日本のスピードスケート選手である佐藤綾乃選手
平昌オリンピックの女子団体パシュートで、日本史上初となる金メダルを手にしたことで一躍注目を集めましたね。
その後も第一線で滑り続け、北京オリンピックでは女子団体パシュートで銀メダルを獲得しています。
そして2026年のミラノ・コルティナオリンピックでも団体パシュートで銅メダルを獲得し、3大会連続でのメダルという快挙を成し遂げました!!
今回は佐藤綾乃の実家や家族を調査!両親(父・母)や佐藤龍世との関係、兄弟についても
ということで、ここからは佐藤綾乃選手のプロフィールをはじめ、実家やご両親、ご兄弟、そして従兄弟である佐藤龍世さんとの関係について、まとめて見ていきましょう。
佐藤綾乃のプロフィールや経歴!
名前:佐藤綾乃(さとうあやの)
所属:全日本空輸株式会社(ANA)
生年月日:1996年12月10日
身長:157cm
体重:56kg
平昌・北京・ミラノコルティナと、3つのオリンピックで連続してメダルを獲得している佐藤綾乃選手。
そんな佐藤選手がスケートと出会ったのは小学1年生のとき。通っていたのは厚岸町立真龍(しんりゅう)小学校でした。
中学も地元・同じ校区内の厚岸町真龍中学校へと進みました。
中学3年のときには第32回全国中学校スケート大会で女子1500m・3000mを制し、二冠に輝いています。
中学卒業後は、スケート部があり数々の選手を送り出してきた北海道釧路北陽高等学校へ進学します。
高校2年だった2013年には、イタリアで開催された世界ジュニアスピードスケート選手権大会の代表に選ばれました。
この大会では女子チームパシュートで金メダルを獲得しているんです。
高校を卒業すると、群馬県の高崎健康福祉大学(人間発達学部子ども教育学科)へと進学しました。
当時は自分の力にあまり自信が持てず、五輪選手とのレベル差を感じて「これ以上は難しい」と思っていたのだそうです。
もともと子どもが好きだったこともあり、将来は保育士になりたいという思いからこの学部を選んだのだとか。
幼い頃からこれだけの実績を積み重ねていても、ご本人はまだ五輪選手には届かないと感じていたというのですから驚きです。
五輪選手のすごさが改めてわかりますね。
ところが転機は大学1年の3月ごろに訪れ、佐藤選手はナショナルチームへと声をかけられることになります。
そして20歳のときには、団体パシュートとマススタートでそれぞれ初優勝を飾りました。
大学4年生・21歳のときには、2018年の平昌オリンピックへの出場を果たします。
高木菜那選手・高木美帆選手・菊池彩花選手と団体女子パシュートで史上初の金メダルを獲得しました。
シーズンオフには保育士資格の取得を目指して幼稚園実習にも取り組んでおり、在学中にしっかりと保育士の資格も手にしたそうですよ。
【佐藤綾乃選手(中央)】
現在でも保育士になる夢はやめていないようで、
もしやるとするならスケートが終わって考える
だそうです。
滑り続ける佐藤選手をこれからも見守りたい気持ちはもちろんですが、いつか地元・厚岸町で保育士として活躍する姿も見てみたいですね。なお、2019年4月からは全日本空輸(ANA)の社員アスリートとして所属し、競技に打ち込んでいます。
佐藤綾乃の実家や出身地はどこ?
佐藤綾乃選手の出身地は、北海道厚岸郡(あっけしぐん)厚岸町です。
前述のとおり、佐藤選手がスケートを始めたのは小学1年生のときでした。
当時、厚岸町立真龍(しんりゅう)小学校に通っていました。
佐藤綾乃選手のご実家は、真龍小学校の校区内のどこかにあるのでしょうね。
小学生の頃はスケート一筋というわけではなく、ミニバスケットボールにも取り組んでいたそうで、厚岸町B&G海洋センターによく足を運んでいたといいます。
佐藤綾乃選手は子供のころからかなり活発な女の子だったようですね。
北海道で生まれ育ったことで、物心ついた頃からウィンタースポーツがごく身近にあったのでしょうね。
とはいえ、厚岸町からオリンピック選手が誕生したのは佐藤綾乃選手が初めてなのだそうです。
そんな理由もあり、佐藤綾乃選手は平昌五輪前に、
として、厚岸町から特別表彰を受けています。
平昌五輪スピードスケート女子日本代表に選ばれた佐藤綾乃選手(21)が31日、出身地の厚岸町から特別表彰を受けた。
佐藤選手は「期待に応えられる滑りをしたい」と抱負を語った。
厚岸町によると、佐藤選手は同町出身者で夏冬通して初の五輪選手といい、若狭靖町長は「町民総ぐるみで応援する準備です」。
出典:http://www.asahi.com/area/hokkaido/articles/MTW20180104010200001.html
そんな地元の期待を背負ってか、佐藤選手は平昌オリンピックで見事に金メダルを掴み取ったのですから本当にすごいですよね。
佐藤綾乃選手が平昌オリンピックで金メダルを獲得した後、厚岸町では盛大に凱旋パレードが行われたそうです。
当時、厚岸町の道の駅「厚岸グルメパーク」では、限定2食で祝福御前「ありがとう御前」という特別メニューが販売されています。
このメニューは「毛ガニのてっぽう汁・カキフライ・イカリング・サーモンやホタテの刺身・北海シマエビ」など、地元の食材を使ったものだったそうです。
美味しそう!
佐藤綾乃選手の活躍は厚岸町の地域活性にも貢献しているようですね!
佐藤綾乃の両親(父・母)はどんな人?
佐藤綾乃選手のお父様は「佐藤文則」さんと言うそうです。
公表されている情報は少ないものの、2026年時点でおおよそ50代後半ほどではないかと推測されます。
職業は漁師で、カニ漁などを主にされているようですね。
佐藤選手も幼い頃からお父様の仕事をよく手伝っていたそうで、
イカの荷揚げなどを手伝って自然と筋力がついた
と、語っておられます。
よく手伝いをしてくれる自慢の娘さんだったようで、もし男の子だったら自分の仕事を継がせたかった、と語っておられます。
学校がある日も早朝から浜で俺の帰りを待つ綾を見るのが励みだった。
魚も平気で触り、船を駆け回った。
氷水を用意して、サンマを発泡スチロールに詰める仕事も手伝ってくれた。
汚いも臭いも言わない。男だったら跡継ぎだった。
出典:佐藤綾乃選手の父、佐藤文則さんの手記
佐藤文則さんは午前2時から漁が始まり、仕事が終わるのが午後3時。
過酷な仕事を終えたあとも娘の練習をそばで見守っていたというのですから、その溺愛ぶりが伝わってきますね。
スケートの練習で使う道具のほとんどはお父様の手作りだったそうで、愛を感じますね。
道具はだいたい俺がつくる。
スピード用のローラースケートをリサイクルショップで買って、靴の部分は取っ払い1シーズン前のスピードの靴とボルトで合体させた。
中学からスピード靴の刃を研がせたけど見たらガタガタだった。
連盟強化部の白幡圭史さんに「こんなの初めて見た」と笑われたけど、それで全国中学で準優勝した。
出典:佐藤綾乃選手の父、佐藤文則さんの手記
一方、佐藤綾乃選手のお母様のお名前は「佐藤恵子」さんです。
お父様と同い年とのことなので、年齢もお父様とほぼ同じくらいと考えられますね。
職業の情報はありませんでしたが、佐藤綾乃選手のお父様は漁師。
という事は、お母様も漁業関係のお仕事をされている可能性が高そうですね。
お父様が娘に熱心だった一方で、お母様は表立って佐藤選手を褒めるタイプではなかったようです。
でも平昌オリンピックの時、弾丸ツアー(JTB)でこっそり現地まで応援しに行っていたんだとか!
口では厳しいことを言うお母様かもしれませんが、心の奥ではいつも娘を案じ、誰よりも応援していたのでしょうね。
陰ながら佐藤綾乃選手をサポートしていたのだと思います。
佐藤綾乃選手が活躍し、今や地元のスターになっているだなんて…
お父様やお母様にとってこれ以上嬉しいことは無いですよね。
まさに「自慢の娘」だと思います。
佐藤綾乃の兄弟や従兄弟、佐藤龍也も調査!
まず、佐藤綾乃選手の兄弟について調べてみましたが、残念ながら信ぴょう性のある情報はわかりませんでした。
ネット上では「両親と兄・弟が一人ずつ、それに佐藤選手を加えた家族構成」という確証のない噂話も見かけましたが…
裏付けとなる確かな情報は見当たらず、真偽のほどは定かではありません。あくまで噂程度に受け止めておくのがよさそうですね。
もしご兄弟がいるなら、同じくなにかスポーツをしていそうなものですよね。
とはいえ、佐藤選手のご兄弟と確認できるスポーツ選手は見当たりませんでした。
ただ、佐藤綾乃選手の従兄弟にはスポーツ選手がいらっしゃるようです。
それは佐藤綾乃選手の父・佐藤文則さんの兄弟の、佐藤貢さんの息子の「佐藤龍世」さん。
佐藤綾乃選手とは従兄弟(いとこ)の関係にあたり、しかも同学年なんですね。これは佐藤選手・龍世さん双方の公開プロフィールでも確認できる確かな間柄です。
佐藤龍世さんは、複数の球団でプレーした元プロ野球選手(内野手)です。
【佐藤龍世さんと佐藤綾乃さん】
佐藤龍世さんは2018年のドラフトで西武ライオンズから7位指名を受け、プロ野球の世界へと飛び込みました。
その後は2021年に日本ハムへトレード移籍し、2022年オフには再び西武へ。さらに2025年6月には中日ドラゴンズへ移籍と、たびたびチームを変えながら戦い続けてきました。そして2025年12月、惜しまれつつ現役引退を表明しています。
また、佐藤龍世さんには「佐藤大雅」さんという弟もいます。
佐藤大雅さんは幼少期から野球とスケートの二刀流。
そしてスケートの腕前は五輪選手を狙えたほどだと期待されていたのだそうです。
しかし、中学三年の終わりにスケートを辞め、野球一本に絞ったようですね。
富士大学ではベストナインにも選ばれた実力者でしたが、卒業時にはドラフト指名はかからず。
その後は社会人野球の名門・鷺宮製作所に進み、捕手として野球を続けているそうですよ。
しかも、佐藤綾乃選手と佐藤龍世さん・大雅さん兄弟の実家は、なんと徒歩5分ほどというご近所同士!
そんな三人は幼少期にはみんなでスケートリンクに通う仲だったそうです。
しかし佐藤龍世さんは小学4年生で、野球に専念することになりスケートはやめてしまいます。
きっかけは、小学3年生のときに佐藤綾乃選手に負けてしまった悔しさだったといわれています。
佐藤綾乃選手は2019年8月27日、釧路市民球場・日本ハム戦で始球式を務めています。
もちろんバッターボックスに立っていたのは、従兄弟の佐藤龍世さんでした。
3人とも、幼い頃からお互いを高め合う良きライバル同士だったのでしょうね。
それぞれ道は違うけれど、切磋琢磨することでさらに成長して、素晴らしい成績を残してほしいですね。
まとめ
今回は佐藤綾乃の実家の両親(父・母)や兄弟など家族や佐藤龍世との関係も調査!
という事で、佐藤綾乃選手の実家や家族、両親・兄弟、従兄弟の佐藤龍世選手について調査しました。
ご両親のサポートや応援、本当に家族の愛を感じますよね。
従兄弟が元プロ野球選手、その弟も社会人野球で活躍中というのですから、まさにアスリート一族ですね。
佐藤綾乃選手は平昌で金、北京で銀、そして2026年のミラノ・コルティナでは銅メダルと、3大会連続でのメダル獲得という偉業を達成しました。
そして2026年3月15日、今シーズン限りでの現役引退を表明。「周りの環境や人に恵まれてきたスケート人生でした」と、家族や周囲への感謝とともに15年以上の競技生活を振り返っています。
長く第一線を走り続けてくれた佐藤綾乃選手に、感謝とねぎらいの拍手を送りたいですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。








