フリーアナウンサーとして、テレビやSNSで活躍を続けている岡副麻希(おかぞえまき)さん。

2024年5月に第1子となる女の子を出産したことでも、大きな反響を集めていましたね。
そんな岡副麻希さんですが、実家やお父さん、お母さんは一体どんな方たちなのでしょうか?
今回は岡副麻希の母の死因はくも膜下出血…実家の父や兄弟など家族もまとめた!
と題して、岡副麻希さんの実家や両親、兄弟姉妹など、家族にまつわる情報を調べてみました。
岡副麻希の実家はお金持ち?
まずは、岡副麻希さんのご実家について見ていきましょう!
岡副麻希の地元は大阪府富田林市
岡副麻希さんのご実家は、大阪府富田林市にあると言われています。
そう考えられる理由としては、
- ご出身地:大阪府富田林市
- お父さんが富田林市の公務員として勤務
という点があり、大阪府富田林市とは非常に縁の深い暮らしをされてきたことがうかがえます。
さらに岡副麻希さんは、2023年4月14日付で「とんだばやしふるさと応援団」のアンバサダーにも就任しました。
就任時のコメントでは、
私を育ててくれた富田林市はとにかく人があたたかいんです!
と語っていたことからも、岡副麻希さんのご実家が大阪府富田林市であることは間違いなさそうですね。
岡副麻希の実家は裕福だった?
岡副麻希さんのご実家は、ある程度恵まれた家庭だったのではないかと言われています。
そう言われている理由は、
- お父さんが公務員という安定した職業
- 水泳・水球のほか、ピアノも15年間習っていた
- 出身中学:大阪桐蔭中学校(学費目安は約300万円)
- 出身高校:大阪桐蔭高等学校(学費目安は約470万円)
- 出身大学:早稲田大学文化構想学部 文芸・ジャーナリズム論系(学費目安は約640万円)
という経歴から、教育費・学費にはかなりの出費がかかっていたことがうかがえますね。
こうした点を踏まえると、岡副麻希さんのご実家はそれなりに裕福な家庭だったのではないかと考えられます。
岡副麻希の実家の両親(父・母)はどんな人?
続いて、岡副麻希さんのお父さん、お母さんについても調べてみました!
岡副麻希の父親は富田林市の公務員
岡副麻希さんのお父さんは一般の方で、お名前や顔写真といった情報は公開されていません。
富田林市の公務員として働かれているとのことです。
岡副麻希さんは幼い頃から右脳教育に通わせてもらい、幼稚園時代には3つもの塾を掛け持ちしていたそうです。
こうしたエピソードからも、お父さんはとても真面目で教育熱心な方だったのかもしれませんね!
岡副麻希の母親の名前はひとみさん
岡副麻希さんのお母さんは、ひとみさんとおっしゃいます。
大阪市住吉区安孫子の出身なのだそうです。
2020年放送の「人生が変わる1分間の深いい話」では、年齢不詳の美魔女として番組で取り上げられたこともあります。
岡副麻希さんのインスタグラムにもたびたび登場していて、ファンの間でも「綺麗な方」と話題になっていたようです。
そんな仲の良い母娘の2ショットが、こちらです。


口元のあたりなど、岡副麻希さんとよく似ている印象を受けますよね!
ひとみさん本人の話によると、似ているのは顔の輪郭と後ろ姿なのだそうです。
過去にはあごの先を動かすという謎の特技を2人そろって披露したこともあるそうで、母娘の仲の良さが伝わってきます。
ほかにも、
- 毎日のように母親とLINEでやり取りしていた
- 恋愛の話も母親に相談していた
- 母親と話すときは自然と関西弁になる
といったエピソードからも、良好な母娘関係がうかがえますよね!
しかし、母・ひとみさんは55歳という若さで亡くなられています。
一体なぜ、ひとみさんは亡くなってしまったのでしょうか。
この経緯については、このあとご両親のエピソードとして詳しくご紹介していきますね。
岡副麻希と両親のエピソード
ここからは、岡副麻希さんとご両親にまつわるエピソードをご紹介していきます。
母親が急逝した理由とは?
お母さんが亡くなった原因は、「くも膜下出血」だったとのことです。
2023年4月に実家へ帰省し、母親と一緒に買い物を楽しんでいた岡副麻希さん。その後、自宅で話していた最中に、突然お母さんが寄りかかってきたのだそうです。
当時の様子について、岡副麻希さんは
1分前まで結婚式の話をして私に寄りかかってきたと思ったら、もう意識がなくて。
と振り返っています。
岡副麻希さんは、この母親のことについて自身のSNSでも投稿していました。


その投稿によると、
- 母・ひとみさんは2023年4月7日にくも膜下出血で倒れ、同月21日に息を引き取った
- 倒れる前の週の前半あたりから、頭痛を訴えていた
- もともと偏頭痛持ちだったうえ、花粉症がひどい時期と重なっていたため、耳鼻科の受診を勧めていた
とのことです。
岡副麻希さんは母親が亡くなったまさにその時、テレビの生放送に出演していたのだそうです。
朝の時点で危険な状態だという連絡は受けていたものの、生放送を終えたあとに訃報を知り、そこから病院へ駆け付けたということです。
幼少期には希望する習い事を何でも習わせてくれ、結婚するときには手書きの料理レシピ本を用意してくれていたという、愛情深いお母さんだったそうです。
そんな母親について、岡副麻希さんは
自分のなかで「あのとき…」という気持ちはどうしようもなくて。
と話しており、母親の頭痛を脳神経外科の受診につなげられなかったことを、今もどこかで悔やんでいるようです。
自分自身が母親に耳鼻科の受診を勧めてしまったことを後悔している、とも語っていました。
母親のことをあえてSNSで公表した理由には、2011年にくも膜下出血で倒れ、長く闘病を続けていた「globe」のKEIKOさんの記事が関係しているようです。
そのKEIKOさんの記事に触れた岡副麻希さんは、
すこしでも、ひとりでも、頭の片隅に頭痛のこわさをおいてもらうきっかけとなれたら。
との思いから、母親のことをSNSで発信することを決めたようです。
2022年7月には、岡副麻希さんと、夫でレーシングドライバーの蒲生尚弥さん、そして母親の3ショットも公開されていました。


岡副麻希さんが結婚を機に移り住んだ御殿場まで母親が足を運び、55歳の誕生日を一緒に祝った時の写真だったようです。
母親を突然亡くしたショックは、簡単に癒えるものではないはずです。
それでも、くも膜下出血という病気の怖さを多くの人に伝えるため、母親の逝去をあえて公表する道を選んだ岡副麻希さん。
天国のお母さんも、娘のそうした立派な決断や行動を誇らしく見守っているに違いありません。
岡副麻希の結婚観と現在の暮らし
岡副麻希さんは2022年4月6日に、レーシングドライバーの蒲生尚弥さんと結婚しました。
母親を亡くした悲しみや、ご自身の流産といったつらい経験を乗り越え、2024年5月5日には第一子となる女の子を出産しています。


結婚式は静岡県の「日本平ホテル」で挙げており、ホテルの庭園から見える駿河湾と富士山、緑の景色が美しいと本人も度々紹介しています。結婚を機に移住した静岡県御殿場市の暮らしについても、「移住して良かった」と満足している様子を明かしていました。
過去のインタビューで、結婚観に関する質問には、
お母さんのように温かく見守ってくれる男性が理想。家事はやります。
と答えており、花嫁修業は後回しでもいいけれど孤独死はしたくない、とも話していました。
このコメントからも、お父さんがお母さんのことを温かく見守っていた夫婦関係がうかがえますよね。
目標だった通りに、素敵な旦那様と結婚し、子宝にも恵まれた岡副麻希さん。
2026年現在、娘さんは2歳に成長し、スーパーGTの応援や家族旅行など、3人で過ごす時間を大切にしているようです。天国のお母さんも、娘の幸せな様子をきっと喜んでいるでしょうね!
母親との最期の面会エピソード
母親が入院・治療を受けていた当時はコロナ禍の真っ只中で、面会がまったくできなかったそうです。
看護師さんがテレビ電話越しに母親の姿を見せてくれたそうですが、たくさんの管につながれた姿はまるで別人のように見えたといいます。
それでも、亡くなる直前の3日間だけは、1日15分に限って面会が許可され、母親のもとへ会いに行くことができたそうです。
とはいえ、目の前にいる母親がどうしても別人のように感じられてしまい、初日は触れることすらできなかったといいます。
2日目になってようやく母親に触れられるようになった岡副麻希さんは、看護師さんから「マッサージをしてあげるといい」とアドバイスを受けたそうです。
その帰り道に母親のお気に入りだったボディクリームを買い求め、3日目の面会でマッサージをしながら塗ってあげたのだそうです。
マッサージをするうちに母親の手が温かくなり、ピクッと動いたことをきっかけに、その日ようやく母親の姿をまっすぐ見られるようになったといいます。
残念ながら、その翌日に母親は息を引き取ってしまったそうですが、
先生曰く「痛みも感じてないから、本人は苦しくないと思います」という言葉だけが救いでした。
と、当時のことを振り返っていました。
結局、母親が目を覚ますことはありませんでしたが、大好きなボディクリームの香りやマッサージが嬉しくて、身体が反応してくれたのかもしれませんね。
母親は「親友」のような存在だった
過去のインタビューで「お母さんはどんな人だったか」を尋ねられた岡副麻希さん。
岡副麻希さんによると、お母さんは、
- とにかく明るくて天真爛漫な性格だった
- 一人っ子の自分をほぼワンオペで育ててくれた
- 休日には母親の運転する車で、いろいろな場所へ2人で出かけた
- 母親でありながら親友のような存在でもあった
と話していて、「今の自分が子育てで大変なときに、母だったら絶対に駆けつけてくれただろうな」とも答えていました。
そんな母・ひとみさんは、娘の結婚式に向けて和装用・洋装用それぞれのブーケを手作りしてくれていたそうです。
母親の死去から4か月が経っていた結婚式当日は、そのブーケを手にし、母への感謝をしたためた手紙とともに挙式に臨んだのだそうです。
挙式の最中には、虹が見えたのだそうです。
その虹を見て、岡副麻希さんは
母が近くにいてくれているような気がしました。
と話していました。
友人への出産祝いを買うために、母親と一緒にファミリアへ出かけたときのこと。母親の、
「かわいいからこれ買えば?」
という一言をきっかけに、母子健康手帳ケースを2人で選んで購入したのだそうです。
その後まもなく本当に妊娠が発覚したそうで、「不思議な感じがした」と振り返っていました。
出産前には、お腹の大きかった若い頃の母親のビデオを見て涙を流したそうで、
私がしてもらったように、この子と一緒に成長していけたらなって
と話していました。
さらに実家で自分自身の母子手帳を見つけたそうで、今では娘さんの母子手帳と一緒に大切にしまっているとのことです。
つわりの様子や妊娠8か月目あたりまでの体の変化が母親のときとそっくりだったそうで、直接話を聞くことはできなくても、この手帳がいろいろなことを教えてくれているのだそうです。
母・ひとみさんが遺してくれたものの一つに、岡副麻希さんが幼少期に使っていた勉強机があります。2025年11月、岡副麻希さんは実家に帰省した際に母親の遺品整理を行ったことをSNSで報告し、「懐かしいもの、母を感じられるものがでてきてなかなか進まない」と当時の心境をつづっていました。そのなかで持ち帰ったのが、幼い頃に母親と二人三脚で勉強に使っていたという机で、「父が大切に保管してくれていた」というコメントも添えられており、母親だけでなく父親の優しさもうかがえるエピソードとなりました。この投稿には2歳になった娘さんとその机で一緒にお絵描きをする写真も添えられていて、母から自分へ、そして自分から娘へと受け継がれていく家族の絆を感じさせてくれます。これからも母親が残してくれたものを大切にしながら、家族で幸せに暮らしていって欲しいですね!
岡副麻希の兄弟姉妹も調査!
岡副麻希さんに兄弟や姉妹がいるかどうかについても調べてみました!
岡副麻希は一人っ子で兄弟姉妹はいない
調べた限りでは、岡副麻希さんに兄弟や姉妹がいるという情報は見つかりませんでした。
過去に出演した「今夜くらべてみました」でも、岡副麻希さんは一人っ子の箱入り娘として紹介されていました。
これらの情報から、岡副麻希さんには兄弟姉妹がおらず、一人っ子である可能性が高そうです。
まとめ
今回は岡副麻希の母の死因はくも膜下出血…実家の父や兄弟など家族もまとめた!
と題して、岡副麻希さんの実家や両親(父・母)、兄弟姉妹など、家族にまつわる情報をお届けしました。
- 岡副麻希さんの実家は大阪府富田林市にある
- 岡副麻希さんはある程度裕福な家庭で育ったのではないかと言われている
- 岡副麻希さんの父親は一般の方で、富田林市の公務員として働いており、娘の勉強机を大切に保管しておくなど愛情深い一面がある
- 岡副麻希さんの母親はひとみさんといい、くも膜下出血のため55歳という若さで亡くなっている
- 岡副麻希さんに兄弟姉妹はおらず、一人っ子である
- 2025年11月には実家の遺品整理を行い、母の思い出の品を通じて家族の絆を改めて感じるエピソードを公表している
以上のような内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただき、ありがとうございました!