歌手で女優の松田聖子(まつだ せいこ)さん。
出典:https://www.seikomatsuda.co.jp/gallery/index.html
2025年にデビュー45周年を迎えて記念のベストアルバムが発売され、デビュー46年目の2026年6月からは全国ツアー『Seiko Matsuda Concert Tour 2026 “Seiko’s Fairyland”』を開催。通算140回目となる日本武道館公演も行いました。
プロフィールは1962年3月10日生まれの64歳(2026年時点)、福岡県久留米市の出身です。実家は父・母・9歳年上の兄との4人家族でした。
そんな松田聖子さんの実家やお父さん、お母さんはどんな方達なんでしょうか?
今回は松田聖子の母・蒲池一子の顔写真がこちら!現在の生活や病状についてもまとめた
という事で、松田聖子さんの実家や両親、兄弟姉妹など家族についての情報を調べました。
松田聖子の母は蒲池一子!
松田聖子さんのお母さんについて、調べてみました。
松田聖子の母親は、庄屋の娘で“影の立役者”
松田聖子の母親は、庄屋の娘で名家の出だった
松田聖子さんの母親・蒲池一子さんは、福岡県八女市の庄屋の家系に生まれます。
こちらがお母さん写真。
出典:https://x.com/hidekun_desu/status/770607054629199872
優しくもキリッとした芯のある、しっかりとした印象を受けますね。
お母さんは、祖母の伯母が広めの病院院長夫人であったような名門の環境で育ち、非常にしっかりとした気質の持ち主。
松田聖子さんの芸能界入りの際には、厳格な父を説得して背中を押してくれました。
さらに、松田聖子さんの個人事務所「株式会社ファンティック」では長く経営に携わり、86歳ごろまで会社を支え続けるなど、縁の下の力持ちとして力を発揮してきました。
なお現在のファンティックの代表取締役社長は、松田聖子さんの実兄・蒲池光久(かまち みつひさ)さんです。
松田聖子は母が羨ましく、心強い存在であった
松田聖子は母が羨ましく、心強い存在であった
松田聖子さんは小学校時代から「母の二重まぶたの目元が羨ましかった」と言うほど、美麗なくっきりした瞳の持ち主。
こちらは仕事場に付き添っていた時の写真。
出典:https://arty-matome.com/I0003172/&page=1
松田聖子さんの美しさはお母さん似だったんですね。
歌手デビューした’80年ごろは、音楽祭が多数開催されており、松田聖子さんは『第13回新宿音楽祭』で金賞を受賞。
副賞として翌年イタリアで開催される『サンレモ音楽祭』に参加が決定。
そこからフランス・パリも周り、親孝行もかねてお母さんも同行しました。
母娘ながら友達同士のようで、とにかく笑顔が絶えない旅行だったそう。
“パリジェンヌみたいね”とお母さんに言われた松田聖子さんは、“お母さんの方がパリジェンヌよ!”微笑まし様子を見せてくれたそうです。
時がたち、松田聖子さんの会社設立後にはお母さんが代表取締役社長に就任し、会計や事務面でしっかりサポート。
私生活では松田聖子さんの娘・沙也加さんの子育てにも深く関与し、「おばあちゃん子」にするほど愛情を注いでいたと報じられています。
公私共になくてはならない存在だったんですね。
松田聖子の兄・蒲池光久はどんな人?
ここで、記事の中でも名前が出てきたお兄さんについても触れておきますね。
松田聖子さんのきょうだいは9歳年上のお兄さん・蒲池光久さんがひとりだけ。妹思いの方で、実はお父さん以上に妹の芸能界入りに反対していたといわれています。
そのお兄さんが、いまは個人事務所ファンティックの代表取締役社長として妹を支えているのですから、家族の縁とは不思議なものですよね。1989年の設立当時に代表を務めていたのはお父さんの孜さんで、事務所の看板はそのままご家族の歴史でもあるわけです。
孫・神田沙也加さんの死去という深い悲しみ
触れておかなければならないことがあります。一子さんが手をかけて育てた孫の神田沙也加さんは、2021年12月18日に35歳で亡くなりました。
ミュージカル女優として活躍していた最中の突然の訃報で、当時89歳だった一子さんにとっても計り知れない衝撃だったはずです。松田聖子さんは翌日の卒業公演を「娘も望んでいる」として予定どおり務め上げ、その姿に多くの人が言葉を失いました。
亡くなった経緯については当時さまざまな臆測が飛び交いましたが、ご遺族が公式に説明したものはなく、断定できることはありません。ここでは深追いせず、母娘三代の絆があったという事実だけを記しておきます。
その後、松田聖子さんが母を思って新居を建て、そばで見守る道を選んだ背景には、この出来事も重なっているのかもしれませんね。
松田聖子の父はどんな人?
松田聖子さんのお父さんについて、調べてみました。
松田聖子の父親は、かつての厳格な“娘の夢の壁”
松田聖子の父親は、芸能界入りを猛反対していた
松田聖子さんの父親は、蒲池孜(かまち・つとむ)さん。
社会保険事務所に勤めていた公務員で、かつては娘の夢に反対した“父親らしい壁”でした。
こちらが松田聖子さん家族が写る写真。
出典:https://mikansan.xyz/archives/15519
当時から松田聖子さんは両親ととても仲が良かったそうです。
お父さんは社会保険事務所勤務の公務員で、旧藩士の血筋を引く誇り高い家柄として育ちました。
厳格で礼儀や作法を重んじる教育方針を貫いており、芸能界のような不安定な世界への道に対しては一貫して反対していたようです。
松田聖子さんが、カトリック系の久留米信愛女学院高等学校に入学したのも、娘を淑やかなお嬢さんに育てたいという方針でお父さんが選びました。
お父さんにとっては大事な大事な箱入り娘だったんですね。
「芸能界を目指す」と言い出した松田聖子さんに、お父さんは猛反対。
当時のプロデューサー・若松氏との交渉も、憧れを捨てさせるためにテレビを押し入れに隠すほどの厳しさ。
しかし最後は、松田聖子さんが家出すると言い出し、「娘が人生をかけるなら責任を預ける」と、ついに承認しました。
芸能界入りを果たしたあとは、お母さんと共に献身的に松田聖子さんのサポートされます。
松田聖子の父親は、逝去されていた
松田聖子さんの父親は、1997年に72歳で亡くなっている
松田聖子さんの父親は、1997年12月7日に72歳で亡くなっているとされています。
死因は公開されていません。
また、葬儀についても詳しい情報はわかりませんでしたが、お骨は納骨堂に収められているとのことです。
きっと天国から松田聖子さんを見守ってくださっているのでしょう。
ご冥福お祈り申し上げます。
松田聖子と母の現在の生活も調査!
現在、松田聖子さんとお母さんは、どのような暮らしをしているのでしょうか。調べてみました。
松田聖子は母に配慮した新居で、母娘仲良く暮らしている
松田聖子が建て替えた新居で、母親と一緒に暮らしている
現在、松田聖子さんとお母さんは、松田聖子さんが建て替えた新居で、安心して穏やかに暮らしています。
松田聖子さんのお母さんは、2020年に体調を崩したことがあります。
体調不良とのことで病気との情報はありませんでしたが、卒寿(90歳)を迎えるお母さんのために、松田聖子さんは建て替えを決意。
高齢の母に配慮した家は、バリアフリー仕様でありながら、外観や内装は「おしゃれさ」を重視。
お母さんの卒寿(90歳)を祝うように、2022年10月には新居が完成しています。
松田聖子が母のために建て替えた豪邸がすごかった
松田聖子が建て替えた豪邸は”母親ファースト”だった
松田聖子さんの知人によると、建て替えの一番の理由はお母さんのため。
手すりも“バリアフリー感”が出ないようにオシャレにしたいと話していたとのこと。
完成した新居は都内屈指の高級住宅地に建てられており、土地と建物を合わせた資産価値はなんと5億円規模ともいわれています。
さらに、介護と仕事の両立を考慮し、これまで置かなかったスタジオ機能を自宅に導入。
大切なお母さんをそばで見守れる環境を整えています。
松田聖子さんの「家族を何より大切にする姿勢」が、住環境からも感じられますね。
蒲池一子の現在の年齢と“病状”のうわさ
気になるお母さんの現在ですが、一子さんは1932年10月18日生まれ。この記事を見直した2026年10月4日の時点で93歳で、今月18日には94歳の誕生日を迎えます。亡くなったという報道や発表は出ていません。
ネット上には「重い病気なのでは」「もう亡くなっているのでは」といった書き込みも見られますが、これらはいずれも根拠のない憶測です。2020年に体調を崩したことは報じられていますが、病名は公表されていません。逝去の報道も出ておらず、確認できる最新の情報では、松田聖子さんと同じ家で穏やかに暮らしておられます。
90歳を超えれば体の不調があるのは自然なこと。ご本人は一般の方ですから、ここから先を詮索するのは控えるのが筋でしょう。
これからも親子仲良く過ごされてほしいですね。
まとめ
今回は松田聖子の母・蒲池一子の顔写真がこちら!現在の生活や病状についてもまとめた
という事で、松田聖子さんの実家や両親(父・母)、兄弟姉妹など家族についての記事をお届けしました。
- 松田聖子さんの母親・蒲池一子さんは、八女市の庄屋の娘で名家の出だった
- 松田聖子さんの父親・蒲池孜さんは、旧家の出で芸能界入りに猛反対だった
- 松田聖子さんは母親に配慮した新居で、母娘仲良く暮らしている
- 松田聖子さんの兄・蒲池光久さんは現在ファンティックの代表取締役社長
- 母・一子さんは2026年で93歳。「重病」「逝去」説はいずれも根拠のない憶測
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。



