元バドミントン選手の大堀彩(おおほり あや)さん。

高校2年生のときにアジアユースU19の女子シングルスで日本人として初めて優勝し、2024年のパリ五輪ではベスト8に入りました。同じ年の11月に現役引退を発表し、2025年3月にはマレーシアのバドミントン選手、オン・ユーシンさんとの結婚を報告しています。
大堀彩さんの家族をまとめると、こうなります。
- 父:大堀均さん。バドミントン日本代表のヘッドコーチ
- 母:大堀麻紀さん。元実業団の選手
- 姉:優さん。2歳上で、元バドミントン選手
- 実家:福島県。中学・高校は双葉郡富岡町
両親も姉も義兄もバドミントン選手という、バドミントン一家です。
大堀彩のプロフィール
- 名前:大堀彩(おおほり あや)
- 生年月日:1996年10月2日
- 出身:福島県
- 身長:169cm(左利き)
- 学歴:富岡町立富岡第一中学校 → 福島県立富岡高校
- 経歴:NTT東日本 → 2016年トナミ運輸
富岡高校を出て2015年にNTT東日本に入社し、2016年5月にトナミ運輸へ移りました。NTT東日本の男子選手の問題で部が活動を自粛したことがきっかけで、トナミ運輸の女子選手は大堀彩さんだけでした。競技のかたわらアパレルブランドのモデルの仕事もしていて、占いで「アパレル関係の仕事が向いている」と言われたこともあるそうです。
大堀彩の実家は福島県
富岡町で東日本大震災に遭う
大堀彩さんは福島県の出身で、出身地は会津若松市とされています。中学と高校は、浜通りにある双葉郡富岡町の富岡第一中学校と富岡高校です。ネットでは「会津若松市富岡町」と書かれることもありますが、富岡町は双葉郡の町で、会津若松市の中にはありません。

富岡第一中学校2年生のとき、東日本大震災が起きました。

2011年3月11日、富岡町では震度6強を観測し、富岡駅のあたりは津波の被害を受けました。町は福島第一原発から20km圏内にあり、2017年に一部を除いて避難指示が解除されるまで、町の人たちは避難生活を続けています。
猪苗代町の「あるぱいんロッジ」
震災のあと、富岡一中と富岡高校のバドミントン部は、会津地方の猪苗代町に拠点を移しました。大堀彩さんたちが身を寄せたのは、猪苗代町の宿泊施設「あるぱいんロッジ」だと言われています。


一家で半年ほど避難していたとも言われていますが、はっきりわかっているのは、部員の寮として使われ、オーナーの平山さん夫妻が選手たちを支えたことです。
本人は、この経験をこう話していたと言われています。
大堀彩さん震災をさかいに精神的に強くなった
実家はお金持ち?
大堀彩さんの実家は、お金持ちと言われることがあります。両親がどちらも実業団の選手だったことや、小学生のころバドミントンのほかにピアノと習字を習っていたことが理由です。
ただ、家の資産や収入がわかる情報はなく、お金持ちかどうかは推測の域を出ません。家での話題は、本人いわく「バドミントンの話以外はした記憶がないくらい」だったそうです。
大堀彩の父親は大堀均さん
父は日本代表のヘッドコーチ
お父さんは大堀均(おおほり ひとし)さんです。


トナミ運輸の選手として活躍したあと、福島県の高校の先生になりました。2006年からは富岡高校の監督を務め、桃田賢斗選手らを育てています。2017年にトナミ運輸のコーチに就き、2025年からはバドミントン日本代表のヘッドコーチを務めています。2028年のロサンゼルス五輪では「メダル3個」を目標に掲げました。
栃木県の出身で日本体育大学を卒業し、選手時代は全日本ジュニアのシングルスで優勝、全日本総合のダブルスで2位になったとも言われています。


バドミントンの教本も出しているそうです。インドネシアのプレースタイルを取り入れ、桃田賢斗選手を世界ジュニア選手権で日本勢として初めての優勝に導いたとも伝えられています。
「なんで私ばっかり」
大堀彩さんは高校時代、お父さんの指導を受けていました。2020年7月には『ミライモンスター』が「ビミョーな親子関係だったバドミントン界のミラモン親子の今に密着」と予告していて、親子の関係が話題になったこともあります。
ただ、2024年のSportivaのインタビューでは、父が指導者という環境は当たり前で「窮屈に感じることはほとんどなかった」と話しています。



高校の時は娘ということもあって人一倍怒られていた。
『なんで私ばっかり』とは思っていたけど、今思うと『まあ、そうだよな』っていう感じ
父の言葉「まだやりきれていないよね」
大堀彩さんの1歳上には奥原希望選手、1歳下には山口茜選手がいました。ジュニアのころから「あのふたりがいるから1番になれない苦しさ」を感じていたそうです。
ふたりが突っ走ってひとりだけ取り残されている時期が本当に長かったけど、相手は世界で1番、2番。
引用:https://www.msn.com/
その時々の悔しさがあったから頑張れた部分もあると思います
169cmの長身から打ち込む強いショットが武器でしたが、五輪への道を開いたのは守りを鍛えたことでした。きっかけは、お父さんのこの言葉です。



攻めるには、まず守りが大事だろう
振り回されて体力を削られ、焦って強打に頼りミスをする。そんな試合が多かった大堀彩さんに、お父さんは「自分を知り、ライバルを知る。そして自らを変える」という課題を出しました。攻撃が持ち味なのにどうして、と思いながらもレシーブ練習を重ねるうちに、守りから甘い球を強打して点を取る新しい形ができていきます。
それでも東京五輪には出られず、その後はB代表に落ちました。「先が見えない。やめたい」と悩んでいたとき、家の食卓でお父さんがこう声をかけます。



まだやりきれていないよね
自分が勝てないことを人のせいにしたまま終われば、不信感を抱えたまま人生を送ることになる。「落とした人を見返そう」「やり切ろう。そういう終わり方をしよう」と言われ、大堀彩さんは試合を「これが最後だ」と思って戦いました。半年ほどで国内大会に優勝し、A代表に戻っています。



最もしんどかった時期に、父の言葉から気づくことは多かった
その後も、ライバルのポイントを気にしすぎて自分の試合ができなくなったときは、「周りを気にして、よいことがあるか」と言われたそうです。最後は奥原希望選手との直接対決に2勝し、パリ五輪の代表をつかみました。
父娘でパリへ
お父さんがトナミ運輸のコーチになったのは、娘が1人で入ったチームだったこともありますが、本人はこう話していました。



生徒から刺激を受け、指導者としてもう一度、五輪に挑戦したい
パリ五輪の前、大堀彩さんとお父さんはそれぞれこう話しています。



厳しい父だが、自分を犠牲にしてここまで育ててくれた。パリも一緒に挑みたい



パリでは力を出し切って、笑顔で終わってくれれば満足
2024年7月の読売新聞の取材にこう答えていて、パリ五輪では最終戦まで父娘で一緒に戦いました。テレビ東京の取材では、お父さんを「一番の理解者」と話し、お父さんの「後悔だけはするなよ…あきらめたら、そこでおわりだよ」という言葉も紹介されています。お父さんは、娘を支えるために富岡高校の監督を辞めたそうです。
大堀彩の母親は大堀麻紀さん
母も実業団の選手
お母さんは大堀麻紀(おおほり まき)さんです。お母さんも実業団で活躍したバドミントン選手でした。


兵庫県神戸市の出身で、日本体育大学を出て、富山の実業団・三協アルミでダブルスの選手として活躍したと言われています。日本小学生バドミントン連盟で選手強化に携わっているという話もあります。


大堀彩さんと同じく左利きで、プレースタイルも似ているとも言われています。
スポンサーとの縁
2017年から大堀彩さんを支えてきたのが、福島県でパックごはんなどを作る「相馬屋」です。社長の佐藤守利さんは、趣味のバドミントンでお母さんに習っていたのが縁でした。


左から、お父さん、佐藤社長、大堀彩さん、お母さんです。幼稚園のころから大堀彩さんを知る佐藤社長は、五輪出場が決まって「跳び上がって喜んだ」と2024年6月の福島民報で話しています。小学生のころ、悔し涙を流していた姿が印象に残っているそうです。
猪苗代の元寮オーナーの平山さんも、「諦めずに頑張ってくれた」「町に明るい話題を届けてくれた」と喜んでいたと伝えられています。
両親は日体大の同期
お父さんとお母さんは、日本体育大学の同期だったと言われています。


大堀彩の姉は優さん
2歳上の姉もバドミントン選手
大堀彩さんには、2歳上のお姉さん・優(ゆう)さんがいます。大堀家の長女で、結婚して齋藤優さんになっています。


お姉さんもバドミントンの選手で、青山学院大学でプレーし、主将も務めたと言われています。2016年の関東選手権では、女子シングルスで準優勝しました。


大堀彩さんが中学3年生、お姉さんが高校2年生のとき、ジュニア大会のU-17決勝で姉妹対決になり、お姉さんが勝ったという話もあります。
義兄は齋藤太一さん
お姉さんは2018年6月、バドミントン選手の齋藤太一さんと結婚しました。大堀彩さんはInstagramで「太一兄さん・お姉ちゃん、結婚おめでとうございます」と祝い、式には桃田賢斗選手も出席しています。


齋藤太一さんも富岡高校の出身で、高校時代は義理のお父さんになる大堀均さんの指導を受けました。2011年のインターハイでは桃田賢斗選手と組んで男子ダブルスで優勝し、早稲田大学を経てNTT東日本に入っています。2023年の全日本総合で優勝し、2024年に現役を退いて、今はNTT東日本のコーチです。


この結婚式の写真がネットに出たとき、大堀彩さん本人の結婚では、と話題になったこともありました。


プライベートな投稿は多くありませんが、お姉さんの誕生日にはお祝いのコメントを載せていました。
大堀彩は結婚している?
マレーシアの選手と国際結婚
大堀彩さんは2024年11月、Instagramでその年かぎりの現役引退を発表しました。「22年間の競技人生はとても幸せな時間だった」とつづっています。
2025年3月27日には、マレーシアの男子ダブルスの選手、オン・ユーシンさんとの結婚を報告しました。オン・ユーシンさんは2021年の世界選手権で銅メダルを取った選手です。
2026年7月25日にはInstagramで第1子の妊娠を報告し、夫婦でお腹に手を当てる写真を載せています。2026年10月17日時点で、出産の報道はまだありません。
まとめ
今回は「大堀彩の姉もバドミントン選手!父母など実家の家族情報もまとめた!」と題して、大堀彩さんの家族についてまとめました。
- 実家は福島県で、富岡町の中学2年生のときに東日本大震災に遭った
- 父の大堀均さんは富岡高校で桃田賢斗選手らを育て、今は日本代表のヘッドコーチ
- 父の「まだやりきれていないよね」という言葉が、パリ五輪につながった
- 母の麻紀さんも元実業団の選手
- 2歳上の姉・優さんもバドミントン選手で、夫は齋藤太一さん
- 2025年にオン・ユーシンさんと結婚し、2026年に妊娠を報告した
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。