かつて石原軍団の一員として、数多くの映画・ドラマに出演してきた神田正輝(かんだまさき)さん。

松田聖子さんとの結婚・離婚や、娘である神田沙也加さんの突然の死去など、これまで幾度となく世間の注目を集めてきました。
そんな神田正輝さんですが、実家やご両親はいったいどんな方だったのでしょうか?
今回は神田正輝の実家の両親の顔写真!兄弟など家族情報も全部まとめた!
という事で今回は、神田正輝さんの実家やご両親、ご兄弟など、家族にまつわる情報をリサーチしてみました。
神田正輝の実家はお金持ち?
まずは神田正輝さんの実家について、詳しく調べてみましょう。
神田正輝の実家の場所は東京都港区赤坂!
神田正輝さんの実家は、東京都港区赤坂にあったと言われています。
実家そのものの写真は見当たりませんでしたが、近隣に住む方々の証言によると、
- 広さ15坪ほどの2階建て一軒家
- 表札には「杉」(母・旭輝子さんの本名)の文字
- 家の前に坂道がある
- 1階から2階にかけて、壁一面にツタが絡みついている
といった特徴が挙げられていました。
この家はもともと母・旭輝子さんが暮らしていた住まいで、神田正輝さん自身も大学生の頃までここで生活していたそうです。
ここまで具体的な証言が揃っていることからも、神田正輝さんの実家の場所は東京都港区赤坂だった可能性が高いといえそうです。
神田正輝の実家はお金持ち?
神田正輝さんの実家は、かなり裕福だった可能性が高いと言えそうです。
そもそもある程度の資産がなければ、地価の高い港区に一軒家を構えるのは難しいはずです。
さらに、
- 父親は元海軍の軍人で、のちに林業や石油販売業を営む経営者になった
- 母親は舞台や映画で活躍した女優だった
つまり、父親は事業を営む経営者、母親は第一線で活躍する女優だったということですね。
こうした情報を総合すると、神田正輝さんは経済的に恵まれた家庭で育った可能性が高いのではないでしょうか。
神田正輝の実家の両親(父・母)はどんな人?
続いて、神田正輝さんのお父さん・お母さんについても詳しく調べてみました。
神田正輝の父親は神田正次!
神田正輝さんの父親は神田正次さんという人物で、もともとは旧海軍の軍人だったそうです。
終戦後は長野県に移り、林業や石油販売業を営む会社の2代目社長を務めていたと伝えられています。
残念ながら、正次さんの写真や生年月日といった詳細な情報は見つかりませんでした。
それでも、父・正次さんについて判明している情報を挙げると、
- 母・旭輝子さんより10歳年上だった
- 旭輝子さんと出会う以前にすでに結婚しており、妻子がいた
- 正輝さんが生まれる前年の1949年、旭輝子さんと事実上の夫婦関係になった
- 正式な入籍はしておらず、戸籍上はあくまで未婚のままだった
といった点が分かっています。
本妻とは別に事実上の家庭をもう一つ持てていたという点からも、正次さんがかなり裕福だったことがうかがえますね。
神田正輝さんの物腰や振る舞いに漂う上品さも、こうした恵まれた生い立ちと無縁ではないのかもしれません。
神田正輝の母親は女優の旭輝子!
神田正輝さんの母親は、女優として活動していた旭輝子(あさひてるこ)さん。本名は杉輝子(すぎてるこ)さんといいます。

簡単なプロフィールをまとめると、以下の通りです。
- 氏名:旭輝子(あさひてるこ)(本名:杉輝子)
- 生年月日:1924年10月30日
- 没年月日:2001年12月31日(享年:77歳)
- 出身:東京都台東区浅草三筋町
- 職業:女優
つまり、神田正輝さんの母親は、1970年代まで長く女優として活躍していた旭輝子さんということになります。
2001年に亡くなるまで、赤坂の実家で暮らしていたと言われています。
旭輝子さんの経歴を簡単にまとめると、
- 1938年:東京都渋谷区「実践女学校(現:実践女子学園中学校)」を中退(当時、14歳)
- 中退後、「松竹少女歌劇学校」に入学
- 1939年:「松竹少女歌劇団」の6回生として入団
- ~1947年:「旭輝子」の芸名で舞台に登壇
- 1948年:映画「唄まつり百万両」で女優デビュー
- 1971年:映画「冠婚葬祭入門・新婚心得の巻」を最後に出演されず
これだけの経歴を見ても、長きにわたり第一線で活躍していたことが分かりますね。
父・正次さんと事実婚の関係になったのは、1940年代後半頃からだったようです。
そして1950年12月、未婚のまま神田正輝さんを出産したのです。
その後もテレビドラマ「金四郎江戸桜」などに出演し、幅広いジャンルで活躍を続けました。

そんな母・輝子さんは、2001年11月に自宅で心筋梗塞のため倒れ、緊急搬送されました。
一時は快方に向かっていたものの、同年12月31日に容態が急変し、入院先の病院で77歳の生涯を閉じました。
神田正輝さんは大学生になるまで、母・輝子さんと二人三脚で生活していたと言われています。
未婚の母という立場ではあったものの、愛情深く神田正輝さんを育て上げたことは想像に難くありません。
神田正輝の両親のエピソードも紹介!
ここからは、神田正輝さんの両親にまつわるエピソードをいくつか紹介していきます。
実家の空き家トラブルとは?
近所の方々の話では、神田正輝さんは母親が暮らしていた実家を20年以上にわたってほったらかしにしていたそうです。
そのため手入れされない雑草やゴミが溜まり、長らく近所の方々の悩みの種になっていたようです。
建物の老朽化や放火のリスクも指摘されており、早急な対応が求められる状態だったとのこと。
この空き家問題について直撃取材を受けた際、神田正輝さんは次のように答えていました。
……今後、管理、掃除はするようにします。仕事の打ち合わせがあるので、もう勘弁してください。
と、やや歯切れの悪い返答だったようです。
神田正輝さんも仕事で多忙だったとは思いますが、空き家管理の代行業者に依頼するという方法もあったはずです。
母親と暮らした思い出の詰まった家だけに、対応に時間がかかったのかもしれませんね。
ちなみにこの実家、その後2024年7月上旬に売却されていたことが判明しています。
神田正輝さんが27年半にわたって司会を務めた「朝だ!生です旅サラダ」を同年9月末で卒業すると発表する直前のタイミングだったそうで、身辺整理の一環だったとみられています(週刊女性PRIME調べ)。
この実家は松田聖子さんとの結婚前、聖子さんがあいさつに訪れたこともあったのだとか。長年放置されていた「思い出の実家」も、ようやく一区切りがついた形ですね。
ちなみに以前の取材では、近所のお寺の住職が人づてに聞いた話として「実家の管理は俺じゃない」「母の弟と連絡がつかなくて困っている」という神田正輝さんの発言も伝えられていました(週刊女性PRIME調べ)。本人が直接語った言葉ではなく伝聞ではありますが、実家の管理をめぐって親族間でも話し合いが難航していたことがうかがえます。
神田正輝はおばあちゃんっ子だった!?
神田正輝さんの父親は長野県で経営者として働いていたこともあり、正輝さんは幼い頃から母親と二人で暮らしていたようです。
近隣住民の証言によると、
- 神田正輝さんは子どもの頃から評判の美少年だった
- スキーが趣味で、荷物を車に積んでは山へ出かけていた
- 母・輝子さんは舞台や講演で全国を飛び回っており、代わりに祖母が正輝さんの面倒を見ていた
といった証言が残されています。
母一人に育てられた神田正輝さんにとって、そばで支えてくれた祖母の存在はことのほか大きかったのかもしれませんね!
神田正輝の兄弟姉妹も調査!
続いて、神田正輝さんに兄弟や姉妹がいるのかどうかも調べてみました。
神田正輝に兄弟姉妹はおらず一人っ子?
神田正輝さんに兄弟や姉妹はおらず、一人っ子だったと言われています。
ただし、すでに触れた通り、父・正次さんには本妻との間に生まれた子どもがいます。
つまり血のつながった異母きょうだいが存在するということになりますね。
これまでの神田正輝さんの言動を見る限り、異母きょうだいとの交流はほとんど無いようです。
そのため異母きょうだいの存在自体は確かなようですが、名前や顔写真といった詳しい情報は公開されていません。
なお一部のネット上の噂話では、正次さんが本妻との間にもうけたのは二人の異母姉だったとも言われています。ただし、これはあくまでも確証のないネットの噂話であり、公式に裏付けが取れる情報は見当たりませんでした。人数や続柄まで断定するのは難しいため、参考程度にとどめておくのが良さそうですね。
まとめ
今回は神田正輝の実家の両親の顔写真!兄弟など家族情報も全部まとめた!
という事で今回は、神田正輝さんの実家やご両親(父・母)、ご兄弟など、家族にまつわる情報をお届けしました。
- 神田正輝の実家は東京都港区赤坂にあったと言われている(2024年7月に売却済み)
- 神田正輝の実家はかなり裕福だった可能性が高いと考えられる
- 神田正輝の父親は神田正次と言い、林業や石油販売業者の2代目経営者だった
- 神田正輝の母親は女優の旭輝子であり、本名は杉輝子(享年77歳)
- 神田正輝に兄弟姉妹はおらず一人っ子だが、異母きょうだいがいる
以上、神田正輝さんの実家やご家族についてまとめてみました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。