について見ていきましょう!
実家は岐阜県岐阜市菅生にあり
伊藤英明さんは岐阜市育ちで、高校を出た19歳のときに上京しています。
ご実家は岐阜市菅生エリアにあり、地元ではちょっとした有名スポットになっているようです。
菅生地区はJR西岐阜駅まで車で約8分、JR岐阜駅までも約10分ほどと市街地から近く、住宅と田畑が混在するのどかで落ち着いたエリアです。
現在の実家は伊藤英明さんが両親にプレゼントしたことにちなみ、地元では「海猿御殿」の愛称で呼ばれているようです。
とはいえ「御殿」というほどの大豪邸ではなく、手入れの行き届いた綺麗な一軒家、という情報が有力です。
ちなみに菅生地区から伊藤英明さんの母校である岐阜市立西郷小学校や岐阜市立岐阜西中学校までは徒歩1時間40分ほどかかる距離。通学圏内とは言いがたいため、実家が菅生に移ったのは高校時代以降、あるいは大人になってからではないかと推測されます。
また年末年始のタイミングで岐阜市内や実家周辺での目撃情報が増える、という話もささやかれています。
実際、伊藤英明さん自身のインスタグラムでも2022年の年始に地元のラーメン店「香楽」で名物「ベトコンラーメン」を頬張る姿を披露しています。
「香楽」は伊藤英明さんの子ども時代からの馴染みの店で、俳優として売れっ子になった後も帰省するたびに立ち寄る常連スポットとして知られています。
2022年には映画「THE LEGEND & BUTTERFLY」の公開を記念した「ぎふ信長まつり」の「信長公騎馬武者行列」に共演した木村拓哉さんを「香楽」に案内したこともあり、それを知ったファンが押し寄せて話題になった一幕もありました。

店内には伊藤英明さんをはじめとした著名人の写真やサイン色紙がずらりと並んでいるのだとか。
実家の経済事情は裕福だった?
「海猿御殿」という呼び名だけを聞くと、裕福な家庭を思い浮かべる方も多いかもしれません。
ただし実際に調べてみると、幼少期から学生時代にかけては、必ずしも経済的に恵まれていたとは言えない状況だったことがわかりました。
その理由として、以下のような点が挙げられます。
- 父・勲(いさお)さんは、曽祖父が営んでいた酒屋の閉店がきっかけで家を失い、高校卒業後すぐに働き始めている。
- 母・晴子(せいこ)さんも、曽祖父の料亭が経営破綻したあおりで転居を余儀なくされ、高校卒業後は就職の道を選んでいる。
- 伊藤英明さん本人も6歳のときに重い慢性腎炎を発症し、10歳で完治するまで長期の入院生活を送っていた。
両親についての詳しいエピソードは後ほど紹介しますが、お二人とも幼い頃から苦労を重ねてきており、結婚後の家計もゼロから築き上げてきたことがうかがえます。
加えて伊藤英明さんの入院生活は、小学校時代を通算しても3年程度しか登校できなかったほど長期にわたっていたそうです。
助成金や保険給付でいくらか支えられた部分はあったかもしれませんが、それでも家計への負担はかなり大きかったと推測されます。
こうした情報を総合すると、伊藤英明さんのご実家が特別なお金持ちだったと断言できる根拠は見当たりませんでした。
伊藤英明さん自身も上京後は俳優を目指しながら肉体労働で生計を立てていた時期があり、自分の力で道を切り拓いてきたところはご両親譲りと言えそうですね。
伊藤英明さんの両親(父・母)はどんな人物?
続いて、伊藤英明さんを育て上げたお父さん・お母さんについて詳しく見ていきましょう!
伊藤英明さんのご家族・親類は2023年1月30日放送のNHK「ファミリーヒストリー」で取材に応じており、放送から3年以上が経った今も色褪せない家系のエピソードが数多く明かされています。
父・勲さんは元自衛官で苦労人
伊藤英明さんの父・伊藤勲(いさお)さんは1947年5月生まれで、2026年現在は79歳になっています。

伊藤英明さんの目元や輪郭は、どこかお父さん譲りという印象を受けますよね。
勲さんがどんな半生を歩んできたのか、順を追って紹介します。
まずは父方の祖父・正一(しょういち)さんの代から
勲さんの父、つまり伊藤英明さんの祖父にあたる正一さんは、もとは森嶋家の生まれで、代々加納和傘を手がける職人の家系にルーツを持ちます。
地主として知られていた森嶋家を出て、正一さんは婿養子として伊藤家に入ることになりました。
結婚を挟む形で第二次世界大戦に召集された正一さんは、約6年もの間戦地で過ごし、復員後は工場勤めの作業員として生計を立てていました。
ところがそんな折、伊藤家の義父(正一さんの妻のお父さん)が営んでいた酒屋が閉店してしまいます。
同業者の連帯保証人になっていたことが災いし、義父は家を手放すことに。同居していた勲さんら正一さん一家も、住まいを追われてしまいました。
その後、正一さんは自動車販売会社に転職。ローンを払えなくなった所有者から車両を引き上げるという、精神的にも辛い仕事をこなしながら家族を支え続けたそうです。
勲さんは18歳で自衛隊へ
幼い頃から苦労の絶えなかった勲さんですが、高校を卒業した後、父・正一さんの勧めを受けて18歳で自衛隊に入隊しています。
先輩隊員からは、

おおらかな性格だけど戦術の組み立てが凄い。隠れて努力したり、芯があって精神力が強い。
という人物評が寄せられていたそうです。
この勲さんの自衛官としての経験は、伊藤英明さんが映画「海猿」で海上保安官を演じるうえでも大きな影響を与えたとされており、伊藤英明さん本人も、芯の強さや粘り強さは父や祖父から受け継いだものだと語っています。
物流会社へ再就職し、社長にまで上り詰める
自衛隊を退職した勲さんは、故郷の岐阜市へ戻ることになります。
地元の物流会社に再就職し、そこで後に妻となる晴子(せいこ)さんと知り合って結婚することになります。
上司に取り入って出世していく人がいる中、勲さんは真面目に仕事に打ち込み、主任から支店長へと着実にステップアップしていきました。
支店長という立場になっても部下への気配りを忘れず、大掛かりな引っ越し案件では自ら現場に出て、泊まり込みで対応にあたる姿もあったといいます。それを間近で見ていた元同僚からは、



みんながこの人のために頑張ろうって思うんじゃない
という声が上がっていたそうです。
その後、実直な人柄と仕事への向き合い方が高く評価され、勲さんは関連会社の社長に大抜擢されることになりました。
実直に一本筋を通した勲さんの生き方と、厳しい芸能界で確固たる地位を築いてきた伊藤英明さんの姿には、どこか重なるものを感じますね。
母・晴子さんは元バスガイドで女優志望だった
続いては伊藤英明さんの母・伊藤晴子(せいこ)さんについてです。


1951年6月生まれで2026年現在は75歳、出身は長崎県・五島列島北部の小値賀島(おぢかじま)です。
普段は明るく活発に振る舞う晴子さんですが、息子の伊藤英明さんや高校時代の親友からは、ふとした瞬間に寂しさをにじませることがあったとも語られています。
幼くして母を亡くし、父・兄とも離れ離れに
晴子さんの父方のルーツをたどると、平戸藩(長崎県北部)に仕えた武士の家系にたどり着きます。
晴子さんの父・前田末男(まえだすえお)さんは、第二次世界大戦からの復員後に結婚し、佐世保でミシン屋を開業しました。
母・美枝子(みえこ)さんは戦時中に陸軍病院で看護師を務め、戦後は夫のミシン屋を手伝う従業員として働いていたそうです。
結婚したふたりの間には長男・隆(たかし)さんと晴子さんが誕生しますが、晴子さんがまだ1歳半だった頃、母・美枝子さんは病気でこの世を去ってしまいます。
仕事に追われる日々を送っていた末男さんは、やむを得ず隆さんと晴子さんをそれぞれ別の親戚に預けることになります。
親戚の家を転々としながら過ごした幼少期について、晴子さんは当時をこう振り返っています。



お母さんに会いたかった。夜に寂しくて泣いていた。
と、寂しかった胸の内を明かしています。
思春期には継母との関係にも悩んだ
晴子さんが6歳を迎えた頃、ようやく父・末男さんが迎えにきてくれました。
実はこの間に、末男さんは政枝(まさえ)さんという女性と再婚しており、晴子さんにはすでに妹が生まれていました。
5人家族として新たな生活を始めた矢先、亡き実母・美枝子さんの父が営んでいた料亭が経営破綻してしまいます。
連帯保証人になっていた末男さんも負債を抱え込み、ミシン屋をたたんで炭鉱の町・佐世保市江迎町(えむかえちょう)へ転居。出張修理という形でミシン屋を再スタートさせますが、家族の空気はどこかぎこちないものだったようです。
継母の政枝さんから時に冷たく接されることもあり、晴子さんの中には次第に反抗心が芽生えていったといいます。
その後借金の返済にめどが立ち、再び佐世保でミシン屋を構えたところ編み機が飛ぶように売れ、家計も落ち着きを取り戻していきます。
暮らしが安定してきた頃、政枝さんは歩み寄ろうとしてくれたものの、晴子さんは素直になりきれず、せっかく作ってもらったお弁当をわざと家に置いていくなど反発してしまったこともあったそうです。
それでも政枝さんはめげずに、遠く離れた学校までお弁当を届け続けてくれたそうで、晴子さんは当時を振り返って深く感謝していると語っています。
岐阜へ渡りバスガイドに、そして結婚
父・末男さんに猛反対されながらも、晴子さんは高校卒業を機に家を出る決意をします。
岐阜の会社に就職し、バスガイドとして働き始めた晴子さん。
得意の歌声で乗客を盛り上げ、同僚からの信頼も厚く、会社からもしっかり評価されていたそうです。
そこで出会ったのが勲さんで、勲さん26歳・晴子さん22歳のときに結婚。長男・英明さんと長女・聡美(さとみ)さんという二人の子どもを授かりました。
実は晴子さんは思春期の頃からひそかに女優を夢見ていたのだそうです。結局その夢を自分の手で叶えることはなかったものの、成長した英明さんが俳優として花開いたことで「息子が自分の夢を代わりに叶えてくれた」と親しい人に語っていたといいます。
両親にまつわるエピソードいろいろ
ここからは、伊藤英明さんのご両親にまつわる印象的なエピソードをいくつかピックアップしてご紹介します!
文通で距離を縮めたふたり
岐阜で出会った勲さんと晴子さんは、手紙のやり取りを重ねながら少しずつ距離を縮めていったそうです。
勲さんは、娘を心配する晴子さんの長崎のご両親に向けても、安心してほしいという思いを込めた丁寧な手紙を送っていたといいます。
晴子さんの育ての母である政枝さんからは「娘のことを案じている」「できれば地元にいてほしい」といった返信が届いていたそうで、晴子さんはこの手紙をきっかけに、約50年の時を経て初めて政枝さんの深い愛情を知ることになったといいます。
3年にわたる闘病を支え続けた両親
先述の通り、伊藤英明さんは6歳のときに重い慢性腎炎と診断され、小学校時代の3年間を入院生活で過ごすことになりました。
晴子さんは妹の聡美さんを自転車の後ろに乗せて、片道40分もかかる病院まで毎日通い続けていたとのことです。
勲さんも仕事で多忙な中、毎日病院に足を運び、晴子さんと交代しながら泊まり込みで付き添っていたそうです。
そして伊藤英明さんが10歳を迎えた頃、扁桃腺の除去手術を受けたことをきっかけに症状は劇的に改善していきます。
両親の献身的な看病もあって、伊藤英明さんはすっかり健康な体を取り戻すことができたそうです。
地元イベントには両親揃って応援に
2022年11月6日、地元・岐阜で「ぎふ信長まつり」が開催されました。


「THE LEGEND & BUTTERFLY」の公開記念として、伊藤英明さんは共演した木村拓哉さんと共に「信長公騎馬武者行列」へ参加しました。
会場には1万5,000人もの観客が詰めかけ、その中でご両親もそれぞれスマートフォンを片手に、伊藤英明さんの姿を夢中で追いかけていたそうです。
幼い頃は病弱だった伊藤英明さんが、華やかな舞台で堂々と活躍する姿を目の当たりにして、ご両親はひとしお感慨深いものを感じていたようです。
伊藤英明さんの兄弟姉妹についても調査
続いて、伊藤英明さんに兄弟姉妹がいるのかどうかも調べてみました!
妹の聡美さんは夫婦で飲食店を経営中
伊藤英明さんには1人の妹さんがいます。


1歳年下の妹・聡美(さとみ)さんで、2026年現在は49歳になっているとみられます。
兄の英明さん譲りなのか、キリッとした目元が印象的ですよね!
岐阜県瑞穂市で「ぶたとら」という飲食店を、ご主人とふたりで切り盛りされています。


お店はJR穂積駅から徒歩5分ほどとアクセスも良好です。
地元でも評判の店で、鹿児島県産の黒豚を使った豚肉料理の数々や、かき氷が絶品と評判のようです。
岐阜県内を中心に、キッチンカーでのイベント出店もこなしているそうです。
今日のランチは、
— 玉依姫 (@kotodamahime) April 7, 2021
俳優の伊藤英明さんの妹さんのお店
『ぶたとら』さん🐷。
特製コロッケと味噌ヒレカツをシェア
しました😉
前菜のしゃぶしゃぶサラダのボリューム
に驚きです❣️🤗
豚肉美味しかったぁ〰🐷#ぶたとら pic.twitter.com/3ziEZGL4kE
写真から見てもボリューム満点で、美味しそうな料理ばかりですね!
お店のオープン時には、伊藤英明さんをはじめ山下智久さんやDAIGOさんといった著名人からもお祝いのお花が数多く届けられたそうです。
兄は俳優、妹は店のオーナーとして、それぞれの道で活躍を広げている伊藤兄妹。今後の動向にも注目したいですね!
伊藤英明さん本人の結婚・子どもについても紹介
ここまでは伊藤英明さんの実家やご両親、妹さんについて紹介してきましたが、伊藤英明さん自身が築いている家庭についても触れておきます。
伊藤英明さんは2014年10月、8歳年下の一般女性と結婚しています。お相手とは共通の知人を通じて出会い、TBS「A-Studio+」に出演した際には「付き合うとかじゃなくて、結婚してる生活がパッと思い浮かんだ」と、交際期間を経ずにプロポーズしたことを明かしていました。
結婚を発表した際には所属事務所を通じて「女性として人として尊敬でき、思いやりの心を持つ彼女となら共に生きていける」とコメント。お相手が一般の方であることから、馴れ初めの詳細は公表を控えるとされ、お名前などプライベートな情報も基本的には非公開のスタンスが貫かれています。
2015年11月には第1子となる長男が、2019年7月には第2子となる長女が誕生し、伊藤英明さんは2児の父親になりました。
長男の誕生直後には家族でアメリカへ移住した時期もあったそうで、その理由については「家族と向き合う時間を作るためだった」と報じられています。伊藤英明さんには幼少期の入院生活で家族がバラバラになった経験があるからこそ、もう一度家族の絆を築き直したいという思いが人一倍強かったのかもしれませんね。
帰国後も、朝は満員電車に乗って子どもの送り迎えを担当したり、ママチャリで街中を駆け抜けたりする姿が近所で評判になっているのだとか。夫婦で家事や育児を分担し、意見がすれ違っても次の日に持ち越さないことをルールにしているそうで、円満な家庭を築いている様子がうかがえます。
まとめ
今回は伊藤英明さんの実家の場所や写真、両親(父・母)や兄弟姉妹まで、ご家族についての情報をまとめてご紹介しました!
という事で、伊藤英明さんの実家や両親、兄弟姉妹、そしてご本人の家族についての記事をお届けしました。
- 伊藤英明さんの実家は岐阜市菅生にあり、お金持ちと断言できるほどの根拠は見つからなかった
- 父・勲(いさお)さんは元自衛官、母・晴子(せいこ)さんは元バスガイドで、ともに幼少期から苦労を重ねてきた
- 妹・聡美(さとみ)さんは岐阜県瑞穂市でご主人と飲食店「ぶたとら」を経営している
- 伊藤英明さん自身は2014年に一般女性と結婚し、2人の子どもに恵まれ、家族を大切にしている
以上、伊藤英明さんの実家やご家族についてお届けしました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!