タレントのハリー杉山(すぎやま)さん。

イギリス人の父と日本人の母のもとに生まれ、日本語・英語・中国語を話します。2023年7月の『FNS27時間テレビ』では「100kmサバイバルマラソン」で優勝し、2026年の東京マラソンでは自己ベストの2時間52分54秒で走りました。
家族はこの顔ぶれです。
- 父:ヘンリー・スコット・ストークスさん。イギリス人のジャーナリストで、2022年に83歳で死去
- 母:杉山あき子さん。日本人
- 兄弟:いない一人っ子
- 実家:東京都港区とロンドンのチェルシーの二拠点
ハリー杉山のプロフィール
- 名前:ハリー杉山(すぎやま)
- 生年月日:1985年1月20日
- 出身:東京都
- 学歴:ウィンチェスター・カレッジ → ロンドン大学SOAS(中退)
- 所属:テイクオフ
11歳でイギリスに渡り、13歳から名門のウィンチェスター・カレッジで学びました。ロンドン大学SOASでは中国語を専攻し、北京師範大学にも1年留学しています。家族を支えたいという思いもあって大学を離れ、日本で芸能の仕事を始めました。
ハリー杉山の実家はどこ?
港区とロンドンの二拠点
ハリー杉山さんの実家は、東京都港区とロンドンのチェルシー地区にそれぞれアパートがあり、行き来して暮らしていたそうです。2024年10月のCHANTO WEBの連載で、本人が明かしていました。
日本に戻ってからは、都内の実家でお父さんと一緒に暮らしています。生まれたのは港区の虎の門病院という話もあります。
通っていたインターナショナルスクール
子どものころの学校について、本人はこう話しています。
5-6歳くらいから、英国系インターナショナルスクールに通いました。
当時の東京にあった英国系のインターナショナルスクールは「ブリティッシュ・スクール・イン・東京」だけだったため、ここに通っていたとみられています。現在のキャンパスは、渋谷と昭和女子大学の敷地内の2か所です。
渋谷キャンパスはこちらです。
昭和キャンパスはこちら。
どちらも渋谷区・世田谷区にほど近い場所で、港区の実家からも通える距離です。
実家はお金持ち?
ハリー杉山さんの実家は「お金持ち」とよく言われます。お父さんがフィナンシャル・タイムズやニューヨーク・タイムズの東京支局長を務めた有名な記者で、家系がイングランド王のエドワード1世につながるという話があるためです。
エドワード1世については、本人がブログでこう書いていたとされています。
僕のひいおじいちゃん x 18です。もう700年前のお話。「冷酷な王」と言うイメージが映画の影響であるかもしれませんが、イギリス人にとってはレジェンドに近い存在で、国や国民の心を一つにしたと言われてます。
王家とのつながりは、本人がブログでつづったこの話がもとになっています。
一方で、本人は2024年のCHANTO WEBで、うちは大富豪ではなかったと話しています。お父さんがフリーの記者になってからは収入に波があり、ウィンチェスターの学費も安くはありませんでした。13歳のとき「うちって毎月家賃をいくら払っているの?」と聞き、そこから家計簿をつけ始めたそうです。
ウィンチェスター時代を振り返ったとされる、こんな言葉もあります。
同窓生たちはお金持ちの子が多かったですが、僕は、ちょっとしたお小遣いでもテンションが上がっていました!
裕福な家の子が多い名門校のなかで、ハリー杉山さんの暮らしぶりはつつましいほうだったようです。
ハリー杉山の父親はヘンリー・スコット・ストークス
父の経歴
お父さんは、イギリス人ジャーナリストのヘンリー・スコット・ストークスさんです。


- 1938年6月15日、イギリス・サマセット州グラストンベリー生まれ
- ウィンチェスター・カレッジからオックスフォード大学に進み、修士号を取得
- 1962年にフィナンシャル・タイムズに入社し、1964年に来日して初代東京支局長に
- 1967年からタイムズ、1978〜83年はニューヨーク・タイムズの東京支局長
- その後はフリーランスの記者として活動
日本外国特派員協会の最古参で、岸信介さん、安倍晋太郎さん、安倍晋三さんの3代を取材した唯一の外国人記者とも言われていました。ハリー杉山さんが生まれたのは、お父さんが46歳のとき(47歳とする記事もあります)です。


三島由紀夫と親しかった
お父さんは作家の三島由紀夫さんと親しく、家族ぐるみで付き合っていました。2人が出会ったのは1966年、特派員協会での取材の場です。
1968年、ホテルオークラで三島さんを30分待たせてしまい、叱られたことがありました。それからは約束の15分前に着くようにしていたそうです。楯の会の体験入隊にも、外国人としてただ1人同行しています。
1970年11月25日はマニラへの便が台風で欠航になり、臨時ニュースで三島さんの自決を知りました。前もって届いていた手紙の意味に気づけなかったことを、ずっと悔やんでいたといいます。1974年には評伝『三島由紀夫 死と真実』を出しました。
このほか『英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄』(祥伝社新書、2013年)などの著書もあり、介護施設に入ってからも出版を続けています。
小さいころの家族写真
子どものころのハリー杉山さんと、お父さんの写真です。


ハリー杉山さんは、お父さんを「ヘンリー」と呼んでいました。お母さんの真似をしたもので、お父さんのほうは「ハリー」と呼び返していたそうです。
5〜9歳ごろには、特派員協会の記者会見に連れて行かれたこともありました。「この部屋に入った以上、君はフリーランスのジャーナリストだ」と、質問するよう促されたんだとか。
父がかけてくれた言葉
お父さんの言葉に、何度も救われてきたそうです。
トヨタカップでACミランが来日したときには、選手たちの泊まるホテルでお父さんに背中を押されたこともあったといいます。
サッカーのトヨタカップで来日していたACミランの選手たちが宿泊しているホテルで「声をかけてみなよ」と背中を押してくれました。
オックスフォード大学の受験に落ちたときのことは、2020年の日本経済新聞で語っています。父方の一族でオックスフォードにもケンブリッジにも受からなかったのは自分だけで、落ち込んでいたところに、お父さんは「You failed upwards(君は上に向かって失敗したんだ)」と声をかけました。
芸能の道に進むときも反対はされませんでした。2024年のキユーピーのインタビューによると、「書くこともいいけれど、テレビの前での自己表現を極めなさい」と言われたそうです。2014年に2人でイギリスの故郷を訪ねたときには、「I just want you to do whatever you want to do in your life.(好きなことをして生きてほしい)」とも言われています。
本人は「いくら頑張っても親父にはなれないって分かりました」とも話していました。
パーキンソン病と認知症
お父さんは2012年にパーキンソン病、2013年にレビー小体型認知症と診断されました。
27歳だったハリー杉山さんは一人暮らしをやめて実家に戻り、お母さんと2人で在宅介護を始めます。
父親は子供の頃から尊敬していましたし、よき父親でよき親友のような存在でした。
最初のうちは、病気だと認められなかったそうです。老いのせい、怠けているだけと思い込んでいました。
当時、僕と母は全身全霊で父を在宅介護しており、体調や仕事のクオリティはどんどん下がっていきました。そんな中で父が何もできない姿に「なんで1人で着替えられないの、面倒くさがるの」と思ってしまいました。
2024年のCHANTO WEBでは、当時のことを「父自身を殴っても…いや、命を奪ってもおかしくない精神状態」と振り返っています。壁を穴が開くほど殴ったこともあったといいます。
2014年から区立の特別養護老人ホームのデイケアやショートステイを使い始め、2016年にはお父さんが施設に入りました。


NHK『ラジオ深夜便』(2022年9月号)では、施設に「助けて」と頼ったことで、家族3人とも人間らしい気持ちを取り戻せたと話しています。施設に入ってからのほうが、親子でいい関係を築き直せたそうです。コロナ禍で会えなかった時期は、タブレット越しに顔を合わせていました。
2022年4月に死去
お父さんは2022年4月17日、いつも過ごしていた施設の部屋で、お母さんの腕の中で亡くなりました。83歳でした。3月初めには誤嚥性肺炎で救急搬送されていて、人工呼吸器はつけないと家族で決めていたそうです。
ネットでは亡くなった日を「4月22日」「7月」とする記事もありますが、誤りです。
訃報を聞いたのは、テレビの企画で長野マラソンを走る直前でした。ハリー杉山さんはそのまま走り、自己ベストを出しています。4月19日、SNSでこう報告しました。
「最愛の父、親友、そして僕のヒーロー」と書き、最期は母の腕の中で安らかに眠ったとつづっています。6月には日本外国特派員協会がお別れの会を開きました。
ハリー杉山さんは今も、お父さんの結婚指輪を左手にはめてマラソンを走っています。
ハリー杉山の母親はあき子さん
母は杉山あき子さん
お母さんは杉山あき子さんです。


10代のころに美術を学ぶためにパリへ留学し、19歳のときにローマでお父さんと出会ったと言われています。ただ、出会った場所をフランスとする記事もあり、はっきりしたことはわかっていません。仕事や年齢は公表されていません。
若いころのお母さんの写真です。


ショートカットがよく似合っています。
父を一緒に介護した
ハリー杉山さんが11歳でイギリスに渡ったときは、お母さんが一緒でした。転校先の学校ではフランス語とラテン語の授業についていけず、「このままだといじめられる」と相談すると、両親はすぐに家庭教師をつけてくれたそうです。そこから必死に勉強し、スポーツも頑張って、クラスに溶け込んでいきました。
在宅介護のあいだ、お母さんはいつもハリー杉山さんの隣でお父さんを支えていました。人工呼吸器をつけないという最後の決断も、2人で下しています。
2022年3月には、X(旧Twitter)にお母さんの写真を載せ、「寝てるのか心配です」と投稿していました。2023年の100kmマラソンで手にした賞金1000万円も、ほとんどをお母さんに渡すと話しています。
母方の祖母も同居
実家では、日本人の祖母も一緒に暮らしていました。食卓を囲むのは父・母・祖母・ハリー杉山さんの4人と猫3匹で、和食はお母さんとおばあさんが作っていたそうです。
おばあさんは2012年に脳梗塞で亡くなりました。そばにいられなかったことを、本人は「十字架」と表現しています。
ハリー杉山の兄弟は?
一人っ子
ハリー杉山さんに兄弟はおらず、一人っ子です。2020年の日本経済新聞の記事でも、家族は「父、日本人の母、本人の3人」と紹介されていました。
8歳下のエディーさんという男性を、弟のようにかわいがっています。


エディーさんもイギリス系のハーフですが、血のつながりはありません。
親戚にフローレンス・ウェルチ
イギリスのバンド「フローレンス・アンド・ザ・マシーン」のボーカル、フローレンス・ウェルチさんとは親戚にあたります。2018年のJ-WAVEで、本人が「遠い親戚関係」と話し、日本に来たときに会ったことも明かしていました。
元駐日英国大使のサー・オスカー・モーランドさんも親戚だという話がありますが、ハリー杉山さん本人はこの関係に触れていません。
ハリー杉山は結婚している?
2026年10月時点で、ハリー杉山さんの結婚や交際の報道はありません。
ネットではSHELLYさんとの「35歳までにお互い独身なら結婚」という約束の話や、佐々木希さん、IMALUさんとの噂も出ていますが、いずれも交際が報じられたことはありません。
2026年10月17日時点では、同年4月に始まったフジテレビ系のF1番組でナビゲーターを務め、介護の経験を話す講演や連載も続けています。
まとめ
今回は「ハリー杉山の父はイギリス人のスコットで母親は超美人!実家の兄弟も調査!」と題して、ハリー杉山さんの家族についてまとめました。
- 実家は港区とロンドンのチェルシーの二拠点。本人は「大富豪ではない」と話している
- 父はジャーナリストのヘンリー・スコット・ストークスさん。三島由紀夫と親しく、2022年4月17日に83歳で亡くなった
- 父の認知症とパーキンソン病を母と在宅介護し、施設に頼ったことで関係を取り戻した
- 母はあき子さん。父の最期を腕の中で看取った
- 一人っ子で、フローレンス・ウェルチとは遠い親戚
- 2026年10月時点で結婚の報道はない
以上の内容がわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。