「平成の怪物」という愛称で多くのファンに親しまれた、元プロ野球選手の松坂大輔(まつざかだいすけ)さん。
出典: https://www.tokyo-np.co.jp/article/115047
2021年に現役を退いてからは、野球解説者・野球評論家としてグラウンドの外でも活躍を続けており、自身のYouTubeチャンネルやインスタグラムを使った発信にも力を入れています。
そんな松坂大輔さんを育てたご実家や、お父さん・お母さんは、いったいどんな方たちなのでしょうか?
今回は松坂大輔の実家の家族まとめ!兄弟や両親(父・母)はどんな人かも調査!
ということで今回は、松坂大輔さんのご実家や両親、兄弟姉妹といった家族にまつわる情報をまとめてみました。
目次
松坂大輔の実家はお金持ち?
まずは、松坂大輔さんのご実家について詳しく見ていきましょう。
松坂大輔の実家の場所は東京都江東区東陽町!
松坂大輔さんのご実家は、東京都江東区の東陽町にあります。
正確な住所までは公表されていませんが、母校である南陽小学校の周辺にご実家があるのではないかと見られています。
ちなみに、松坂さんが生まれたのは実は東京ではなく青森県だった、というのをご存じでしょうか。1980年9月13日、当時東京から里帰りしていたお母さん・由美子さんの実家がある青森で誕生し、その後は江東区で育ったそうです。生まれたときの体重はなんと4,310gと、かなり大きな赤ちゃんだったと伝えられています。
東陽町は区役所をはじめ公共施設や企業のオフィスが多く立ち並ぶエリアで、「行政・ビジネスの中心地」とも呼ばれている街です。
松坂さんが家族そろってよく通っていたという焼肉店「加留美亭」も、小学校から歩いて10分ほどの東陽町にあるそうです。
出典: https://kotomise.jp/shops/%E7%82%AD%E7%81%AB%E7%84%BC%E8%82%89%E3%80%80%E5%8A%A0%E7%95%99%E7%BE%8E%E4%BA%AD/
このお店はもともと江東区の木場で営業していて、2012年に現在の東陽町へ移転してきたとのことです。
松坂さんのお気に入りメニューは、和牛の上ハラミなのだとか。
松坂さん御用達のお店としてテレビで紹介されたこともあり、地元でも評判の美味しい焼肉屋さんのようですね。
松坂大輔の実家はお金持ち?
松坂さんのご実家が裕福なのかどうかを調べてみましたが、はっきりとした根拠となる情報までは見つかりませんでした。
そこで、松坂さんの学歴や幼少期の習い事といった手がかりから、ご家庭の経済状況を探っていきたいと思います。
①学歴
②習い事
③弟の発言
①学歴
- 東京都江東区 塩崎保育園
- 東京都江東区立南陽小学校
- 東京都江東区立東陽中学校
- 神奈川県横浜市金沢区 私立横浜高等学校
- 大学へは進学せず、西武ライオンズからの1位指名を受けプロ野球入団
幼い頃は保育園に通っていたようなので、ご両親は共働きだったのかもしれませんね。
小学校・中学校はいずれも区立に通っていますが、高校は私立高校へ進学されています。
横浜高校の学費を調べてみると、初年度は納入金400,000円に年間の学費612,000円を加えて、1,012,000円ほどかかる計算になります。
3年間ではおよそ2,236,000円となり、公立高校に通うのと比べれば、それなりのまとまった資金が必要になりますよね。
②習い事
習い事については、5歳から小学3年生まで地域の剣道塾「福住剣友会」に通っていたそうです。
剣道の月謝は3,000円ほどで、年間にすると36,000円ほどになります。
幼少期の習い事として確認できたのは、この剣道だけでした。
③弟の発言
松坂さんの弟さんが、あるインタビューで次のように語っていました。
高校進学で私立か公立かを選ぶとき、「兄が私立に通っていたこともあって、家庭の経済状況がめちゃくちゃ貧しいわけでもないが裕福ではなかったので、自然と公立高校かなと。私立に行きたいなんて言えなかった」と振り返る場面があったのです。
これらの情報を総合すると、松坂大輔さんの実家は日常生活が無理なく送れる、ごく一般的なご家庭だったのではないかと考えられます。
幼い頃に打ち込んだ剣道はかなり厳しい稽古だったようで、そこで礼儀作法が身につき、忍耐力や精神力も鍛えられ、のちに偉大なプロ野球選手となる松坂さんの土台がつくられていったのかもしれませんね。
松坂大輔の実家の両親(父・母)はどんな人?
続いて、松坂さんのお父さん・お母さんがどんな方なのかについても調べてみました。
松坂大輔の父親は子煩悩でいい人!
松坂さんの父親の名前は、松坂諭(さとる)さんです。
出典: https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/258110
北海道の稚内市のご出身です。
2026年で73歳になります。
お父さんは高校を卒業したあと、集団就職のような形で東京の下町・江東区にある運送会社へと働きに出たそうです。
松坂さんが高校を卒業する頃、あいにくお父さんの勤め先が倒産してしまったそうですが、松坂さんの西武ライオンズ入団をきっかけに、西武グループの仕事が回ってくるようになったのだとか。
運送会社に勤めていた頃は勤務時間を選ぶことができたため、毎日午後3時半には帰宅できるよう早番を希望していたとのことです。
子煩悩な父
松坂さんのお父さんが「子煩悩」だったと分かるエピソードがありましたので、ご紹介します。
お父さんが勤務時間を早めて午後3時半に帰宅していた理由は、子どもと過ごす時間を何よりも大切にするためだったそうです。
お父さん自ら保育園へお迎えに行くこともあったそうで、家に帰ってからは日が暮れるまで一緒に外で遊んでいたのだとか。
キャッチボールにサッカー、相撲、テニス、ときには遠出して釣りに出かけるなど、さまざまな遊びをお子さんと一緒に楽しんでいたようです。
夕飯は必ず家族全員で食卓を囲むのが松坂家のスタイルで、家では絵本や紙芝居を読み聞かせるなど、子どもとのふれあいを欠かさない子煩悩なお父さんだったことがうかがえます。
お父さんは子どもの自主性を尊重し、野球だけにこだわらず、本人が遊びたいものに付き合うという子育ての方針を持っていたようです。
やりたければやればいい、やりたくなければやめればいい、と本人の意思をいつも尊重していたのだとか。
お父さんはお酒が飲めず、同僚との付き合いよりも子どもと遊んでいる時間のほうが楽しかった、とも話していたそうです。
それにしても、これほど子育てに協力的で、子どもとの時間を大切にするお父さんは、当時としてはかなり珍しい存在だったのではないでしょうか。
ちなみに松坂さんが野球を始めたきっかけは、幼い頃にお父さんが草野球でプレーする姿を見てキャッチボールをするようになり、そこから自然と野球にのめり込んでいったことなのだそうです。
松坂さんにとってお父さんの存在はとても大きく、いろいろな遊びや教えをいつも行動で示してくれたそうで、まさに父親の背中を見ながらたくましく育っていったのかもしれませんね。
いい人すぎる父
続いては、松坂さんのお父さんが「いい人」だと分かるエピソードのご紹介です。
松坂さんの高校野球での活躍が大きな注目を集め、このままプロへ進むのかどうかに世間の関心が集まっていた頃のお話です。
当時、都内の松坂家の自宅前には、連日のように取材陣が張り込んでいたそうです。
仕事帰りのお父さんは記者に向かって「皆さんも大変だねえ。こんなふうに取材ってするんだ。初めて見たよ。これを聞いて、どんな記事にするの?」と、初めて目にする光景に興味津々だった様子。
そしてある日、「僕はもう本人の中で気持ちは決まっていると思うんだよね。プロに行きたいんじゃないかな。だったら行けばいいのに」と、本人より先に重大発言をしてしまったのです!
そのあとにポロッと「俺、余計なこと言っちゃった?」とつぶやいたそうですが、翌日にはスポーツ紙の一面に「松坂、父激白『大輔はプロ』」と大きく見出しが躍っていたのだとか。
後日の取材でもお父さんは「皆さん、もう勘弁してよ。嫁さんにも大輔にもめちゃくちゃ怒られたよ。なに余計なことしゃべってるんだって。みんなが記事にするからさあ」と、照れ笑いしながら話していたそうです。
連日張り込む取材陣に対して、毎日大変だなぁ、何か話してあげないと、と黙って帰るに帰れなかったのでしょうか、人が良すぎるお父さんの人柄が、思わぬ形で裏目に出てしまったようですね。
松坂大輔の母親も子煩悩!
松坂さんの母親は、松坂由美子(ゆみこ)さんです。
出典: https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/photo/258110
青森県東津軽郡蟹田町、現在の外ヶ浜町のご出身です。
年齢はお父さんと同じく、2026年で73歳になります。
写真の一番右側が母親の由美子さん、一番左側が父親の諭さんです。
出典: https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2021/10/20/kiji/20211020s00001173124000c.html
お父さんと同様に、高校卒業後に東京へ上京しています。
お父さんと同じ運送会社で事務員として働いていたようです。
由美子さんが27歳のときに、松坂大輔さんを出産しています。
由美子さんが当時の早稲田実業のスター投手・荒木大輔さんに憧れ、息子に「大輔」と名付けたのだとか。
仕事と子育てを両立する忙しい毎日の中でも、子どもと遊ぶ時間をしっかり確保し、公園へ連れて行っては鬼ごっこやかくれんぼ、ジャングルジムに付き合っていたそうです。
ご両親そろって子煩悩で、子育てにとても積極的だった様子が伝わってきますね。
ご両親からの愛情をたっぷり受けて、大物野球選手へと成長していった松坂大輔さん。
松坂さんが日米通算165勝目を挙げた試合の日は、ちょうど母親・由美子さんの誕生日だったそうです。
母の誕生日に白星を飾ったとき、松坂さんは由美子さんについて次のように語っていました。
どんなときも、自分の記事や写真を楽しみにしてくれた。幼少時代、津軽半島の母の実家に家族4人、車で帰省するのが楽しみな少年だった。今でも母の日や誕生日の贈り物は欠かさない。最愛の母への最高のプレゼントになった。
https://www.nikkansports.com/baseball/news/201805010000031.html?Page=1#goog_rewarded
自分の記事を心待ちにしてくれる母の姿を思い浮かべ、試合での復活勝利がそのまま母への誕生日プレゼントになった——そう語る松坂さん。
毎年、母の日や誕生日には欠かさず贈り物をしているという話からも、大人になった今も母への感謝を忘れず、親孝行を続けている様子が伝わってきますね。
松坂大輔の両親のエピソードも紹介!
ここからは、松坂さんとご両親にまつわるエピソードもご紹介していきます。
子供の喜びが自分達の喜び
松坂さんがプロ野球選手になったことこそ自分たちの人生最大の幸せだと言い切るご両親。
ご両親そろって子育てに積極的だったこともあり、「子どもの喜びこそ自分の喜び」という、親子が一心同体のような関係性が伝わってきます。
ご実家には松坂さんの写真が所狭しと並べられ、幼少期のものを含めて合計100枚以上が飾られているのだとか。
高校時代から大物選手としてテレビで脚光を浴び、プロ野球からメジャーリーグまで輝かしい成績を残してきた松坂さんは、ご両親にとってこの上なく自慢の息子さんであることは間違いないでしょう。
祖父は強肩の持ち主
「平成の怪物」と称された松坂さんの強肩は、どうやら父方のおじいさん譲りなのだとか。
祖父の名前は、徳次(とくじ)さんです。
すでに81歳で亡くなられていますが、松坂さんの身体能力は祖父から受け継いだものと言っても大げさではない、こんなエピソードが残っています。
戦時中、樺太(現在のサハリン)の野砲隊に所属していた徳次さんは、当時55メートルだった隊内の手投げ弾の遠投記録を63メートルにまで塗り替えた強肩の持ち主だったそうです。
戦後は北海道へ引き揚げ、コンブやタコを獲る漁師になったそうですが、その腕は丸太のように太かったといいます。
出典: https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/258442#goog_rewarded
写真の一番左側が祖父・徳次さん、一番右側が祖母・みさ子さんです。
松坂さんはプロ入り後も、祖父母が暮らす北海道・稚内への遠征があると、時間を見つけては会いに行っていたそうです。
祖父が亡くなった際には、棺に背番号18のユニホームを着せて見送ったという松坂さん。
ご両親への親孝行だけでなく、元気な姿を見せに祖父母のもとへ足を運ぶことで、祖父母孝行も欠かさなかったことが伝わってきますね。
松坂大輔の兄弟姉妹も調査!
松坂大輔さんに兄弟や姉妹がいるのかどうかについても、調べてみました。
松坂大輔の兄弟は2歳年下の弟!!
松坂さんには、2歳年下の弟さんがいます。
弟さんの名前は、松坂恭平(きょうへい)さんです。
物怖じせず、たとえ周りがやっていても自分が納得するまでは動かない、意志の強いタイプなのだそうです。
出典: https://dot.asahi.com/articles/-/15280?page=1
2026年で44歳になります。
すでに結婚されていて、奥様はフリーアナウンサーの廣川明美さんです。
お子さんが一人いらっしゃいます。
現在は奥様のご実家がある新潟県に移住しているそうです。
これまでさまざまな仕事を経験してきたそうですが、現在は株式会社ONE4ALLの代表取締役社長を務めています。
ご報告
— 松坂恭平 (Kyohei Matsuzaka) (@kyohei1982) September 11, 2023
株式会社ONE4ALLの代表取締役に就任し、ONE OF THE ANSWER(ワンオブジアンサー)というスポーツブランドを立ち上げました。
主な事業は野球グラブの製造販売です。
前職での経験を活かし、企画から営業、販売、販促と一気通貫で仕事させてもらっています。… pic.twitter.com/yP2hx5338Z
スポーツに関わりながらモノづくりにも挑戦したいという思いから、自ら社長に就任したそうです。
その熱いチャレンジ精神が伝わってきますね。
これまでの生い立ち
松坂恭平さんのこれまでの歩みをたどることができましたので、ご紹介します。
- 小学1年生で野球を始め、所属チーム江戸川南リトルで投手と内野手を務め、全国3位の成績をおさめる。
- 中学時代は軟式野球をしており、高校進学時に幾つもの強豪私立高校の野球部から勧誘があったものの、経済的事情(父親の会社倒産)により都立篠崎高等学校へ進学。また、高校球児=坊主に疑問を感じていたこともあり、家から近く野球部で坊主でなくてもよい学校を自ら探し篠崎高校を選択。
- 高校卒業後に法政大学へ進学。
- 大学卒業後、株式会社コクド(西武グループ)に入社、わずか10日間で退職届提出。
- 2005年、アンダーアーマーを取り扱うスポーツ用品メーカー・ドームに就職。2023年退職。
- 仕事をする傍ら、社会人野球のTokyo Bay lustersに所属。
- 2023年、野球用品を中心としたスポーツブランド「「ONE OF THE ANSWER(ワン・オブ・ジ・アンサー)を立ち上げ、グラブを中心に商品開発と販売を行う。
- 株式会社ONE4ALLで代表取締役社長となり現在に至る。
兄との比較
兄・松坂大輔さんがテレビで活躍するようになってから、何かと比較され続けてきたという弟の恭平さん。
出典: https://news.livedoor.com/article/image_detail/18087302/?img_id=24746797
高校時代は兄の背中を追いかけ、追いつきたい一心で汗を流し、ひたすら練習に打ち込んだそうです。
しかしマスコミから「松坂大輔の弟」という肩書を付けられ、周囲に勝手に比べられて、高校時代の一時期は生きづらさを感じていたといいます。
そんな状況でも変わらず接してくれたご両親の存在に、恭平さんは救われたそうです。
当時の恭平さんにとっては、ご両親の揺るぎない愛情と、いつもと変わらない家族の日常こそが、唯一心から安らげる場所だったのかもしれませんね。
ちなみに兄弟は、子どもの頃はお互い一緒に遊ぶというより、それぞれ同級生と遊ぶことが多かったそうで、社会人になってから連絡を取り合う機会が増え、関係性が深まっていったようです。
ご両親の愛情を一身に受けて立派な大人へと成長した松坂家の兄弟。これからは二人で力を合わせ、親孝行に励んでいくことを期待したいですね。
まとめ
今回は松坂大輔の実家の家族まとめ!兄弟や両親(父・母)はどんな人かも調査!
ということで今回は、松坂大輔さんのご実家や両親(父・母)、兄弟姉妹といった家族についてお届けしました。
- 松坂大輔さんが育った実家は東京都江東区の東陽町(生まれは青森県)!
- 父・松坂諭さんは子煩悩で人柄も温厚、母・由美子さんも子煩悩!
- 2人兄弟で、2歳年下の弟・松坂恭平さんがいる!
- 名前「大輔」の由来は早実のスター・荒木大輔投手、強肩は父方の祖父・徳次さん譲り!
以上のような内容が分かりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。








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