北海道日本ハムファイターズを10年にわたって率い、2023年のWBCでは侍ジャパンを世界一に導いた栗山英樹(くりやま ひでき)さん。

大谷翔平選手を「二刀流」として育て上げた指揮官としても知られ、2026年にはついに野球殿堂入りを果たしました。
そんな栗山英樹さんの原点にあるのが、少年野球チームを創設した父親の存在です。一方で、結婚歴がなく独身という点も、たびたび話題になりますよね。
この記事では、栗山英樹さんの実家や両親、3歳上のお兄さん、妻や子供の有無、そして過去の恋愛と2026年現在までを、まとめて整理していきます。
栗山英樹の実家は東京都小平市!プロフィールと学歴
まずは、栗山英樹さんの基本的なプロフィールから確認しておきましょう。
生まれは1961年4月26日、東京都小平市のご出身です。2026年9月時点で65歳になります。北海道のイメージが強い方ですが、生まれ育ったのは東京だったんですね。
身長174cm、体重72kg。現役時代は右投げ両打ちの外野手でした。
学歴は創価中学校・高等学校を経て、東京学芸大学教育学部を卒業。教員免許も取得しています。この進学先が、後ほど紹介するご両親とお兄さんの影響を強く受けたものでした。
1984年にドラフト外で東京ヤクルトスワローズへ入団し、1989年には外野手としてゴールデングラブ賞を受賞。ただしその裏では、めまいや立ちくらみを引き起こす三半規管の難病メニエール病と闘っており、その中でスイッチヒッターへの転向を果たしています。現役生活は7年間でした。
栗山英樹の両親はどんな人?
それでは、栗山英樹さんのご両親について見ていきましょう。とくにお父さんは、栗山英樹さんの野球人生そのものを形づくった人物です。
栗山英樹の父・栗山正彦は少年野球チームの創設者でスパルタ指導だった
栗山英樹さんの父親は、栗山正彦さんといいます。1931年6月13日生まれで、2005年に74歳で亡くなられています。
正彦さんは、栗山英樹さんが小学1年生で野球を始めた少年野球チーム「富士見スネークス」の創設者であり、監督でもありました。息子が入るチームを、父親が自ら作っていたわけですね。
その指導は、いわゆるスパルタ式。かなり厳しいものだったといいます。
食事中に正座を崩すと、ご飯を庭に捨てられました。
食事中に正座を崩しただけで、ご飯を庭に捨てられる——現代の感覚からすればかなり衝撃的な話です。正直に言えば、いまなら厳しすぎると批判されてもおかしくない指導でしょう。
ただ、栗山英樹さん自身はこの父親を恨むどころか、深く感謝していることを繰り返し語っています。インタビューではこう振り返っていました。
幼少期から父と高校野球を観に行っていました。当時はわがまま坊主で、父は我慢を覚えさせるために連れて行ったそうです。高校野球は自分勝手な行動を我慢したりチームのために力を尽くしたり、人として大切なことを学べます。
「わがまま坊主だった自分に我慢を覚えさせるため」に、父は高校野球を見に連れて行ってくれた——技術ではなく、人として大切なことを野球を通じて教えようとしていたわけですね。
のちに栗山英樹さんが監督として、選手を信じて起用し続けるスタイルで知られるようになったことを思えば、その原点はここにあったのかもしれません。
ちなみに、幼少期からプロ野球選手を目指していた栗山英樹さんに対し、父・正彦さんは高校生のときにこう言ったそうです。
「プロより指導者を目指せ」
この一言を受けて猛勉強し、東京学芸大学へ進学。ところが大学4年生のときにプロへの夢が再燃し、ヤクルトへドラフト外で入団することになります。


父の遺言は「50歳になったら、またユニフォームを着て欲しい」
そして、父・正彦さんが栗山英樹さんに遺した言葉がこちらです。
「50歳になったら、またユニフォームを着て欲しい」
正彦さんが亡くなったのは2005年、栗山英樹さんが44歳のときでした。そしてその7年後の2012年、50歳で北海道日本ハムファイターズの監督に就任します。
「プロより指導者を目指せ」と言い、最後に「50歳になったらまたユニフォームを着ろ」と遺した父。その言葉のとおりに、栗山英樹さんは50歳でユニフォームに袖を通しました。
そこから10年間指揮を執り、2016年には日本一。さらに侍ジャパンの監督としてWBC制覇まで成し遂げたわけですから、父子の絆がそのまま日本野球の歴史を動かしたと言ってもいいのかもしれませんね。
栗山英樹の母親は東京で1人暮らし!進学先を決めた一言も
母親については、一般の方であるため名前などの情報は公表されていません。分かっているのは、東京で一人暮らしをされているということ。
年齢は、2026年時点で90代半ばではないかと推定されています。ただしこれは公表された生年月日にもとづくものではなく、あくまで推定値です。
そんな母親が、栗山英樹さんの人生を大きく動かした場面があります。大学受験のときです。
栗山英樹さんは東京学芸大学に加え、明治大学にも合格していました。どちらに進むか迷う息子に対し、母親はこう言ったそうです。
「東京学芸大に進学して先生になれば、野球は一生できる。部活動の指導をしたらいいでしょう?」
父の「プロより指導者を目指せ」と、母の「先生になれば野球は一生できる」。両親そろって、息子を教える側の道へ導こうとしていたわけですね。結果として栗山英樹さんは東京学芸大学へ進学し、教員免許を取得しています。
母親との関係が垣間見えるエピソードもあります。新型コロナウイルスが流行した時期、栗山英樹さんはこう語っていました。
缶詰め状態でストレスがたまっていると思うので、なるべく連絡を入れて話をするようにしています!
一人暮らしの母親を気遣い、こまめに連絡を入れていたんですね。ただ、その母親はギリギリまで「なんでもない」と答えるのだとか。息子に心配をかけたくないという気持ちが伝わってきます。
父・正彦さんが亡くなってから20年以上。息子の活躍が、母親にとって何よりの支えになっているのでしょうね。
栗山英樹に兄弟姉妹はいる?
続いて、栗山英樹さんのご兄弟について調べた内容をまとめます。
栗山英樹の兄弟は3歳上の兄!野球を始めたきっかけの人
栗山英樹さんには、3歳上のお兄さんがいます。栗山英樹さんが2026年9月時点で65歳ですから、お兄さんは68歳ごろということになりますね。
お兄さんも一般の方のため、名前や職業などの詳細は公表されていません。ただ、栗山英樹さんの人生を語るうえで、実はかなり重要な存在なんです。
まず、お兄さんは父・正彦さんが監督を務めた「富士見スネークス」に、栗山英樹さんより先に入っていました。そして栗山英樹さんが野球を始めたのは、このお兄さんに誘われたことがきっかけだったといいます。
つまり、父がチームを作り、兄が誘い、弟が野球人生を歩み始めた——という流れですね。
さらに栗山英樹さんは、自身の著書の中でこう書いています。
兄が話していたとおりに、教師という職業は魅力に溢れていました!
「兄が話していたとおりに」という書き方から、お兄さんは教師だったのではないかと考えられています。また、お兄さんが先に東京学芸大学に進学していたという情報もあり、栗山英樹さんの進学先の選択にも影響したとされています。
ただし、お兄さんの職業や出身大学については本人や家族が公表したものではなく、真偽は不明です。著書の一文からの推測であり、断定できる情報ではないという点は押さえておきたいところですね。
それでも、野球を始めるきっかけをくれ、進路にも影響を与えたお兄さんの存在が、栗山英樹さんの人生にとって大きかったことは間違いなさそうです。
栗山英樹の妻や子供も調査!
ここからは、栗山英樹さんの妻とお子さんについて見ていきましょう。
栗山英樹に妻はいない!結婚歴なしの独身
意外に思われるかもしれませんが、栗山英樹さんに奥さんはいません。過去に結婚歴もなく、2026年9月時点でも独身です。
これは推測ではなく、公表されている事実です。65歳まで一度も結婚せず、野球一筋で歩んできたということですね。
ただし、モテなかったわけでは決してありません。若い頃の栗山英樹さんは「球界の羽賀研二」と呼ばれるほどの人気ぶりだったのです。


雑誌の表紙を飾ったことはもちろん、なんと歌手デビューまでしています。
ご本人は黒歴史のように扱って、あまり触れられたがらないようですが……こうして映像が残っているのがインターネットの怖いところですね(笑)。
過去の恋愛はイチローのお相手!?
そんな栗山英樹さんには、よく知られた恋愛エピソードがあります。お相手は、のちにイチローさんの妻となる元TBSアナウンサー・福島弓子さんです。


福島弓子さんは、アナウンサー時代から才色兼備で知られた方。もちろん、栗山英樹さんとの交際はイチローさんと結婚される前の話です。
2人の関係はかなり進んでいたようで、栗山英樹さんは福島弓子さんのご両親への挨拶まで済ませていたといいます。
ところが、ここで思わぬ展開になります。栗山英樹さんが、元プロテニスプレイヤーの伊達公子さんのことが気になってしまったというのです。
そして福島弓子さんに対し、こう告げたのだとか。
99%は福島さんのことを考えているが、残り1%は伊達さんのことが気になる。この1%が吹っ切れないと、君とは結婚できない。


「99%は福島さんのことを考えているが、残り1%は伊達さんのことが気になる」——正直と言えば正直ですが、告げられた側からすればたまったものではありませんよね。
この結婚破棄について、福島弓子さんは当時こう語っています。
「確かに結婚の約束はしていました。私の親にも会って話をしています。でも、95年に結婚はなかったことにして欲しいと突然言われました。納得できる答えをまだもらっていません」
この件で福島弓子さんは急激にやつれてしまったと報じられました。率直に言って、この一件は栗山英樹さんの側に非があると受け取られても仕方のない話です。
ただし補足しておくと、伊達公子さんの側から交際を認めるような発言は確認できず、2人が実際に交際していたのかどうかは真偽不明です。栗山英樹さんが一方的に気になっていた、という段階だった可能性もあります。
その後、福島弓子さんはイチローさんと結婚され、現在も幸せに暮らしておられます。一方の栗山英樹さんは、結局この一件以降も独身を通すことになりました。
栗山英樹と長嶋三奈の噂は本当?結婚しない理由も検証
もうひとつ、栗山英樹さんの交際相手としてたびたび名前が挙がるのが、長嶋三奈さんです。ミスタープロ野球・長嶋茂雄さんの次女で、スポーツキャスターとして活躍された方ですね(ネット上では「長島美奈」と誤った表記で書かれていることもあります)。
ただし、この噂には裏づけがまったくありません。公式な交際発表も結婚発表もなく、決定的な熱愛報道が出たこともありません。真偽は不明——というより、根拠が確認できない話だと考えるのが妥当でしょう。
噂が消えない理由としては、2人とも野球界との関わりが深く知名度も高いこと、どちらも独身のイメージが強いこと、長嶋家と栗山英樹さんの接点が見える場面があることなどが挙げられています。要するに「絵になる組み合わせ」だからこそ、根拠なく語られ続けているわけですね。
では、なぜ栗山英樹さんは結婚しなかったのでしょうか。ネット上では、
あまりのモテぶりに結婚相手への理想が高くなりすぎた/野球への打ち込み方が強すぎて結婚の機会を逃した
といった説が語られています。ただし、これらはいずれも周囲やネットユーザーによる推測で、栗山英樹さん自身が結婚しない理由を語った記録は確認できませんでした。こちらも真偽は不明です。
栗山英樹に子どももいない!私設球場「栗の樹ファーム」
結婚歴がないということは、当然ながらお子さんもいません。
ただ、栗山英樹さんには「子どもたちとの関わり」を象徴する場所があります。北海道の栗山町に作った私設球場「栗の樹ファーム」です。


「栗山」という自分の苗字と同じ地名だったことがきっかけで、2002年に創設。全面天然芝の野球場と展示コーナーを備えた本格的な施設で、2009年には日本芝草学会から日本芝生文化大賞を受賞しています。
ここでは少年野球教室が開かれ、多くの子どもたちが集まってきます。栗山英樹さんは現在、栗山町に自宅も構えているそうです。
ご自身のお子さんはいませんが、球場に集まる子どもたちに向ける眼差しは、きっと親のそれと変わらないのでしょうね。
栗山英樹の現在は?2026年に野球殿堂入りを果たす
最後に、栗山英樹さんの現在についてもまとめておきましょう。
2024年から日本ハムのCBO!教育者としての顔も
栗山英樹さんは2021年12月に野球日本代表監督に就任し、2023年のWBCで3大会ぶりの世界一を達成。同年5月31日に代表監督を退任しました。
その後は、2024年から北海道日本ハムファイターズの「チーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)」に就任し、現場を離れた立場から球団を支えています。
また、栗山英樹さんは指導者としてだけでなく、教育者としての顔も持ち続けてきました。2004年から白鷗大学の助教授、2008年には教授に就任。2022年には学校法人北海学園の特任教授、2025年からは大阪学院大学「自校教育推進室」の顧問を務めています。企業でも、アインホールディングスの社外取締役に名を連ねています。
母親が願った「先生になれば野球は一生できる」という言葉を、形を変えながらずっと実践してきたわけですね。
2026年7月に殿堂入り表彰式、8月には立像もお披露目
そして2026年1月15日、栗山英樹さんの野球殿堂入りが発表されました。


選出されたのは、指導者としての実績も考慮される「エキスパート表彰」部門。必要な113票を上回る114票を獲得し、史上223人目の殿堂入りとなりました。
表彰式は2026年7月28日、東京ドームで行われた「マイナビオールスターゲーム2026」の試合開始前に開催。野球殿堂博物館の榊原定征理事長からレリーフのレプリカが手渡され、日本ハムの新庄剛志監督からは花束が贈られました。
スピーチで栗山英樹さんはこう語っています。
僕のことを信じてチャンスをくれた皆さんのおかげ。次は若い世代にチャンスを与えられるようになりたい
さらに、侍ジャパンの新監督に就任した井口資仁さんについても「大変なお仕事だと思うけど、日本野球を示してくれると思う」とエールを送り、NPBに対しては「お金や人を使いながら、監督を助けてあげてほしいなと思います」と支援体制の充実を求めました。
そして2026年8月13日には、エスコンフィールドで殿堂入り記念セレモニーが行われ、栗山英樹さんの立像がお披露目されています。


モチーフになったのは、日本代表監督としてあごに手を添えて考えを巡らせる姿。WBCで日本中が見守った、あのポーズですね。見守った新庄剛志監督も拍手を送っていました。
「プロより指導者を目指せ」と言った父。「先生になれば野球は一生できる」と言った母。野球に誘ってくれた兄。その全員の言葉が重なった先に、殿堂入りという結果があった——そう考えると、栗山英樹さんの家族の物語は、そのまま一人の指導者が生まれるまでの物語だったのかもしれません。
まとめ
今回は栗山英樹の家族情報まとめ!妻や子供についても調査!
という事で、栗山英樹さんの実家や両親(父・母)、兄弟姉妹、妻や子供についての記事をお届けしました。
- 栗山英樹の父親は正彦と言い、厳しく育てられていたが、74歳で亡くなられている
- 栗山英樹の母親は一般の方で、東京で1人暮らしをしていると言われている
- 栗山英樹には3歳上の兄がおり、野球を始めた理由や大学の選択などに影響していると言われている
- 栗山英樹に妻や子供はおらず、若い頃は「球界の羽賀研二」と呼ばれるほどモテモテだった
- 栗山英樹に妻はおらず結婚歴なしの独身で、子供もいない
- 栗山英樹は2026年1月に野球殿堂入り!7月に表彰式、8月には立像もお披露目された
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。