板野友美の母の現在は?妹の成海や父親など実家の家族もまとめた!

  • URLをコピーしました!

AKB48出身のタレントであり、現在は複数の会社を経営する実業家としても活躍している板野友美(いたの・ともみ)さん。

板野友美_トップ画像
出典:日刊スポーツより

AKB48結成時からの第1期メンバーとして活動し、卒業後はコスメブランドやダンススクールの経営に携わる傍ら、タレントとしての発信も精力的に続けている人物です。

そんな板野友美さんを育てたご実家、そしてお父さん・お母さんはいったいどんな方なのか、気になっている方も多いのではないでしょうか。

今回は板野友美の母の現在は?妹の成海や父親など実家の家族もまとめた!

そこで今回は、板野友美さんの実家事情や両親のお仕事、兄弟姉妹について詳しく掘り下げていきます。

板野友美の実家はどんな家庭だった?

まずは板野友美さんが生まれ育った実家について、判明している情報から見ていきましょう。

板野友美さんの実家がある場所は神奈川県横浜市

板野友美さんの実家があるのは、神奈川県横浜市泉区とされています。

板野友美_実家_横浜市立領家中学校界隈のマップ
出典:Googleマップより

出身中学校は横浜市立領家中学校と伝えられているため、引っ越しをしていない限りは、この中学校の通学区域のどこかに実家があると考えられます。

通学区域
  • 白百合一丁目~三丁目
  • 西が丘一丁目~三丁目
  • 領家一丁目~四丁目
  • 桂坂
  • 岡津町(一部)

このあたりの最寄り駅は、横浜市営地下鉄ブルーラインの中田駅にあたります。

また、板野友美さんは幼い頃、父親の転勤にともなって一時期大阪で暮らしていた時期もあったようです。

幼稚園から小学3年まで、太陽の塔まで歩いて15分のところに住んでいた

出典:サンスポ

大阪在住時代に通っていたのは、吹田市立佐竹台小学校だと言われています。

板野友美_実家_吹田市立佐竹台小学校界隈マップ
出典:Googleマップより

この一帯は千里ニュータウン計画のなかでも最も早く(1962年)入居が始まった住区で、団地の建て替えなども比較的早い時期に進められたエリアです。

板野友美_大阪在住時の居住区
出典:千里ニュータウン情報館より

父親の転勤にともなう引っ越しだったとされることから、当時は団地または社宅暮らしだった可能性が考えられます。

板野友美の実家はお金持ち?

板野友美さんの実家は、経済的に恵まれた家庭だったのではないかと考えられます。

そう考えられる根拠は、次の4点です。

裕福と思われる理由
  • 父親はもと銀行員で、今は会社経営者
  • 母親はもと小学校教師で、今は実業家
  • 板野友美さんは小学生時代からダンススクールに通っていた
  • 妹の板野成美さんの特技はエレクトーン

父親の職業は銀行員だった

板野友美さんの父親はかつて銀行員だったと伝えられています。

銀行員といえば安定した職業で待遇も良いイメージがあるため、実家が裕福という印象につながっているのかもしれませんね。

いつ会社経営に転じたのかまでは分かっていませんが、現在は経営者として活動していると言われています

父親についての詳しい情報は、この後の章で改めてまとめます。

母親はもと小学校教師、現在は実業家として活動

板野友美さんの母親はもともと小学校の先生だったとされています。

小学校の先生は保護者対応などにも時間を取られやすく、労働時間の割に給料が見合っているのかという声もありますが、それでも収入が安定した職業だったことは間違いなさそうです。

実業家としての活動をいつ始めたのかは明らかになっていませんが、現在は会社経営に携わっていると言われています

母親についても、この後の章で詳しく取り上げます。

板野友美さんは小学生からダンススクール通い

板野友美さんの習い事のひとつがダンススクールだったそうです。

板野友美さんが小学生だった1998年〜2003年頃は、今ほどダンススクールが街中に点在していなかった時代です。通うためには送迎や電車移動が必要だったはずで、それができたということは、家計にある程度の余裕があったのではないかと推測できます。

ちなみに板野友美さんは、このダンススクールでの活動がきっかけとなり、EXILEのバックダンサーとして紅白歌合戦のステージに立ったという経験もあるそうです。

妹・板野成美さんの特技はエレクトーン

板野友美さんの妹である板野成美さんは、エレクトーンを特技として挙げています

特技と言えるほどの腕前ということは相応の練習を積んできたはずで、自宅にエレクトーンを置き、教室にも通っていた可能性が高そうです。

エレクトーンの価格帯は20万円台〜100万円台とやや幅がありますが、たとえ安い方であっても、子育て中の家庭が気軽に購入できる金額とは言いにくいものです。

ここまでの情報を総合すると、板野友美さんの実家は少なくとも経済的に余裕のあるご家庭だったと見て間違いなさそうです。

両親そろって会社経営に関わり、板野友美さん本人もコスメブランドなどを立ち上げていることを考えると、家族全体が起業やビジネスに強いタイプなのかもしれませんね。

板野友美の両親はどんな人物なのか

続いては、板野友美さんのお父さん・お母さんについて、もう少し踏み込んで見ていきましょう。

板野友美さんの父親はもと銀行員

板野友美さんの父親は芸能人ではなく一般の方で、職業は銀行員だったとされています。

幼少期に横浜から大阪へ転居していることを踏まえると、全国規模の大手銀行、あるいは主要都市に支店網を持つ銀行に勤めていたのではないかと考えられます。

2023年6月1日付の「デイリー新潮」の記事により、板野友美さん自身も取締役として名を連ねる「TOMO.73」という会社の代表を父親が務めていることが明らかになりました。

〈べべ社は、ハーブ社及び、板野の父が代表、板野自身も取締役を務める「TOMO.73」(以下、TOMO社)とがそれぞれ250株ずつ出資して設立した会社である。しかし昨夏、板野とハーブ社の間でトラブルが起き、ハーブ社が共同経営から撤退することになった。それに伴い、ベベ社はその前年、ハーブ社から借りていた750万円とその利息分を返金することになった〉

出典:デイリー新潮

2021年より前は、情報漏えいなどのリスクを理由に銀行員の副業を禁じる就業規則を設けていた金融機関が多かったとされています。板野友美さんの父親が本当に銀行員だったのなら、途中で早期退職して実業家へ転身した、という流れになるのでしょう。

板野友美さんの母親は元小学校教師

板野友美さんの母親も一般の方で、以前は小学校の教師をしていたとされています。

実業家としては、株式会社MJGが展開していた「MJG整体院 山本院店」のオーナーを任されていたと言われています。

ただし、株式会社MJGは2020年4月、約44億円の負債を抱えて経営破綻しています。さらにその後、代表を務めていた木崎優太氏個人も2021年2月に破産手続き開始決定を受け、会社自体も2021年12月に破産手続き廃止決定、2022年1月31日付けで法人格が消滅しました。運営会社そのものが消滅している以上、現在この店舗が同じ形で続いている可能性は低いと見られます

株式会社MJGが経営破綻した際には、社長だった木崎優太さんと板野友美さん、そして母親との関係にも大きな注目が集まりました。

というのも、母親がオーナーを務める店舗をはじめ、板野家がさまざまな形で優遇を受けていたと報じられたからです。

 AKB元メンバーの板野友美さんに「年間数千万払っている」と豪語していた木崎優太氏が経営する大手接骨院チェーンMJG が、4月10日に約44億円の負債を抱えて破産したと「週刊文春」(4月30日号/文藝春秋)で報じられた。

 同社では以前から資金繰りが厳しかったようだが、木崎氏は板野さんへの支援を続けてきた。2019年度のMJGのイメージキャラクターに板野さんを起用し、MJGが社用車としてリースした高級車「ポルシェ・マカン」を昨年11月から、板野さんの専用車として供与していたのだが、この車は最低でも700万円以上するらしい。

 そのうえ、木崎氏は経営が悪化する中でも板野さんの家族への支援まで続けている。板野さんの所属事務所であるホリプロは、「週刊文春」の取材に「男女関係は一切なく、仕事上の関係です」と回答したようだが、仕事上とはいえ木崎氏は板野さんのパトロンだったのではないか。

出典:Business Journal

この件はあくまで報道されたという段階にとどまっており、どこまでが実際にあったことなのか、真相は今も明らかになっていません。

板野友美さんと両親のエピソードもチェック

ここからは、板野友美さんと両親との間にあった、心温まるエピソードをいくつかご紹介します。

結婚前は2週間に1度、両親と顔を合わせていた

2018年に配信されたバラエティー番組で、板野友美さんは家族との距離感について次のように語っていました。

板野友美

(家族が)横浜に住んでるんですけど、家族とは2週間に1回会うし、妹はよく泊まりにきます。

お互いに忙しい生活を送りながらも、かなり高い頻度で顔を合わせていることが分かるエピソードですね。

結婚後も家族での食事は健在

X(旧Twitter)には、こんな投稿も見つかりました。

板野友美の両親とのエピソード
出典:板野友美のX(旧Twitter)より

何か落ち込むことがあった様子で、両親と3人で食事に出かけて気持ちを切り替えようとしていたようです。

愚痴や不満を聞いてもらったり、時には的確なアドバイスをもらったりすることもあったのかもしれませんね。

結婚をきっかけに会う場所や回数は変わっても、板野友美さんと両親の関係が良好であることに変わりはなさそうです。

板野友美さん自身も結婚・出産を経験し家族が増えています

板野友美さんは2021年1月5日、東京ヤクルトスワローズの投手・高橋奎二さんとの結婚(入籍)を発表しました。同年10月には第1子となる女の子の誕生も報告しており、両親にとっては初孫が生まれたことになります。

2024年12月には、入籍から約4年越しとなる結婚披露宴をパレスホテル東京で開催。お色直しでは娘さんとおそろいのドレスを着用し、注目を集めました。

このとき身につけていたヘアアクセサリーとピアスは、実は母親の手作りだったそうです。アクセサリー作りやビーズ細工が得意な母親が、板野友美さんの「花びらっぽいピアスがいいな」というリクエストに応え、白い花をあしらったデザインに仕上げたとのこと。さらに披露宴当日は、母親から譲り受けた小さな石のネックレスをお守り代わりに身につけていたとも伝えられています。このネックレスは母親が自身の母親(板野友美さんの祖母)から受け継いだものだそうで、三代にわたって受け継がれてきた品ということになりますね。

孫の誕生や娘の結婚式を経ても、板野友美さんの母親は家族の節目にそっと寄り添い続けているようで、親子の絆の深さがうかがえるエピソードといえるでしょう。

板野友美の兄弟姉妹についても調査

板野友美さんの兄弟姉妹についても、分かっている情報をまとめました!

板野友美さんは2人姉妹の姉!

板野友美さんには1人の妹がいらっしゃいます。

妹の板野成美(いたの・なるみ)さんは、板野友美さんより4歳年下の女優・グラビアアイドルとして活動しています。

板野友美の妹・板野成美
出典:板野成美のインスタより

中学時代はバドミントン部、高校時代はダンス部に所属していたそうで、昔から活発なタイプだったことがうかがえます。

最終学歴は玉川大学教育学部卒業で、教育学部を選んだのは母親たっての希望だったと言われています。

芸能界に興味を持つようになったきっかけは、姉である板野友美さんの存在が大きかったようです。

板野成美

AKBに入って、総選挙に出てみたい!

ですが、姉妹での対立を心配した母親の反対で、この夢は一度あきらめることになったそうです。

2023年には、姉が手がけるライフスタイルブランド「Rosy luce(ロージールーチェ)」発の新プロジェクト「RoLuANGEL(ロールエンジェル)」に応募。公開オーディションと一般投票による最終選考を勝ち抜き、見事に第1期生の座をつかんでいます。ちなみに「RoLuANGELのマイペースな長女」というキャッチフレーズで副リーダーを務めているそうです。

そのほか、趣味である麻雀を活かした番組を担当するなど、活動の幅を広げています。

「麻雀の仕事」と聞くとプロの雀士のように思われがちですが、あくまで趣味の延長での活動のようです。

趣味は料理・デパ地下巡り・ヨガ・キックボクシング・麻雀・サウナ巡りと幅広く、特技もダンス・エレクトーン・バドミントンと多岐にわたっています。こうした多才ぶりが、今後のタレント活動にも活かされていきそうですね。

なお、板野成美さんは姉・板野友美さんの夫である高橋奎二選手の妹、高橋美結さんとユニット「コネコネCLUB」を結成しています。義理の姉妹同士がユニットを組むというのは珍しく、板野家と高橋家の距離の近さが感じられるエピソードといえるでしょう。

2020年からはTikTokも開始し、日常や飼っているペットの様子などを発信中です。2025年にはABEMAの恋愛リアリティー企画にも参加し、お笑い芸人とカップルが成立したことが話題になりました。妹の板野成美さんも、姉に負けず劣らずマイペースに活動の幅を広げているようです。

まとめ

今回は板野友美の母の現在は?妹の成海や父親など実家の家族もまとめた!

今回は、板野友美さんの実家や両親、兄弟姉妹についてまとめてご紹介しました。

  • 板野友美の実家は神奈川県横浜市泉区
  • 板野友美は幼少期に大阪府に住んでいたことがある
  • 板野友美の実家は裕福であると考えられる
  • 板野友美の父親は銀行員で、現在は実業家
  • 板野友美の母親は元小学校教師で、現在は実業家
  • 板野友美の妹は板野成美で、女優・グラビアアイドルなどとして活動
  • 板野友美さんは2021年に高橋奎二選手と結婚し、同年に第1子となる女の子を出産
  • 2026年5月には19年間所属したホリプロから独立し、実業家として新たな一歩を踏み出している

今回調べて分かったのは、以上のような内容でした。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

コメント