サッカー女子日本代表・なでしこジャパンの北川ひかる(きたがわ ひかる)選手。

左サイドバックとして、2024年のパリオリンピックではナイジェリア戦で直接フリーキックを決め、これが代表初ゴールになりました。2025年7月からはイングランドのエヴァートンでプレーしていて、2026年3月のAFC女子アジアカップでは決勝に先発し、アジア制覇に貢献しています。
金沢の実家とご両親、お兄さんについて、わかっていることは次の5つです。
- 実家:石川県金沢市
- 父:喜則さん。建物調査の仕事をしている
- 母:美千代さん。JFAアカデミー福島を勧めた
- 兄:1人。兄の影響でサッカーに夢中になった
- ハーフではない(本人がSNSで否定)
北川ひかるのプロフィール
- 名前:北川ひかる(きたがわ ひかる)
- 生年月日:1997年5月10日
- 出身:石川県金沢市
- ポジション:DF(左サイドバック)
- 所属:エヴァートン(イングランド)
- 背番号:13(代表・クラブとも)
所属クラブは、浦和レッズレディース、アルビレックス新潟レディース、INAC神戸レオネッサ、スウェーデンのBKヘッケンを経て、2025年7月にエヴァートンへ完全移籍しました。2026年10月16日時点でもエヴァートンに所属していて、10月の代表の欧州遠征メンバーにも選ばれています。
北川ひかるはハーフ?
本人が「ハーフじゃないよ」
ネットでは、北川ひかる選手はハーフではないかという噂もあります。茶色がかった瞳や、はっきりした顔立ちからそう思う人が多いようです。

ですが、本人はInstagramではっきり否定しています。質問コーナーでは「カラコンでもないし海外の血も流れてないよ!」と答えています。

プロフィール欄にも「よく聞かれるけどハーフじゃないよ」と書いていました。

北川ひかるの実家は石川県金沢市
金沢でサッカーを始める
北川ひかる選手の実家は、石川県金沢市にあります。石川県の県庁所在地で、日本海に面した街です。
サッカーを始めたのは、保育園のサッカー教室がきっかけでした。始めた年齢は「4歳」「5歳」「小学1年」と記事によって少しずつ違いますが、お兄さんの影響もあって、小さいころからボールを追いかけていたようです。2026年7月の北國新聞のインタビューでは、昼休みに男の子にまざってサッカーをしていたと話しています。
小学校は金沢市立泉野小学校です。

1年生のころからチームに入り、女子チームの「星稜PELバディ」と「菊川FCジュニア」をかけもちしていました。菊川FCジュニアの代表は、のちに北國新聞の取材で「後輩思いの優しい子」と話しています。
12歳でJFAアカデミー福島へ
2010年4月、北川ひかる選手はJFAアカデミー福島に5期生として入りました。石川県出身では男女を通じて初めてのアカデミー生です。親元を離れて寮で暮らし、最初は楢葉町立楢葉中学校に通いました。

ところが、2011年3月に東日本大震災が起こります。北川ひかる選手は福島の寮で被災し、アカデミーは静岡県御殿場市に移ることになりました。高校は福島県立富岡高校で、静岡県に置かれたサテライト校に通ったそうです。

アカデミー時代には中学生で社会人チームとの試合に出場し、2014年にはU-17女子W杯で優勝。2015年に浦和レッズレディースの特別指定選手になりました。
その後は早稲田大学スポーツ科学部に進み、在学中の2018年9月にアルビレックス新潟レディースへ移籍しました。

実家はお金持ち?
北川ひかる選手の実家は、お金持ちではないかとも言われています。理由としてよく挙げられるのは、次の2つです。
- 幼少期に多数の習い事をしている
- アカデミーは多額の費用がかかる
ひとつは、小さいころの習い事です。3〜6歳まではヴァイオリンを習っていて、当時のヴァイオリンは今も実家に残っているそうです。水泳やトランポリンにも通っていました。
もうひとつは、JFAアカデミーの費用です。寮生活のため、ネットでは「年間100万円ほどかかる」とも言われています。ただ、費用は年度によって変わるもので、北川ひかる選手が入った2010年当時の金額は確認できませんでした。

ご両親の仕事の収入や家の資産は公表されていないので、お金持ちかどうかまではわかりません(2026年10月16日時点)。はっきりしているのは、ヴァイオリンや水泳などを習わせ、12歳でアカデミーの寮に入る娘を送り出したということです。
北川ひかるの父・喜則さん
名前は県の資料に
お父さんの名前は喜則さんです。
2018年1月、北川ひかる選手が浦和レッズレディースでの活躍を石川県知事に報告したとき、県の発表資料に「北川ひかる選手父」として名前が載っていました。

年齢は公表されていません。
建物調査の仕事
お父さんは建物調査の仕事をしています。
2024年1月1日、能登半島地震が起きたとき、北川ひかる選手はお正月で金沢の実家に帰っていて、そこで被災しました。そして1か月後、お父さんの仕事を手伝うために能登へ向かいます。
今年1月の地震から1カ月後、父の建物調査の仕事を手伝うため能登を訪れた。
引用:https://www.nikkansports.com/olympic/paris2024/soccer/news/202407080001363.html?qrkydog_paris2024_page=SAL——————————-S
能登で見た光景を、北川ひかる選手はこう話しています。
北川ひかる本当に悲惨で。家も崩れて(危険と判断された)赤い札も見ました。断水は終わっても、復興は進んでいない
福島で東日本大震災を経験し、2011年のなでしこのW杯優勝に励まされた北川ひかる選手。パリ五輪を前に「今度は自分がそれをやる立場」と話していました。ネットでは「あの時は本当に勇気づけられた。今度は自分のプレーで能登に希望を与えたい」と話したとも言われていますが、本人がどの場で口にした言葉なのかはわかっていません。
北川ひかるの母・美千代さん
JFAアカデミーを勧めた母
お母さんは美千代さんです。2024年のデイリースポーツの記事では、60歳と紹介されていました。
小学4年生のころから、なでしこジャパンに入ることを目標にしていた北川ひかる選手。そのための進路を考えていたとき、JFAアカデミーを教えてくれたのがお母さんでした。
母・美千代さんの勧めで知ったのがJFAアカデミーだった。
引用:https://www.daily.co.jp/soccer/nadeshiko/2013/09/05/1p_0006311533.shtml
北川ひかる選手は、アカデミーを選んだ理由をこう話しています。



(出身の)石川県は環境が整っていないというのがあって、アカデミーは寮生活なんで、過ごしやすいなと思って
アカデミーに合格してから寮に入るまでの半年間、お母さんは毎晩のように娘に添い寝をして泣いていたそうです。
「負けず嫌いで努力家」
2024年、お母さんはデイリースポーツの取材に、娘についてこう話しています。
才能は全然ない子だと思うが、負けず嫌いで努力家
引用:https://www.daily.co.jp/olympic/paris2024/2024/08/01/0017957168.shtml
コーチに強く言われた日も、北川ひかる選手は帰りの車に乗るまで泣くのをこらえていたんだとか。お母さんが「もうサッカーやめる?」と聞いても、答えは「やめない!」だったそうです。
東日本大震災のときは、電話がなかなかつながらず、避難所にいる娘と話せたのはだいぶあとになってから。電話口で北川ひかる選手は「大丈夫だから心配しなくていい」と言ったそうですが、あとでアカデミーの関係者から、チームで一番泣いていたと聞いたといいます。
なでしこ入りに「涙が止まらなかった」
なでしこジャパンに選ばれたとき、お母さんはこう話していました。
ひかるが頑張ってきた証。翌日の新聞に大きく出て、すごい大きなことをするんだなと思うと、涙が止まらなかった
引用:https://www.daily.co.jp/olympic/paris2024/2024/08/01/0017957168.shtml
ネットでは、お母さんが「肩の荷がすっと下りた。大舞台で楽しんできてほしい」と喜んでいたとも紹介されていますが、こちらはどこで語られた言葉なのか、出どころが不明です。
オフは母とスピードミントン
2022年には、オフの日にお母さんと公園で「スピードミントン」をしたことをInstagramに投稿していました。
スピードミントンは、外でも遊べるようにバドミントンを改良したスポーツです。親子で体を動かしてオフを過ごすところに、仲の良さが伝わってきます。
北川ひかるの兄弟は兄
兄の影響でサッカーに
北川ひかる選手にはお兄さんがいます。
2014年の北國新聞には、お兄さんの影響もあってサッカーに夢中になったと書かれていました。浦和レッズレディース時代のクラブの冊子でも、お兄さんのことが紹介されています。


また、お兄さんはピアノを習っていて、北川ひかる選手がヴァイオリンを選んだのはお兄さんと別の楽器にしたかったからだ、という話もあります。子どものころは一緒に演奏していたそうです。
兄の名前や仕事は?
ネットでは、お兄さんは2歳上で、名前は「拓見さん」、理学療法士やスポーツのトレーナーをしているという話も紹介されています。ただ、これはSNSの投稿をもとにした推測で、本人やクラブが公表したものではなく、名前も仕事も噂の域を出ません。
なお、2026年10月時点で、北川ひかる選手の結婚や交際の報道はありません。
まとめ
今回は「北川ひかるはハーフじゃない!両親(父・母)や兄弟など家族も調査!」と題して、北川ひかる選手の家族についてまとめました。
- 実家は石川県金沢市。12歳でJFAアカデミー福島に入り、親元を離れた
- 父・喜則さんは建物調査の仕事。能登半島地震のあと、仕事を手伝って能登を訪れた
- 母・美千代さんはJFAアカデミーを勧めた。なでしこ入りに「涙が止まらなかった」
- 兄の影響でサッカーに夢中になった
- 実家がお金持ちかどうかはわからない
- ハーフではなく、本人がInstagramで否定している
2027年には、ブラジルでのW杯が待っています。本人が話していた「初めての石川県からの選手」として、W杯のピッチに立てるかどうか、楽しみですね。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。