元宝塚歌劇団・宙組トップスターの芹香斗亜(せりか とあ)さん。

2023年6月に宙組の9代目トップスターとなり、2025年4月27日の東京宝塚劇場の千秋楽で退団しました。退団後は歌手・俳優として活動し、2026年1月には1stシングル「ひかり」を配信しています。
芹香斗亜さんは、お母さんが元タカラジェンヌ、お父さんが元プロ野球選手という、舞台とスポーツの両方に縁のある家庭で育ちました。
- 母親:元宝塚月組の男役・白川亜樹さん
- 父親:元プロ野球投手・山沖之彦さん(阪急・オリックス・阪神)
- 兄:1人。かつて神戸で和食店を開いていた
芸名の「亜」をお母さんから受け継ぎ、母娘2代で宝塚の男役に。この記事では、そんなご両親とお兄さん、親子のエピソードを紹介していきます。
芹香斗亜のプロフィール
- 芸名:芹香斗亜(愛称はキキ)
- 生年月日:1990年1月20日
- 出身:兵庫県神戸市
- 身長:173cm
- 宝塚:93期生(2007年入団)
2007年に初舞台を踏んで星組に配属され、2012年に花組、2017年に宙組へ。入団17年目でトップになった「遅咲き」のスターとして知られています。
愛称の「キキ」は、サンリオのキャラクター「リトルツインスターズ」のキキに似ていることから、星組時代の上級生だった安蘭けいさんが付けたものです。
芹香斗亜の母は元宝塚の白川亜樹
母は月組の男役スター
お母さんは、宝塚歌劇団65期生の白川亜樹(しらかわ あき)さん。本名は木綿子(ゆうこ)さんです。

1979年に入団し、月組の男役スターとして活躍しました。身長は172cmと、当時としてもかなりの長身だったそうです。

退団は、山沖之彦さんとの結婚をきっかけにした「寿退団」でした。退団した年は1984年とも、1985年の『ガイズ&ドールズ』とも言われていて、はっきりしません。
芸名の「斗亜」の「亜」は、お母さんの芸名「亜樹」から1字もらったものです。
子育て後は宝塚ホテルのバーテンダーに
結婚後は家事と子育てに専念していた白川亜樹さん。2023年のFRIDAYのインタビューで、当時をこう振り返っています。
そもそも器用な人間ではないので、好きなことをしながら夫を支えるのは無理だと感じていたんです。
子どもたちの手が離れた2002年ごろ、声をかけられて宝塚ホテルのバーテンダーに。そこで13年間働き、「お客様の笑顔が自分の喜びになるということをあらためて実感しました」と話しています。

今はレビュー舞踊を教えている
今は、同期の五月梨世さんと一緒に、洋楽に合わせて日本舞踊を踊る「レビュー舞踊」を教えています。着付けの資格も取ったそうです。

ネットでは「舞踊・白川倶楽部の家元」とも言われていますが、白川亜樹さんが「家元」を名乗っているのかどうかははっきりしません。
芹香斗亜の父は元プロ野球選手の山沖之彦
阪急のエースだった父
お父さんは、元プロ野球投手の山沖之彦(やまおき ゆきひこ)さんです。

- 生年月日:1959年7月26日
- 出身:高知県
- 身長:191cm
- 経歴:中村高校(1977年春のセンバツ準優勝)→専修大学→阪急・オリックス(1982〜1994年)→阪神(1995年)

1981年のドラフト1位で阪急ブレーブスに入団し、1984年に最優秀救援投手、1987年には19勝で最多勝に輝きました。引退後は野球解説者などとして活動しています。
タカラジェンヌの母とプロ野球選手の父の出会い
両親が出会ったきっかけは、野球観戦でした。お母さんの同期の五月梨世さんが球場に誘ってくれたのが始まりだったそうです。
夫を支えた母の苦労
お母さんはFRIDAYで、プロ野球選手の妻としての苦労も明かしていました。
夫は野球のことを家に持ち帰らない主義だった一方で、成績が悪いと、誹謗中傷の手紙が届くこともあったそうです。「つらくて悔しくて、なんとか勝たせなきゃと思いましたね」と話しています。
婚約会見の定番だった「お姫様抱っこ」は、男役のタカラジェンヌだったので「ナシです(笑)」だったんだとか。
3歳まで父が怖かった
体の大きなお父さんは、幼い芹香斗亜さんにとっては少し怖い存在だったようです。
3歳頃までは、体が大きく日に焼けた父が怖かったです。
お父さんに会うと泣いて、お母さんの「半径2メートル以内」から離れない子どもだったそうです。この話は産経新聞のインタビューとして紹介されていますが、元の記事は確認できませんでした。


2014年に芹香斗亜さんが阪急宝塚駅の1日駅長を務めたときには、お父さんも見守りに来ていました。
芹香斗亜の兄はどんな人?
兄は2メートル超のスポーツマン
芹香斗亜さんは、お兄さんと2人きょうだいです(FRIDAYでは「1男1女」)。
お兄さんの山沖陽介さんは、お父さんゆずりの大柄な体格で、身長は2メートルを超えるそうです。中学までは野球、高校からはアメリカンフットボールをしていたと紹介されています。
ネットでは「身長203cm」「バスケットボール選手」と書かれていることもありますが、どちらも出どころがはっきりしない話です。
兄が始めた「おばんざいカフェ花唄」
お兄さんは、東京で会社員として働いたあと、調理学校に入り直して有名ホテルで修業。2021年1月に、神戸市灘区で「おばんざいカフェ花唄」を開きました。


オープン当初から、お父さんがエプロン姿で給仕を手伝うこともあったそうです。


その後、お兄さんは2022年に結婚し、お相手の家業である織物会社で修業することに。お店はご両親が引き継ぎ、夫婦で営んでいると2023年のFRIDAYで紹介されています。


2023年の取材の時点で、お母さんは「いまはお店が楽しくて!」と話し、家庭料理を出していたそうです。その後、お店は2023年10月ごろから休業しているとも言われていて、理由はお母さんの腰痛だという話です。
地図で示したのが、灘区にある花唄の場所です。閉店のお知らせは出ていませんが、2026年10月16日時点で営業を再開したのかどうかはわかりません。
芹香斗亜の親子エピソード
芸名は家族で考えた
「芹香斗亜」という芸名は、家族で考えたものです。
- 「芹香」は、「天空の」という意味を持つ自動車「セリカ」から
- 「斗亜」は、お母さんの芸名から1字もらい、赤ちゃんの名付け辞典も参考に
両親の方針は「やりたいことを応援する」


両親の教育方針は「子どもたちがやりたいことを応援する」というものだったと紹介されています。
ネットでは、中学3年で急に宝塚を受験したいと言い出し、約2か月の準備で合格したという話も広まっています。ただ、宝塚受験のこの話を本人が語ったのかどうかはわかっていません。
2005年4月の宝塚音楽学校の入学式には、ご両親がそろって出席していました。
退団の日に「両親に伝えます」
2025年4月27日の東京公演の千秋楽。カーテンコールで、客席から「生まれてきてありがとう」と声がかかると、芹香斗亜さんは「両親に伝えます」と返しています。
退団については「心残りはない。充実して満足して最高の気分」と話していました。
宙組の劇団員死亡問題と芹香斗亜
芹香斗亜さんが宙組のトップスターを務めていた時期には、劇団員の死亡問題も起きています。
2023年9月30日、宙組に所属していた25歳の劇団員が亡くなりました。芹香斗亜さんがトップになって初めての大劇場公演は、開幕2日で中止になっています。
2024年3月28日、劇団と阪急阪神ホールディングスは遺族と合意書を結び、上級生や劇団幹部によるパワハラを認めて謝罪しました。ただ、誰がどの行為をしたのか、個人名は公表されていません。
一方で、週刊文春は、芹香斗亜さんがパワハラを否定し続けていた、遺族との話し合いの場で謝罪しなかった、などと報じました。2024年3月の文春オンラインでは、合意の前に一転して認める意志を固めたとも伝えています。これらは週刊誌の報道で、劇団が芹香斗亜さんの関与を認めたものではありません。
2024年9月の退団会見で、団員の死が退団に影響したかを聞かれた芹香斗亜さんは、「トップ就任時には大劇場公演3作と決めていた。直接は関係していない」と答えています。この問題について、本人が自分から詳しく語ったことはありません。
まとめ
今回は「芹香斗亜の母は元宝塚の白川亜樹で父はプロ野球選手!親子エピソードもまとめた!」と題して、芹香斗亜さんの家族についてまとめました。
- 母は元宝塚月組の男役・白川亜樹さん。退団後は宝塚ホテルのバーテンダーを13年務め、今はレビュー舞踊を教えている
- 父は元プロ野球投手の山沖之彦さん。1987年に最多勝
- 兄は2メートル超の元スポーツマン。神戸で開いた和食店は、2023年時点で両親が引き継いだと報じられた(現在の営業状況は不明)
- 芸名は家族で考え、「亜」は母の芸名から
- 宙組の劇団員死亡問題では、週刊誌で名前が挙がったが、劇団は個人名を公表していない
- 2025年4月に退団し、今は歌手・俳優として活動している
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。