広島東洋カープの先発ローテーションを長年支え、2025年からはオリックス・バファローズでプレーする九里亜蓮(くりあれん)さん。

2021年には自身初のタイトルとなる最多勝(13勝)を獲得し、その後もチームの先発の柱として投げ続けている実力派右腕です。
そんな九里亜蓮さんを育てた実家や、お父さん・お母さんとはいったいどんな方なのでしょうか。
今回は九里亜蓮はハーフで父親のマークはアメリカ人!お母さんや妹もまとめた!
今回は九里亜蓮さんの実家や両親、兄弟姉妹、さらに現在の家族についても、できるだけ詳しく調べてみました。
九里亜蓮の実家はお金持ち?
まずは九里亜蓮さんの実家がどこにあるのか、から見ていきましょう。
九里亜蓮の実家の場所は鳥取県米子市!
九里亜蓮さんの実家があるのは鳥取県米子市です。
米子市といえば、鳥取県内でもっとも多くの湯治客が訪れる皆生温泉があることで知られる街です。
「米子の奥座敷」や「山陰の熱海」と呼ばれることもあり、観光地・歓楽地として親しまれています。
九里亜蓮さんはこの米子市で生まれ、少年時代を過ごしています。
小学3年生の時には父と一緒にアメリカへ渡っていますが、こちらは1年ほどで帰国することになったそうです。
小学校を卒業したあとは、米子市立後藤ヶ丘中学校に進みました。

九里亜蓮さんはこの中学時代、素行が荒れていた時期があったことを自ら明かしています。
そうしたなかで不良グループとの間にトラブルが起こり、中学3年の途中で米子市立東山中学校に転校することになりました。転校先には、あえて自宅からいちばん離れた学校が選ばれたともいわれています。

中学卒業後は岡山理大付属高校に進み、そこから亜細亜大学へと進学しています。
2013年のドラフト会議で広島東洋カープから2位指名を受け、プロ入りを果たしました。それから約11年間カープの一員として投げ続けましたが、2024年オフに海外FA権を行使し、同年12月にオリックス・バファローズへの移籍を発表。2年総額4億円で契約し、背番号「22」を背負って新天地での再スタートを切っています。
こうした経歴からも、九里亜蓮さんの実家は鳥取県米子市にあるとみて間違いなさそうです。
九里亜蓮の実家はお金持ち?
結論からいうと、九里亜蓮さんの実家が裕福だったという情報は見当たりませんでした。
実家の経済状況をうかがい知るヒントとしては、
小学校6年生のときに両親が離婚している
という事実が挙げられます。
両親が離婚したあと、九里亜蓮さんを引き取って育てたのは母親でした。
母親は父親に代わって働きに出る必要に迫られ、出張で自宅を空ける日も少なくなかったそうです。
そういった事情もあり、九里亜蓮さんは祖母のもとで一緒に暮らすようになったといいます。
とはいえ、幼少期に生活が苦しかったことをうかがわせるエピソードは、これといって見つかりませんでした。
ただ、祖母の力があったとしても、母親が女手ひとつで息子を育て上げるのは決して楽ではなかったはずです。
これらを踏まえると、九里亜蓮さんの実家が特別裕福だった可能性は低いと考えるのが自然でしょう。
九里亜蓮の実家の両親(父・母)はどんな人?
続いて、九里亜蓮さんのお父さんとお母さんについても詳しく見ていきます!
九里亜蓮の父・マーク・アントニオ・シェックはアメリカ人!
九里亜蓮さんのお父さんの名前はマーク・アントニオ・シェックさんといい、アメリカ国籍の方です。

マークさん自身は、父親が沖縄の米軍基地に勤務していた関係で日本で生まれたという経歴の持ち主です。
基地内の高校に通って野球部に所属し、卒業後はアメリカの大学に進んでいます。
その後は打撃に定評のある遊撃手として、アトランタ・ブレーブス傘下の3Aチームに加入しています。
ところが膝を痛めてしまったことがきっかけで、わずか20歳で現役を退くことになりました。
その後マークさんは日本に戻って結婚し、そこで生まれたのが九里亜蓮さんでした。
九里亜蓮さんの187cmという恵まれた体格には、間違いなくマーク譲りの血が流れているのでしょうね。
マークさんと妻が離婚したのは、九里亜蓮さんが小学6年生のときのことでした。
離婚後はアメリカに戻って生活しており、ハリケーンなど災害からの復興に関わる仕事をしているとのことです。
九里亜蓮さんが野球の道に進んだのも、マークさんの存在が大きかったようです。
幼少期はコーチ役として野球を教え、プロ入りしてからも自主トレに付き合っていたといいます。
野球以外にも、いろいろなスポーツをマークさんから仕込まれたそうです。
マークさんとしては、息子にどんな形であれスポーツの道で活躍してほしいという思いがあったのかもしれません。
今もインターネットを通じて息子の活躍を追いかけているそうで、遠く離れていても楽しみにしている様子がうかがえます。
九里亜蓮の母・早登江はシングルマザーとして息子を育てた!
九里亜蓮さんのお母さんは早登江さんといい、女手ひとつで息子を育て上げた方です。

掲載した写真では、いちばん右に写っているのが早登江さんです。
年齢を感じさせないほど若々しく、とても綺麗な方だとわかりますね!
先にも触れたとおり、夫であるマークさんとは九里亜蓮さんが小学6年生の時に離婚しました。
アメリカ出身のマークさんとどのようなきっかけで出会ったのか、また離婚の理由については、現時点でも明らかになっていません。
離婚後は父親役も担う形で、営業の仕事に就くようになったそうです。
仕事柄出張が多く家を空けることが増えたため、九里亜蓮さんは祖母の淳子さんのもとで生活するようになったといいます。
写真で九里亜蓮さんの右に写っているのが、祖母の淳子さんです。
そうした経緯もあり、九里亜蓮さんにとって淳子さんは、母親に負けないくらい大切な存在になっているようです。
九里亜蓮の両親のエピソードも紹介!
ここからは、九里亜蓮さんとご両親にまつわるエピソードをいくつか紹介していきます。
九里亜蓮の原点は父
以前、九里亜蓮さんが自身の野球のルーツについてインタビューで語ったことがあります。
野球を始めたきっかけを「父親が野球をやっていたので、その影響ですね」と語った九里亜蓮さん。
物心つく前から、父・マークさんがプレーする姿を写真やビデオで見て育っており、それが野球を始めるきっかけになったといいます。
プロを意識し始めた時期について聞かれても、九里亜蓮さん自身にははっきりとした記憶がないそうです。
しかし幼少期から「(プロに)行くわー!」と漠然と思っていたそうです。
また、お父さんについてはこんな風にも語っています。
父親がマイナー選手だったので叶えられなかった夢を、自分が叶えたいなという思いはずっとありました
と話しており、怪我によって野球を諦めざるを得なかった父の悔しさが、ずっと心の中にあったようです。
息子がプロの舞台で結果を残す姿を見て、マークさんもきっと喜んでいるはずですね。
父親は一番の理解者
プロ入りしてからずっと、九里亜蓮さんは「父に自分の投球を見せたい」という夢を抱いていたそうです。
その思いが届き、2023年には父・マークさんが実際に来日しています。
プロとして活躍する息子の姿を初めて生で目にしたマークさんは、



亜蓮君が楽しそうにプレーしている。言葉にならない
と、しみじみとした様子で語っていました。
先述のとおり、九里亜蓮さんが野球を始めたきっかけは父の影響でした。
子どもの頃の九里亜蓮さんに対して、マークさんはずっと「好きなことをやりなさい。夢を追いかけなさい」と声をかけ、息子の意志を尊重するスタンスを貫いてきたそうです。
オフシーズンには九里亜蓮さんの調整に付き添ったり、登板の翌日には試合の感想をメールで送ってくれたりするなど、離れていても息子を気にかけているようです。
プロの世界に飛び込んだことをきっかけに、離れて暮らす父との距離もぐっと縮まったのかもしれませんね。
野球の話はあまりしないですが『あのボール、甘かったね』みたいなことは言ってくれます。(自分の)奥さんと子どもを連れていったら喜んでくれましたね
引用:https://www.nikkansports.com/baseball/news/201906160000398.html
そして最後には「いつかは次の舞台に挑戦したい思いもあるのでは。悔いのないように」と、息子のこれからの挑戦にもエールを送っていました。
物理的には離れて暮らしていても、マークさんは今も昔も九里亜蓮さんにとって一番の理解者なのでしょう。
「特攻隊長」を更生させた祖母
両親が離婚したあと、祖母・淳子さんのもとで暮らすことになった九里亜蓮さん。
やがて中学に入学しますが、そこで上級生の不良グループから絡まれる出来事が起きてしまいます。
もともと地毛が茶色みを帯びていたうえに体格も大きかったため、周囲から目をつけられやすかったようです。
そんな窮地で頭に浮かんだのが、以前父から言われた言葉でした。



男ならケンカでやられたら次の日にやり返せ!
翌日には3年生の番長格に1対1の勝負を挑み、見事に勝利しています。
この一件をきっかけに不良グループから声をかけられるようになり、気づいたときには「特攻隊長」と呼ばれる立場になっていたそうです。
この頃の九里亜蓮さんは野球からもすっかり遠ざかり、荒れた中学生活を送っていました。
ところがある日、九里亜蓮さんの目に飛び込んできたのは、喧嘩相手の家に頭を下げに行く祖母・淳子さんの姿だったといいます。
このままじゃダメだ
その姿を目にした瞬間、九里亜蓮さんは不良グループから足を洗い、野球をやり直す決意を固めたそうです。
とはいえ、そう簡単に事は運ばなかったようです。
グループを離れたことを快く思わない元仲間たちから、その後も嫌がらせを受けることになったといいます。
当時のことについて、淳子さんはこう振り返っています。



何とか亜蓮を守らないとと思いました
と、当時の心境を語っています。
淳子さんは学校側に転校を訴えましたが、中学3年の夏という時期を理由に一度は却下されてしまいます。
それでも淳子さんは諦めることなく、知人のつてを頼って市議会議員に直談判し、最終的に転校を実現させています。
ただし転校を認めてもらう条件として、不良グループから身を守るために通学を車で送迎することが求められました。
その約束どおり、淳子さんはほぼ毎日、車で九里亜蓮さんの送り迎えをしていたといいます。
それでも野球を辞めずに続けたことが実を結び、中学卒業後はスカウトを受けて岡山理大付高へ進学することになりました。
この進学が、のちのプロ入りへとつながる大きな一歩になりました。
自分にとっての大恩人ともいえる祖母について尋ねられた九里亜蓮さんは、
おばあちゃんと母に旅行をプレゼントしたい。でも<金は自分で使え!>って言われそうだから、何かの抽選で当たったことにしないといけませんね
と、笑顔で答えていました。
両親と変わらないくらい、淳子さんは九里亜蓮さんにとってかけがえのない存在なのでしょうね。
九里亜蓮は結婚している?妻と子供についても紹介
実家や両親の話に加えて、九里亜蓮さん自身の家族についても触れておきます。
九里亜蓮さんはプロ3年目の2016年に結婚しており、お相手は同郷・鳥取県出身で同学年の一般女性だと報じられています。中学時代の同級生が交際を経て結婚に至った、という馴れ初めも伝えられていますね。
お相手の女性は一般人ということもあり、名前や顔写真は公式には明かされていません。ネット上では「さやさん」という名前が噂されることもありますが、こちらはあくまで確証のない情報のため、事実として断定はできません。
夫婦の間には子供も2人おり、長男の名前は「蓮恩(れおん)」くんと報じられています。2026年にはスポーツ紙で結婚10周年を迎えたことが取り上げられ、仲睦まじい2ショットとともに「いつまでたっても仲良いな!」と評判になっていました。実家を離れた今も、九里亜蓮さんは新しい家族に恵まれ、公私ともに充実した日々を送っているようですね。
九里亜蓮の兄弟姉妹も調査!
続いて、九里亜蓮さんに兄弟や姉妹がいるのかについても調べてみました!
九里亜蓮の兄弟は妹!!
九里亜蓮さんには妹がおり、名前は「九里聖莉奈」さんといいます。


写真を見ても、とても美人な妹さんだとわかりますね!
聖莉奈さんは、九里亜蓮さんがプロ入りした2013年の時点ですでに現役モデルとして活動していました。
米国人の父、日本人の母を持ち、妹聖莉奈さん(19)は現役モデルというイケメンルーキーは「トマトをしっかり食べられるようになって、日本一に貢献したい」と珍目標も忘れなかった。
引用:https://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20131210-1229357.html
身長は173cmあり、まさにモデル体型と呼べるスタイルの持ち主です。
元野球選手であるアメリカ人の父と、美人の母、それぞれの血をしっかりと受け継いでいる印象ですね。
2021年には着物サロンCUCURUのモデルを務めるなど、モデルとしての活動を続けていました。
一時期は芸能事務所に所属していたという情報もありますが、現在の活動状況についてはっきりしたことはわかっていません。
SNS上でもたびたび兄の活躍を紹介しており、兄妹仲の良さがうかがえます。試合会場で応援する姿が目撃されることもあり、兄の一番の応援団のひとりといえそうです。
— 九里 聖莉奈 (@kuriserina) February 17, 2024
これからも兄妹それぞれの活躍から目が離せませんね!
まとめ
今回は九里亜蓮はハーフで父親のマークはアメリカ人!お母さんや妹もまとめた!
ここまで、九里亜蓮さんの実家や両親(父・母)、兄弟姉妹、そして現在の家族についてまとめてお届けしました。
- 九里亜蓮の実家の場所は鳥取県米子市
- 九里亜蓮の実家がお金持ちであるという可能性は低い
- 九里亜蓮の父・マーク・アントニオ・シェックはアメリカ人
- 九里亜蓮の母・早登江はシングルマザーとして息子を育てた
- 九里亜蓮は2016年に結婚し、子供2人にも恵まれている
- 2024年オフにFA権を行使し、オリックス・バファローズへ移籍
- 九里亜蓮の兄弟は妹でモデルとして活躍していた
以上が、九里亜蓮さんの家族についてわかったことです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。