演歌歌手の真田ナオキ(さなだ なおき)さん。

吉幾三さんの弟子として2016年に『れい子』でデビューし、2020年には日本レコード大賞の最優秀新人賞を受賞しました。2026年も新曲のリリースが続き、10月には日本作曲家協会音楽祭のベストパフォーマンス賞を受賞しています。
お父さんも演歌歌手という真田ナオキさん。家族を先に挙げておきます。
- 父:演歌歌手。さいたま市でカラオケラウンジ「愛歌」を営んでいる
- 母:一般の方。両親は離婚している
- 姉:1人
- 祖父母:生活が苦しかった時期に親代わりになってくれた
- 自身:2011年に結婚し、2015年に離婚。子どもは5人
真田ナオキのプロフィール
- 名前:真田ナオキ
- 生年月日:1989年12月22日
- 出身:埼玉県さいたま市
- デビュー:2016年『れい子』
- 受賞:第62回日本レコード大賞 最優秀新人賞(2020年)ほか
中学卒業後は建設の仕事に就き、19歳のころに家族から歌手を勧められても断っていたそうです。2011年の東日本大震災をきっかけに歌手を目指すようになりました。
真田ナオキの母親はどんな人?
母とのゴルフとツーショット
お母さんは一般の方で、名前や職業は公表されていません。
2022年のお母さんの誕生日には、休みをもらって一緒にゴルフに行ったことをブログでつづっていました。
「いつもありがとうって言おうと思ってたのに結局恥ずかしくていえなかった」と書きつつ、普段は撮らないツーショットを撮ったそうです。

- 8月18日がお誕生日
- 真田ナオキさんは「おかあ」と呼んでいる
こちらがそのツーショットです。「お母さんが美人」と言われるようになったのは、この写真がきっかけのようです。やわらかな笑顔が印象的ですね。

写真の背景が、お父さんのカラオケラウンジによく似ていることから、「両親の関係も変わってきたのでは」と話題になったこともあります。
家族みんなが応援
2021年の雑誌の対談では、家族の応援についてこう話しています。
真田ナオキさん両親やきょうだいも熱心に応援してくれていて、テレビ出演の情報は僕より知っています
真田ナオキの実家はお金持ち?
実家はカラオケ店?
真田ナオキさんは埼玉県さいたま市の出身です。
お父さんは、さいたま市南区の南浦和でカラオケラウンジ「愛歌」を営んでいて、お店は2017年3月にリニューアルオープンしたそうです。ただ、真田ナオキさんが子どものころから、このお店が家業だったのかどうかまではわかっていません。お店のことはお父さんのブログでも紹介されています。


お店はJR南浦和駅から歩いて4分ほど。アパートの1階に入っていて、駅前で近くに駐車場もないことから、ネットでは「自宅はこの建物の上の階か、すぐ近所なのでは」とも言われています。家族が住まいを明かしたことはないので、あくまで立地からの推測です。
少年時代は野球少年
子どものころは、野球や空手、ボクシングに打ち込んでいました。特に野球は、日本代表に選ばれるほどの腕前だったそうです。
ところが、小学6年生の大会で肘を痛め、病院で「じん帯がダメになっていて」と告げられます。このケガで、プロ野球選手の夢はあきらめたそうです。
お金持ちではなかった
習い事に打ち込んでいたことから「お金持ちでは?」と言われることもありますが、真田ナオキさんの家庭はむしろ苦しかったようです。
両親が離婚したことは、本人が2023年のインタビューで明かしています。ネットでは「17歳のときに離婚し、水道や電気が止まるほど貧しかった」「真冬に冷水のシャワー、主食は生米」といった話も紹介されていますが、こちらは本人の発言としては確認できませんでした。
本人が語っているのは、中学卒業後に建設の仕事を始めたことと、社会人になったばかりで生活が苦しかったころ、祖父母が「食事と寝る場所は用意してあげるから、うちへ来なさい」と親代わりになってくれたことです。
お母さんの実家が水道屋で、そこを手伝っていたという話もありますが、出どころははっきりしません。いずれにしても、実家がお金持ちだったという情報はありません。
真田ナオキの父親は演歌歌手
父は桂竜士さん
お父さんは、テイチクに所属する演歌歌手の桂竜士(かつら りゅうじ)さんだと言われています。


- 本名 松谷東秀
- 出身地 島根県松江市
- 趣味 ゴルフ
- 特技 空手道(壮真会)
真田ナオキさん本人や報道が「父は桂竜士さん」と明言したことはありませんが、桂竜士さんは2014年のブログで、息子の「大介」の25歳の誕生日を祝い、「息子もデビューして成功して欲しい」と書いています。生年月日も一致していることから、親子とみられています。
ブログにつづった子どもへの思い
そのブログには、離れて暮らしてきた子どもたちへの思いもつづられていました。
25年の間、何年、子供達と一緒に居たんだろうなあ?
俺の不徳の致すところで、親不孝じゃ無く 子供不幸したんだもんなあ。
あの子達に生まれて今日までどれだけの父親に対して思い出があるんだろう???
引用:https://ameblo.jp/katura-ryuji/entry-11967856283.html
娘には家庭を持って幸せになってほしい、息子にはデビューして成功してほしい、とつづられていました。
祖母は韓国から渡ってきた
お父さんのブログには、真田ナオキさんのおばあさんについての記事もあります。
おばあさんは、7歳のときに、言葉もわからない日本へ、おばあちゃんを訪ねて一人で韓国から海峡を渡ってきた人だったそうです。苦労しながら結婚し、5人の男の子を育て上げました。
お酒を飲むと暴れるおじいさんに、お父さんが殴りかかろうとしたとき、おばあさんはこう言ってかばったといいます。



お父さんを殴るなら、お母さんを殴りなさい!


お父さんのブログに載ったおばあさんの遺影では、韓国の民族衣装・チマチョゴリを身につけています。お姉さんとされる方のInstagramにも日本と韓国の国旗の絵文字が並んでいて、一家は韓国にゆかりがあるとみられます。
おばあさんは長い闘病の末、2024年1月22日に94歳で亡くなりました。
ちなみに、本人によると、おじいさんと叔父さんは「地元の番長」だったそうです。
荒れた10代と『酔歌』
暴走族の総長に
野球の夢を絶たれたあと、真田ナオキさんは中学時代に荒れた時期を過ごします。親の世代が作っていた暴走族「スペクター」を同級生と再結成し、総長を務めたそうです。
ただし、「昭和のスタイルの不良」をモットーに、盗みや女性に手を出すことはご法度。「まっすぐな不良でいよう」と誓い合ったと話しています。
足を洗うきっかけは、お姉さんに男の子が生まれたことでした。ベビーベッドの甥っ子を見て、「ちゃんとした叔父ちゃんになりたい」と思ったそうです。
『酔歌』で両親を思い出して泣いた
演歌との出会いについては、こう話しています。
「まだ荒れた生活をしていた頃、テレビで志村けんさんが師匠の『酔歌』を歌っているのを聴いて、両親のことを思い出して涙が止まらなくなってしまったことがあって、それが僕にとっての演歌の原体験です」
真田ナオキの結婚と子ども
真田ナオキさんは2011年、中学時代の後輩の女性と結婚し、長女・次女・長男が年子で生まれました。



赤ちゃんの前でハッピーバースデーを歌ったことは今も鮮明に覚えています
2015年に離婚しましたが、その後も家族の関係は続き、「離婚後に元妻との間にさらに2人の子供を授かったんです」と明かしています。子どもは5人です。
2023年の会見では、元妻について「感謝と尊敬を僕自身もしている」「子供の父、母としてお互いに支え合いながら」と話していました。長男と次男は野球を始めたそうです。
レコード大賞の最優秀新人賞を取ったときは、一番に祖父母に報告したそうです。おばあさんには、こう言われたんだとか。



似ている人が出ていると思ったら、あんただったの?
真田ナオキの姉は?
真田ナオキさんには、お姉さんが1人います(1歳上と言われています)。お姉さんに男の子が生まれたことが、暴走族をやめるきっかけになったと本人が話しています。
お姉さんとの仲については、こんな言葉も紹介されています。



ちっちゃい頃はケンカをしましたが、中学くらいからはずっと仲良しです
姉は関口亜耶さん?
お姉さんは、関口亜耶(せきぐち あや)さんだと言われています。


- 1988年4月23日うまれ(36歳)
- TikTok名義は「あやぱんまん」
- お父さんの影響で小学生からゴルフを始める
- 高校中退後水商売の道へ
- 負けず嫌いな性格
真田ナオキさんの本名は松谷大介さんなので、苗字が違います。「関口」はお母さんの姓ではないか、とも言われていて、顔立ちもお母さんに似ているという声があります。
伝えられている亜耶さんの歩みは、なかなか波乱万丈です。地元・大宮や歌舞伎町のキャバクラで働き、21歳で結婚。ところが結婚生活は長く続かず、22歳のときに生後3か月の息子さんを連れて離婚しました。この息子さんが、真田ナオキさんが暴走族をやめるきっかけになった甥っ子の龍馬くんとみられます。
離婚したあとは実家に頼らず、区役所に相談して生活保護を受けながら職業訓練でパソコンを学び、その後はライザップで3年間働きました。生活保護を受けていた半年間は悔しさと申し訳なさでいっぱいで、「絶対にここへは戻らない」と踏ん張ったそうです。
コロナ禍のころには、ライブ配信アプリ「17LIVE(イチナナライブ)」で好きなゴルフの配信をして、月に130万円を稼いでいたんだとか。今は会社を経営しながら、銀座の会員制クラブ「クラブNanae」にも在籍しているとされています。
全国の夜のお店で働く女性を対象にしたミスコン「第1回NIGHT QUEEN グランプリ」では、カサブランカ部門でグランプリに選ばれました。


お父さんのカラオケラウンジ「愛歌」で、ママとしてお店に立っていた時期もあります。


お父さんのブログにも、お店に立つお姉さんの写真が載っていました。
ただ、真田ナオキさん本人が「姉は関口亜耶さん」と名前を出して話したことはなく、姉弟だという話は、亜耶さんの経歴やお父さんのブログから言われているものです。
お姉さんを含め、家族について2026年10月16日時点で新しく伝えられた話はありません。
まとめ
今回は「真田ナオキの母が美人!?実家はカラオケ店経営で父や兄弟もまとめた!」と題して、真田ナオキさんの家族についてまとめました。
- 実家は埼玉県さいたま市。父がカラオケラウンジ「愛歌」を営んでいる
- 父は演歌歌手の桂竜士さんとみられる。ブログで子どもたちへの思いをつづっていた
- 祖母は7歳で韓国から渡ってきた人で、2024年に94歳で亡くなった
- 両親は離婚。生活が苦しい時期には祖父母が親代わりになった
- 母は一般の方。誕生日に一緒にゴルフへ行くなど、関係は良好
- 姉が1人いる。姉は銀座のクラブに勤め、会社も経営する関口亜耶さんと言われている
- 自身は2015年に離婚し、子どもは5人
- 実家がお金持ちだったという情報はない
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。