俳優に歌手、そしてタレントと、幅広く活躍された渡辺徹(わたなべとおる)さん。

1980年放送のドラマ『太陽にほえろ!』でラガー刑事を演じてデビューを飾り、その2年後の1982年には『彼〈ライバル〉』で歌手としてもデビューしています。
そんな渡辺徹さんですが、ご実家やお父さん・お母さんは、いったいどんな方達だったのでしょうか?
今回は渡辺徹の実家の両親(父・母)はどんな人?兄弟姉妹など家族情報も調査!
という事で今回は、渡辺徹さんの実家や両親、そして兄弟姉妹といった家族まわりの情報をまとめてみました!
目次
渡辺徹の実家の場所はどこ?実家は2か所あった?
それではまず、渡辺徹さんのご実家から見ていきましょう!
渡辺徹の実家の場所や住所はどこ?
渡辺徹さんの実家の場所や住所は、どのあたりだったのでしょうか。
茨城県古河市に転居
渡辺徹さんが生まれたのは栃木県小山市で、わずか生後3カ月のうちに茨城県古河市松原町へと移り住んでいます。

この松原町での住まいは、6畳と台所(4畳半)の二間しかない長屋だったそうです。
つくりも簡素な物件だったようで、渡辺徹さん自身も「ベニヤ板の仕切りなので隣の家の声が筒抜け」だったと振り返っています。
なお、この松原町の家の正確な住所までは公表されていません。
その後、渡辺さん一家は幼稚園の年長にあたる頃に、同じ古河市内の茨城県古河市小砂町へと引っ越しています。
幼稚園の年長の時、同じ古河市内の松原町から小砂町へ引っ越す。高校1年の最初の頃まで住んだ、六畳、四畳半に台所、風呂付きの平屋は渡辺さんにとって一番思い出深い家である。一方で、小学校に上がる頃に父親が体を壊し、家計的には最も苦しい時期でもあった。
https://bunshun.jp/articles/-/59153?page=2
この小砂町の家は、6畳と4畳半に台所、そしてお風呂まで付いた長屋だったとのこと。
渡辺徹さんにとっては、この小砂町の家こそが一番思い出深い住まいだったようですね。
こちらも、くわしい住所までは分かっていません。
ちなみに2022年8月28日には、渡辺徹さんがご自身のブログで、茨城県の実家の片付けをしたことを綴っていました。
その中では「空調の効かない 蒸し風呂の中 汗まみれにながらの作業」と、夏場の大変さを書き残しています。
片付けを終えたあとは、ホテルでシャワーを浴び、蕎麦屋さんで食事をしたともつづっていましたよ。
埼玉県北川辺町に家を建てる
そして渡辺さん一家は、のちに埼玉県へと拠点を移すことになります。
じつはかつて父親が体を壊した時期があり、その際は家計が一気に苦しくなって、母親も内職をしながら一家を支えていたのだそうです。昭和の歌番組。渡辺徹が実家の自室で友人と鍋なんぞつつきながら歌う。背後には、あぁ憧れのオープンリール。 pic.twitter.com/CGaiCIYbtC
— kamatanomiki (@kamatanomiki) August 12, 2023
幼かった渡辺徹さんは、遠足の費用を知らせるプリントを、こっそり親に見せずに隠していたといいます。
きっと、お金のことで両親に心配をかけたくないという、子どもなりの気づかいだったのかもしれませんね。
そんな苦しい状況の中で父親は、「俺は頑張って1からやり直す。10年後には家を建てるぞ」と家族の前で力強く宣言したのだとか。
その宣言どおり、それから10年後、渡辺徹さんが高校1年生になった春に、父親は埼玉県北川辺町(現在の加須市)に本当に家を建ててしまったのです。
この家は父親の実家の農地を譲り受けて建てたもので、2階建てのなかなか立派な一軒家だったといいます。
この北川辺町の家には、その後ご両親が長く暮らしていたそうですよ。

家を建てるという目標を10年で実現させたお父さんは凄いですね
渡辺徹の実家はお金持ち?
渡辺徹さんは小学3年生の頃からサッカーに打ち込んでいたそうです。
さらに父親の影響もあって音楽にも興味を持ち、音楽クラブに入ってトランペットを吹いていたとのことですよ。
父親が病に倒れてからの暮らしについて、渡辺徹さんは「家計はどん底で、いくらおふくろが内職をしても追いつかなかった」と当時の苦労を明かしていました。
もともとはそこまで貧しかったわけではなさそうですが、父親が病気をきっかけに、一時的に生活が苦しくなってしまったようですね。
こうして見てみると、渡辺徹さんのご実家がお金持ちだったという確かな情報は、今回見つけることができませんでした。
一時は家計がかなり厳しかった時期もあったようですが、最終的には家を建てられるまでに立て直したわけですから、決して生活力のないご家庭ではなかったのでしょうね。
渡辺徹の実家の両親(父・母)はどんな人?
続いては、渡辺徹さんのご実家のお父さん・お母さんについて見ていきましょう!
渡辺徹の父親は流しのアコーディオン弾き!
まずは、渡辺徹さんの父親がどんな男性だったのかをご紹介します。
こちらの写真は、2023年11月に撮影された渡辺徹さんの父親と、お孫さんにあたる渡辺裕太さんの一枚です。
渡辺徹さんの一周忌にあたる日、茨城県古河市で上演された朗読劇『続・家庭内文通』の千秋楽に、父親が足を運んだ際の様子なのだそうです。


渡辺徹さんの父親は、流しのアコーディオン弾きとして生計を立てていた方でした(お名前は渡辺徹也さんと伝えられていますが、これはネット上で語られているもので、確かな裏付けまでは取れていません)。
栃木から茨城、そして埼玉へと住まいを変えていることからも、ひとつの土地に定住せず、あちこちの盛り場を流して回る暮らしぶりだったことがうかがえますね。
渡辺徹さんの母親とは、母親側の両親(渡辺徹さんの祖父母)に結婚を反対され、駆け落ち同然で結ばれたのだといいます。
母親側のご両親からすれば、収入の安定しない仕事の男性に嫁いでは、娘が苦労してしまうのではと案じたのかもしれませんね。
父親の正確な年齢は分かっていませんが、2015年4月には夫婦そろって介護施設へ入居しています。
報道された範囲では、父親はその後も施設で暮らしていたとされていますが、ご高齢のため近年の詳しい近況までは確認できていません。
先立った渡辺徹さんも、きっと天国から父親のことをそっと見守っているのではないでしょうか。
渡辺徹の母親は食堂の看板娘
では、渡辺徹さんの母親はどんな方だったのでしょうか。
渡辺徹さんの母親は美江子(みえこ)さんといい、茨城県古河市にあった食堂の看板娘として知られた方だったそうです。
その食堂の店名や、くわしい場所までは分かっていません。
食堂では厨房を任されていたといいますから、かなりの料理上手だったことがうかがえますね。
そんな実家の食堂で働いているうちに、のちの夫となる渡辺徹さんの父親と親しくなっていったのだそうです。
そんな母親の美江子さんですが、2015年5月17日に肺炎のため75歳で逝去されています。
こちらは、その際に営まれた母・美江子さんの告別式の様子を写したものです。





渡辺徹さんとお母さまが、天国で会うことができていれば良いですね。
渡辺徹の両親のエピソードも紹介!
ここからは、渡辺徹さんのご両親にまつわるエピソードをいくつかご紹介していきますね。
父親は息子にアドバイスをしていた
流しを生業にしていた父親は、朝はゆっくり眠り、夕方から仕事に出かけるという昼夜逆転の暮らしをしていました。
仕事柄、家にはギターはもちろんのこと、トランペットやドラムセットまでひと通り揃っていたのだとか。
おかげで、父親やお弟子さんの生演奏をバックに盛大なカラオケ大会が開かれていたそうですよ。
その賑やかさに近所の人たちまで集まってきて、飲んだり歌ったりの大宴会になっていたといいます。
さらに、渡辺徹さんの結婚にまつわる、こんなエピソードも残っています。
妻となる榊原郁恵さんを親戚にお披露目する場が、なんと大晦日の大宴会で設けられたのだそうです。
その宴の席では、渡辺徹さんの父親の伴奏に合わせて、榊原郁恵さんがヒット曲『夏のお嬢さん』を披露することになったのだとか。
そして渡辺徹さんが28歳だった1990年には、父親から



向こう(妻)のお母さんに尽くしまくって、バランスがちょうどよく取れるぐらいだぞ
という言葉をかけられていたことを、のちに『徹子の部屋』で語っていました。
この「尽くしまくって、バランスがちょうどよく取れる」という父親からの言葉を、渡辺徹さんは妻の榊原郁恵さんにも伝えていたそうです。
するとそれを聞いた榊原郁恵さんは、「じゃあ私は(渡辺徹の)お父さんお母さんに尽くして尽くして尽くしまくる」と返したのだとか。なんとも素敵なやり取りですよね!
母親は息子のファンと交流していた
渡辺徹さんの母親は、まだ赤ちゃんだった渡辺徹さんを、毎日かかさず銭湯へ連れて行っていたそうです。
というのも、母親は赤ちゃんは毎日お風呂に入れないと死んでしまうと信じ込んでいたからなのだとか。
あるとき、台風の日にまで息子を銭湯へ連れて行ったところ、お店の店主から



こんな時に銭湯に来るなんて何考えてるんだ!
と、思わず叱られてしまったというエピソードもあるそうですよ。
また母親には、息子である徹さんを介さず、ファンの方と直接やり取りをしていたという、なんとも気さくな一面もありました。
このエピソードは、2015年のマイナビニュースのインタビューで、渡辺徹さん本人が明かしていたものです。
そうしてファンと直に交流していたからでしょうか、母親のお葬式には、たくさんの花が届けられたといいます。
たった一人の息子で、俺にとってたった一人のおふくろだったけど、そうじゃないんだな、みんなのおふくろだったんだなと思いました
https://news.mynavi.jp/article/20150527-a337/
きっと、お人柄のあたたかい母親だったのでしょうね。
渡辺徹の兄弟姉妹も調査!
最後に、渡辺徹さんに兄弟や姉妹がいたのかどうかも調べてみました!
はたして、渡辺徹さんにご兄弟やご姉妹はいたのでしょうか。
渡辺徹に兄弟姉妹はおらず一人っ子?
結論からお伝えすると、渡辺徹さんに兄弟や姉妹がいるという情報は見つかりませんでした。
どうやら渡辺徹さんは、一人っ子として育った可能性が高そうです。
じつは父親は当初「子供はいらない」と話していたそうですが、それを母親が説得したことで生まれてきたのが、渡辺徹さんその人なのだとか。
ここまで兄弟姉妹の情報が出てこないということは、やはり渡辺徹さんは一人っ子だったと考えるのが自然そうですね。
兄弟姉妹こそいなかった渡辺徹さんですが、その分祖父にとても可愛がられていたそうですよ。
母方の祖父といえば、もともと渡辺徹さんのご両親の結婚に反対していた人物ですが、それでも孫の徹さんには、こっそりと会いに来てくれていたのだといいます。
その祖父のことを、渡辺徹さんは後年「毎日のようにフラッと来てはポケットから紙にくるんだ今川焼を「はい」とくれて10分ぐらいで帰って行く」と、懐かしそうに振り返っていました。
娘の結婚にはあれほど反対していた祖父も、やはり孫のことは可愛くて仕方がなかったのでしょうね。
はじめは父親が子供を望んでいなかったとはいえ、渡辺徹さんはご両親や祖父の愛情をたっぷり受けて育ったのかもしれませんね。
まとめ
今回は渡辺徹の実家の両親(父・母)はどんな人?兄弟姉妹など家族情報も調査!
という事で今回は、渡辺徹さんの実家や両親(父・母)、そして兄弟姉妹といった家族まわりの情報をお届けしてきました。
- 渡辺徹さんは栃木県小山市生まれで、生後3カ月のうちに茨城県古河市へ移り住んだ。
- 父親は流しのアコーディオン弾き、母親(美江子さん)は食堂の看板娘だった。母は2015年に逝去。
- 渡辺徹さんは兄弟姉妹のいない一人っ子だったとみられる。
以上のような内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました!