昭和の歌謡界を代表する一人として、長く愛され続けた歌手の八代亜紀(やしろあき)さん。

1973年に発表した「なみだ恋」が大ヒットを記録し、その後も数えきれないほどの名曲を世に送り出してこられました。
そんな八代亜紀さんを育てた実家やご両親は、いったいどんな方々だったのでしょうか?
今回は八代亜紀に兄弟がいるって本当?両親など実家の家族もまとめた!
ということで、今回は八代亜紀さんの実家やご両親、兄弟姉妹といった家族にまつわる情報を一つずつ掘り下げていきます。
目次
八代亜紀の実家はお金持ち?
はじめに、八代亜紀さんの実家がどんな場所だったのかを見ていきましょう!
八代亜紀の実家の場所は熊本県八代市!
八代亜紀さんの実家があるのは、熊本県八代市だと伝えられています。
そのように言われているのには、こんな根拠があります。
- 生まれは熊本県八代市
- 通った小学校は八代市立植柳小学校(熊本県八代市植柳上町449)
- 進学した中学校も八代市立第六中学校(熊本県八代市水島町2065−4)
このように、幼少期の暮らしが熊本県八代市と深く結びついているからなんですね。
加えて、生前は折に触れて地元へ足を運び、旧友や親戚と集まって賑やかに過ごしていたという話も残っています。
こうした点をあわせて考えると、八代亜紀さんの実家は熊本県八代市とみて間違いなさそうですね。
八代亜紀の実家はお金持ち?
八代亜紀さんの実家は、決して裕福な家庭ではなかったようです。
というのも、八代亜紀さん自身が次のように語っているんですね。
- ご両親は父が19歳、母が20歳という若さで、駆け落ち同然に夫婦になった
- 夫婦そろって働きながら、必死に子育てをしてくれた
- 父親は八代亜紀さんが小学2年生のときに運送会社を立ち上げた
- ところが経営は思うようにいかず、暮らしは苦しい状況が続いた
そんな苦労する父の背中を見ていたからこそ、幼い八代亜紀さんは「早く大人になって働き、家計を支えたい」という思いを抱いていたようです。
こうした証言からも、八代亜紀さんの実家は裕福とは言えなかったことがうかがえますね。
八代亜紀の実家の両親(父・母)はどんな人?
続いては、八代亜紀さんを育て上げたお父さん・お母さんについて見ていきましょう!
八代亜紀の父親は敬光!
八代亜紀さんの父親は、敬光(けいみつ)さんという方です。
この敬光さんは、熊本県のご出身だと言われています。
下の写真が、敬光さんと奥さまが並んで写った1枚です。

八代亜紀さん自身も「かっこよくて自慢の父」と語っていましたが、たしかに渋くて素敵な男性という印象を受けますね!

八代亜紀さんは、父親についてこんなふうに振り返っています。
とてもハンサムで体格もよくて、男気のある人でね。字も達者で、墨をすり始めるときの仕草や立ち居振る舞いまで様になっていて。いつも堂々と明るく笑っている、太陽みたいな存在でした。
と、愛情のこもった言葉で語っていました。
そんな父・敬光さんですが、1991年2月15日に急性心不全のため、62歳という若さでこの世を去られたそうです。
八代亜紀さんは15歳の頃に故郷をあとにしており、当時は、
歌手になりたい!その夢のためなら、どんな苦労だってかまわない。
という強い覚悟を胸に秘めていたようです。
そんな娘の覚悟を父親も汲み取り、その後は毎月欠かさず2万円を仕送りし続けてくれたといいます。
自分が営む運送会社が苦しい時期だったにもかかわらず、です。娘を思う気持ちの深さが伝わってきますよね。
やがて八代亜紀さんが芸能界で大成功を収め、デビューから15年ほど経った頃には東京・目黒に立派な邸宅を構えたそうです。
そしてその家に熊本からご両親を招き、家族そろって暮らしていたといいます。
敬光さんは62歳の若さで旅立たれてしまいましたが、八代亜紀さんは十分に親孝行を尽くせたのではないでしょうか。
八代亜紀の母親はたみ子!
八代亜紀さんの母親は、たみ子さんという方です。
下の写真で左側に写っているのがたみ子さん、中央が父の敬光さんだそうです。


八代亜紀さんと目もとのあたりがよく似ている気がしますよね!
八代亜紀さんが幼かった頃に、母親と一緒に写った写真も見つかりました。


ちなみに母・たみ子さんは、沖縄県のご出身だといわれています。
さらに八代亜紀さん本人も、ルーツを調べてもらったところ琉球王朝の末裔だと分かり、「世が世ならお姫様だったのかしら」と母が語っていたエピソードを明かしています。
先にお伝えした通り、結婚後の暮らし向きは楽ではなかったそうですが、それでもたみ子さんは、
「子供に贅沢はさせてやれなくても、衣・食・住でひもじい思いだけはさせたくない」
という思いで、自らも懸命に働きながら家計を支えていたそうです。
八代亜紀さんも、そんな母親の人柄についてこう語っています。
どんなに暮らしが苦しいときでも、肉じゃがを多めにこしらえて「ご近所に分けておいで」って言うような人だったんです。
と、母親の人柄を心から敬うように語っていました。
また八代亜紀さんは、幼い頃から母親に、
- 人の陰口は言わないこと
- 誰かをえこひいきしてはいけないこと
といったことを言い聞かされて育ってきたようです。
そんな母・たみ子さんですが、2016年には認知症で寝たきりになっていると報じられました。
症状が進んでいたため、娘である八代亜紀さんと顔を合わせても、それと分からない状態だったといいます。
そして母・たみ子さんは、2020年に92歳ほどで天寿を全うされたそうです。
たとえ娘の顔が分からなくなっていたとしても、八代亜紀さんにとっては何にも代えがたい大切な母親だったはずですね。
八代亜紀の両親のエピソードも紹介!
ここからは、八代亜紀さんのご両親にまつわる印象的なエピソードをご紹介していきます。
父親は歌が大好きだった!?
父・敬光さんは、若い頃から大の歌好きだったそうです。
八代亜紀さんも幼い頃、父がギターを弾きながら歌う姿をたびたび目にして育ったといいます。
そんな影響もあってか、八代亜紀さんは子供の頃から地元の歌のコンクールなどに出ていたそうです。
小学5年生の頃には、父が買ってきたジュリー・ロンドンのレコードを夢中で聴いていたようです。
八代亜紀さんが歌手として大成した裏には、こうした父親ゆずりの素質があったのかもしれませんね!
父親の勘当の理由とは?
父・敬光さんがもともと画家志望だったこともあり、八代亜紀さんは幼い頃に絵の教室へ通っていたそうです。


ところが歌好きの父の影響を受け、12歳のときに聴いたジュリー・ロンドンのレコードがきっかけで、歌手への憧れがふくらんでいきます。
そして15歳の頃、年齢を偽ってまであるキャバレーのオーディションを受けることに。
見事に店の専属歌手として採用され、それまで務めていたバスガイドの仕事を辞めて、キャバレーで歌い始めたそうです。
ただ、このことを八代亜紀さんはご両親には黙っていたといいます。
それが発覚した際には、父親から「いつからそんな不良になったんだ、出ていけ!」と激しく叱られ、勘当されてしまったそうです。
その後、八代亜紀さんは東京へ出て、18歳のときには銀座のクラブで歌うようになります。
そして1971年、「愛は死んでも」で念願の歌手デビューを果たしました。


はじめは反対していた父親も、娘のデビューが決まったときには内心とても誇らしかったに違いありませんね!
八代亜紀のハーフ説の真相は?
ネット上では、八代亜紀さんはハーフなのではないか、という声も一部で見られるようです。
たしかにこれほどの美貌の持ち主となれば、そう言われてしまうのも分からなくはないですよね。
ですが、先ほどご紹介した通りご両親はどちらも日本人ですので、八代亜紀さんはハーフではありません。
八代亜紀さんは母親似と言われることもあり、沖縄ならではの彫りの深い顔立ちが、ハーフという印象につながったのかもしれませんね。
「知らないおじさん」の正体とは?
八代亜紀さんがまだ小学生だった頃、実家になぜか見知らぬおじさんが1か月ものあいだ居候していたそうです。
そのおじさんがいなくなったあと、幼い八代亜紀さんは父親に事情を尋ねました。
すると父は「住みやすいところに戻ったんだよ」と答え、そのおじさんが実はホームレスだったことを打ち明けたそうです。
なんでも、橋のたもとで寒さに震えていたおじさんを、父親が見かねて家に連れ帰ってきたのだといいます。
そして母親が風呂を用意してあげたり、父親が服を着せてあげたりと、かいがいしく世話をしていたようです。
ところが、そのおじさんは1か月ほど経ったある日、ふいに姿を消してしまいます。
母親は「1か月も面倒をみて、洗濯もしてお父さんの服まで着せてあげたのに、お礼の一言もなく出ていって」と、すっかり腹を立てていたそうです。
一方で父親は「もう、よかよか」と、それ以上は何も言わず平然としていたんだとか。
このときのご両親の考え方や振る舞いについて、八代亜紀さん自身も、
もう、本当に大尊敬なんです!
と、誇らしげに語っていました。
困っている人を分け隔てなく家に迎え入れる姿勢や、黙って去られても怒らない父親の器の大きさには、思わず頭が下がりますね!
八代亜紀の兄弟姉妹も調査!
最後に、八代亜紀さんに兄弟や姉妹がいたのかどうかも調べてみました!
八代亜紀の兄弟は弟がいるって本当?
ネット上では、八代亜紀さんに弟が1人いるという情報と、一人っ子だという情報が入り混じっていました。
弟がいるとされる根拠としては、次のようなものが挙げられています。
- 「徹子の部屋」に出演した際、弟がいると本人が口にしたとされる
- 上京の際に「長女ではあるけれど長男のつもりで、成功するまでは故郷へ帰らない」と誓った、と伝える記事もある
- 兄弟の有無を事務所へ電話で問い合わせたところ、弟がいると確認できたとする情報もある
といった点ですね。
昭和生まれの世代ですから、もしかすると兄弟姉妹が多かった可能性も考えられますよね。
とはいえ、弟がいるという話もあくまで確証のある情報ではないのが実情です。
現在ではご両親に加え、八代亜紀さんご本人も亡くなられているため、真相をはっきりさせるのは難しいかもしれませんね。あくまで噂のひとつとして受け止めておくのがよさそうです。
まとめ
今回は八代亜紀に兄弟がいるって本当?両親など実家の家族もまとめた!
ということで、八代亜紀さんの実家やご両親(父・母)、兄弟姉妹といった家族にまつわる情報をまとめてお届けしました。
- 八代亜紀さんの実家は熊本県八代市にあるとされている
- 実家は裕福ではなかったと本人が語っている
- 父親は敬光さんといい、1991年に急性心不全で逝去された
- 母親はたみ子さんといい、沖縄出身で琉球王朝の末裔とされ、2020年に逝去された
- 兄弟については弟が1人いるという情報もあるが、確証はない
といった内容が見えてきました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました!