モデル・タレントとして活躍する井手上漠(いでがみ ばく)さん。

「性別はない」という自分らしさを貫き、ジェンダーレスなモデルとして、2018年から芸能活動を続けています。
そんな井手上漠さんを、誰よりもそばで支えてきたのがお母さんです。顔立ちは井手上漠さんとそっくりだそうで、「お母さんも美人なの?」「お父さんはどんな人?」という声もよく聞かれます。
この記事では、井手上漠さんの実家がある島のことや、お母さん・お父さん、1つ上のお姉さんについて、ご本人の言葉を中心に紹介していきます。
井手上漠のプロフィール
- 名前:井手上漠(いでがみ ばく)
- 生年月日:2003年1月20日(2026年10月時点で23歳)
- 出身:島根県隠岐郡海士町
- 学歴:海士町立海士中学校 → 島根県立隠岐島前高校
- 資格:国際メイクアップアーティスト1級
中学3年生だった2017年には、ありのままの自分を語った弁論「カラフル」で、第39回少年の主張全国大会の文部科学大臣賞を受賞しました。最高賞の内閣総理大臣賞に次ぐ、全国2位にあたる賞です。
翌2018年には「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でDDセルフプロデュース賞を受賞し、芸能活動をスタートしています。
その後は、2024年に『セレブ男子は手に負えません』『若草物語』、2025年には『セラピーゲーム』とドラマへの出演も増え、2025年2月には初の美容本『自信がつく美容、美容でつく自信』も出版しました。2026年11月には出演映画『呪いのスマホ』の公開も控えています。
井手上漠の実家の両親(父・母)はどんな人?
井手上漠の父親は名付け親!両親は離婚
井手上漠さんのご両親は、井手上漠さんが幼いころに離婚しています。
雑誌のインタビューでも「母と姉との3人家族でずっと暮らしてきました」と話していて、物心ついたころから、お母さんとお姉さんとの3人暮らしでした。
離婚の理由については、ご本人も一切語っていません。
お父さんについて井手上漠さんが明かしているのは、名前の由来の話です。
2026年3月に公開された東京都のインタビューで、井手上漠さんは「砂漠のように広い心を持ってほしいと、父が名付けてくれました」と明かしています。
お母さんは、もっと優しい響きの名前を考えていたそうですが、名付け親になったのはお父さんだったんですね。
一方で、ネット上では「お父さんは島の外の人で、今も島外で暮らしているのでは」という推測も見かけます。井手上漠さんがテレビで「島で不倫するとすぐにばれる」と話していたことから広まったようですが、これはお父さんについて語った言葉ではなく、根拠のない推測です。
名付けの話のほかに、お父さんの現在や親子の交流について、井手上漠さんは2026年10月16日時点でも語っていません。
井手上漠の母親は一番パワーをくれる人
お母さんは一般の女性です。
お母さんは1人で働きながら、井手上漠さんとお姉さんを育ててきました。
中学の弁論大会で全国の舞台に立ったときも、高校で制服の自由化を実現したときも、一番の力になったのはお母さんだったといいます。
井手上漠さんお母さんは私の一部。母子家庭で育ったので、私にはお母さんしかいないんです。頼りになる人もお母さんしかいないし、一番の味方がお母さん。
顔立ちから得意料理まで、井手上漠さんの話に出てくるお母さんの素顔はこちら。
- 井手上漠さんとそっくりの顔立ち
- 子育ては意外と厳しめ
- いつも前向きで、決してブレない
- ひざ枕での「耳かき」タイムが井手上漠さんのお気に入り
- 得意料理は、アスパラガスが山盛り入ったタラコクリームパスタ
「漠は漠のままでいい」
小学校の高学年になり、男女で分けられる場面が増えてくると、長い髪や話し方、しぐさを男子の同級生から「気持ち悪い」と言われるようになりました。
髪を短くして周りに合わせようとしても、うまくいかない。図書館でこっそり性別に関する本を読んでも、自分がどれにも当てはまらない。
「みんなには正解があるのに、なんで私はこんなに正解がない中で生きてるんだろう、どこで何を間違ったんだろう」
そうやって、ずっと自分を責めていたんです。
中学2年生のある日の夕食後、お母さんが「漠は男の子が好きなの?」と切り出しました。
井手上漠さんは20分ほど泣き続け、学校であったことも、調べてもわからなかったことも、初めて全部を話しました。お母さんは黙って、そのすべてを聞いてくれたそうです。
話し終えたあと、お母さんがかけた言葉がこちら。
「漠は漠のままでいいんだよ」
それは、当時の井手上漠さんがずっと欲しかった言葉でした。
「母だけだったんですよ、唯一私を否定しない信頼できる大人が」と、井手上漠さんは振り返っています。
学校でつらいことがあっても、家に帰ればお母さんが受け止めてくれる。そこから井手上漠さんは周りの目を気にしすぎず、大好きな美容を学び始めるなど、好きなものに囲まれて過ごすようになりました。
すると性格もどんどん明るくなって、気づけば友だちも自然と増えていました。
校長先生に直談判したブレない母
中学生のころ、伸ばした前髪を結んで登校したら、先生に注意されたことがありました。
その話を聞いたお母さんは、なんと校長先生のところへ行き、こう伝えました。



女子には髪を結べというのに、漠が髪を結ぶのはなぜダメなのですか
校長先生もお母さんの意見を受け入れ、井手上漠さんは髪を結んだまま学校に通えるようになりました。
ただ、お母さんは何でも井手上漠さんの味方をするわけではありません。友だちとケンカをしたときには、必ずこう言われたそうです。



漠が悪いよ。漠のこういうところは良くない。謝っておいで
「なんで味方してくれないの?」と思っても、あとでお母さんの言葉を思い返すと、カッとなって自分のことを棚に上げていたことに気づけたんだとか。
忙しい中でも、晩ごはんは家族そろって食べ、その日のことを話す時間にしていたお母さん。
ときどき仕事の愚痴をこぼすこともありましたが、それは誰かの悪口ではなく、「お母さんもあなたたちと同じように、悩んだり迷ったりするよ」と伝えるような話し方だったそうです。
カミングアウトする前、周りの目に悩んでいた井手上漠さんは、お母さんにこう叱られたこともありました。



自信がなくて弱い人を見ると、傷つけたくなる人はどこにでもいるもの。
だから自分が変わらない限り、周りからバカにされ続けるしかないんだよ。
この言葉で気持ちが切り替わり、今の強い井手上漠さんになれたといいます。



最近はなんだかどんどん母に似て、強くなれているのを感じています
フォトエッセイを読んだ母からのメッセージ
井手上漠さんは、フォトエッセイ『normal?』を出版しています。


この本を読んだお母さんから、長いメッセージが届きました。そこには、それまで一度も見せなかったお母さんの弱音が書かれていたそうです。
漠が戦ってきた18年はお母さんが母として強くなれた18年でした。漠が上京した後も、本当に自分の子育てが正しかったか、この子たちはお母さんの子供で幸せだったんだろうかと考える毎日が続いてました。(略)「normal?」を読ませてもらって、やっとこれで良かったんだと思えました。
井手上漠さんは、このメッセージを電車の中で読んで、思わず泣いてしまったと明かしています。
メッセージには、小学生だった井手上漠さんがリカちゃん人形の髪をポニーテールにしてカバンに入れ、「リカちゃんの散歩行ってきた~!」とうれしそうに帰ってきた日のことも書かれていました。
その笑顔を見たお母さんは、こう思えたんだとか。



漠がどっちかなんて関係ない。
私が生んだかわいい子供に変わりないんだ。
それからは、誰に何を言われても「うちの子、かわいいでしょ?」と胸を張れるように、お母さんなりに努力を重ねてきたそうです。
お母さんがそこまで悩んでいたことを、井手上漠さんはこのとき初めて知りました。そして「お母さんのせいではなく、お母さんのおかげなんだよ」と伝えています。
自分にしかわからない価値観や自分にしか抱けない感情を幼いながらに感じてここまで
生きてこられたのは、母が私を産んで、しっかり育ててくれたからこそなんです。
私は母の子供でよかったなと心から思っています。引用:https://gendai.media//articles/-/83623?media=frau
反抗期のときでさえ、お母さんは見放したり呆れたりせず、本気で向き合ってくれたといいます。
成人の日に読んだ母への手紙
2023年には、日本郵便の成人の日キャンペーンのWEB動画「成人の誓い」編で、お母さんへの感謝の手紙を読み上げました。


お母さんに相談はしても、最後に決めるのはいつも井手上漠さん自身。芸能界に入るときも、お母さんはこう言ったそうです。



漠の人生だから、よく考えて自分で決めなさい
あれこれ指示をしないことで、自分で決める力を育ててくれたと、井手上漠さんは感謝しています。
そんなお母さんの写真はなかなか出てきませんが、以前出演した『情熱大陸』では家族写真が紹介されていました。


後ろ姿なので顔はわかりませんが、細身のシルエットが写っています。
また、井手上漠さんが着ていたこちらの青いワンピースは、実はお母さんのもの。


お母さんの顔がはっきりわかる写真は公開されていません。それでも「美人」と言われるのは、井手上漠さん本人が「母とそっくり」と話しているからのようです。
2025年10月には、Instagramでお母さんとの「買い物デート」を報告し、お母さんが撮った写真を公開していました。「ファッションのセンスが昔から同じ」と書いていて、今も変わらず仲の良い親子のようです。
井手上漠の家族のエピソードも紹介!
子どものころの井手上漠さんのそばには、厳しかった祖父母と、味方になってくれた中学の先生もいました。
「男は男らしく」の祖父母
おじいちゃん・おばあちゃんは、昔ながらの厳しい考えの方だったと伝えられています。
「男は男らしく」という考えで、大好きなプリキュアごっこも禁止。スカートをはいたり、人形で遊んだりしていると、きつく叱られたそうです。
祖父母がどんな思いで厳しくしていたのかは、井手上漠さんも語っていません。
それでも、かわいいものに惹かれるきっかけをくれたのも、祖父母でした。
3歳のとき、祖父母に連れて行ってもらった結婚式で見たウエディングドレスに心を奪われたのが、今の井手上漠さんの原点なんだそうです。
そして時がたち、ふるさとの隠岐でフォトブックを撮影したときには、おじいちゃんが撮影現場を見に来てくれました。
今では「綺麗だね」と言ってくれるようになったといいます。
「かわいいじゃん!」と言ってくれた先生
結んだ前髪を注意されて、モヤモヤしていた中学生のころ。
その髪を見て、真っ先にこう言ってくれた先生がいました。



かわいいじゃん!
井手上漠さんのすべてを初めて受け入れてくれた先生、能海千文(のうみ ちふみ)先生です。
先生にだけ見せるつもりで書いた、ありのままに生きることをテーマにした弁論文。それをみんなの前で発表する場をつくってくれたのが、この先生でした。
この弁論が、先ほど紹介した少年の主張全国大会での文部科学大臣賞につながっていきます。
井手上漠の実家はお金持ち?
井手上漠の実家の場所は島根県の海士町!
井手上漠さんが生まれ育ったのは、島根県の隠岐諸島にある海士町(あまちょう)です。
人口はおよそ2,200人。ご本人も「人口約2000人の島」と話していて、島の人はだいたい顔見知りという環境で育ちました。
高校を卒業するまでずっと実家で暮らしていたので、東京での仕事が入るたびに、移動だけで丸1日がかりだったそうです。
通っていたのは、島に1つしかない海士町立海士中学校です。島内の2つの小学校から、子どもたちがみんなこの中学校に進みます。


中学校が1つなので、校区から実家の場所を絞り込むことはできません。海士町は島じゅうが顔見知りのような土地柄で、地元の人どうしなら「あの家の子」で通じるとも言われています。
ちなみに実家では猫を2匹飼っています。ただ、井手上漠さん本人は猫アレルギーで、触れないんだとか。
井手上漠の実家はお金持ち?
ネットでは「井手上漠さんの実家はお金持ち」という噂も見かけますが、そう言えるような情報は見つかりませんでした。
わかっているのは、井手上漠さんの家庭がお母さんが1人で家計を支える母子家庭だったということです。
ご本人も「うちは母子家庭だったので母は働き詰めでした」と話していて、お母さんは子どもとの時間を大切にしながらも、朝から晩まで働いていたそうです。
高校は島前地区で唯一の高校、隠岐島前高校に進学しました。


在学中には、トランスジェンダーに悩む友人と2人で「制服選択の自由化」を学校に働きかけ、実現させています。
このほか、上京するまでに特別な習い事をしていたという話もありません。
なお、お姉さんのSNSを見ると、出張や長期の本土勤務など、忙しく働いている様子が伝わってきます。




母子家庭だったこと以外に、井手上家の暮らし向きがわかる話は出ていません。
ちなみに、海士町のキャッチコピーは「ないものはない」です。
井手上漠の兄弟姉妹も調査!
井手上漠の兄弟は1つ上の姉!!
井手上漠さんには、1つ年上のお姉さんがいます。
お名前は井手上暖乃(いでがみ のんの)さん。井手上漠さんのインスタライブに一緒に出たこともあります。


- 井手上暖乃
- 2001年4月12日うまれ
- ニキビができない体質(お母さんゆずり)
肌にニキビができにくいのは、お母さんから受け継いだ体質なんだとか。誕生日の2001年4月12日は、ご本人が発表したものではないので、正確かどうかはわかっていません。
ジュノンボーイコンテストのときには、SNSで弟のことを熱心に応援していたお姉さん。
YouTubeでは、井手上漠さんの成人をサプライズのケーキでお祝いする場面で、カメラ係を買って出ていました。



このためにカメラ替わったの??
と聞かれて「うん♡」と答えていて、弟のサプライズにもしっかり付き合ってくれるお姉さんです。
Instagramのストーリーでは、「お姉ちゃんと遊んだ」という写真も公開しています。


左側の黒い服を着ているのがお姉さんです。
「わたしのおねえちゃんありえないほどべっぴんですのよ」と、井手上漠さんはお姉さんをべた褒め。コスメや洋服を貸し借りしたり、おしゃれの情報を交換したりする仲なんだとか。



私よりずっと顔が小さくて、美人で、優しい自慢の姉なんです。
仲良くできてすごく幸せ。
お姉さんも今は地元を離れ、東京で暮らしています。
お姉さんも悩んでいた
年の近い姉弟だからこそ、お姉さんにもつらい時期がありました。
周りから「漠ちゃんって変わってない?」と聞かれるのが苦手で、井手上漠さんがジェンダーレスであることを打ち明けたころは、ストレスを感じることも多かったそうです。
お姉さんは井手上漠さんを責めることはなかったものの、2人の関係は少しぎくしゃくしてしまいます。
それでも、お母さんがお姉さんの相談に乗ったり、お姉さんが弟の活動を見たりするうちに、少しずつ理解が深まっていきました。
好きなファッションのジャンルなど、似ているところがとても多い姉弟なんだとか。



お姉ちゃんでなければ、私もこうやって生きてなかったんじゃないかな、と思うぐらい大きな存在です
お姉さんは看護師を目指していた?
お姉さんは、看護師の国家試験に向けて勉強していた様子をSNSに投稿していたことがあります。


ただ、試験の結果や、今どんなお仕事をしているのかは公表されていません。
ちなみに井手上漠さんも、18歳で上京してすぐに美容の専門学校に通い、合格率20〜30%と言われる国際メイクアップアーティスト1級の資格を取っています。
井手上漠の恋愛・結婚と2026年の近況
2026年10月16日時点で、井手上漠さんの熱愛や結婚の報道はありません。
恋愛については「好きになる人に性別は関係ない」と話していて、男性・女性という枠で相手を決めていないことを明かしています。
ネット上では「好きなタイプは芯がある人」「将来子どもは欲しい」「恋愛経験はない」といった話もまとめられていますが、いつ・どこで話したものなのか出典がはっきりせず、真偽は不明です。
そして2026年5月20日、井手上漠さんはXとnoteで、2025年に豊胸手術を受けていたことを公表しました。
「女性になりたかったわけじゃない」としたうえで、性別をどちらにするかではなく、どう在れば自分が自然でいられるかを大切にした決断だったと説明しています。
手術は「想像していたより遥かに怖かった」そうで、術後は痛みで眠れない夜が続き、何度も泣いたことも綴っていました。それでも今は「自分の感性に身体が追いついてきた」と感じているそうです。
周りの人を悲しませてしまうのではないかと悩んだことにも触れていますが、ご家族がどう受け止めたのかについては書かれていません。
公表後には応援の声が多く寄せられた一方、匿名の掲示板などには心ない書き込みも見られました。井手上漠さん自身は、悩み抜いて選んだ決断だったと綴っています。
なお、豊胸手術はご本人が公表した事実ですが、それ以外の「顔も整形している」といった噂については、裏付けとなる情報はまったくありません。
まとめ
今回は「井手上漠は母も超美人!?父や兄弟など実家の家族情報もまとめた!」と題して、井手上漠さんの実家や家族についてまとめました。
- 井手上漠さんは2003年1月20日生まれ、島根県隠岐郡海士町出身
- 実家は人口約2,200人の海士町。お金持ちという情報はなく、母子家庭の一般的な家庭
- 両親は幼いころに離婚。名前の「漠」は「砂漠のように広い心を」と父が名付けた
- 母親は一般人で、「漠は漠のままでいい」と受け止めてくれた一番の味方
- 祖父母は「男は男らしく」と厳しかったが、今では祖父が「綺麗だね」と言ってくれる
- 1つ上の姉・井手上暖乃さんがいて、コスメや服を共有する仲良し姉弟
- 2026年10月時点で熱愛・結婚の報道はなく、2026年5月に豊胸手術を公表した
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。