藤井美穂(パラ)の実家の母・父を調査!兄妹や実家にwiki経歴も!

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東京パラリンピックの自転車競技(トラック女子3000m個人追い抜き/運動機能障害C1〜3など)に出場した、元パラサイクリング日本代表の藤井美穂(ふじい みほ)選手。

藤井美穂(パラ)の実家の母・父を調査!兄妹や実家にwiki経歴も!
出典:https://iju.pref.shizuoka.jp/

やわらかな笑顔が印象的な選手ですよね。

今回は藤井美穂(パラ)の実家の母・父を調査!兄妹や実家にwiki経歴も!

そんな藤井美穂選手の人物像について、じっくり調べてみました。

藤井美穂(パラ自転車)のwiki経歴をチェック!

それではまず、藤井美穂選手のこれまでの歩みを振り返っていきましょう。

幼少時~小学校

藤井美穂選手が生まれたのは、茨城県水戸市。1994年10月31日生まれです。

出産予定日より3か月近くも早い、妊娠29週と4日での緊急帝王切開によってこの世に生を受けます。

本来であれば双子として一緒に生まれてくるはずだった妹がお腹の中で亡くなってしまい、美穂選手の命を守るための、苦渋の決断だったそうです。

このときの美穂選手の体重はわずか700gほど。亡くなってしまった双子の妹の影響もあり、生まれたときには右足が壊死してしまっていたそうです。

そして生後10日目、壊死した右足を付け根の部分から切断する手術を受け、なんとか一命を取り留めました。

それでも、こうした自分の体を幼い頃から不自由だと感じたことは一度もなかったという藤井美穂選手。

生後8か月にはベッドに手をついて残った左足だけで立ち上がり、1歳になる頃には片足で三輪車を乗りこなして、周囲を驚かせていたといいます。

幼稚園に上がってからも、ハンデを感じさせることなく、クラスにもすんなり溶け込んでいったという美穂選手。

運動会では大勢の観客の前でも物おじせず、元気いっぱいにダンスを披露していたのだとか。

ところが、小学生になった美穂選手に、人生で初めての試練が訪れます。

学校で上級生から「一本足」とからかわれてしまった美穂選手。

あれほど楽しみにしていた運動会にも、行きたくないと言い出すほど落ち込んでしまったそうです。

それでも、お母さんの叱咤激励に背中を押され、最後は運動会に出場した美穂選手。

この経験をきっかけに、美穂選手は何事にも全力で挑むようになっていったそうです。

そして小学6年生のとき、たまたまテレビで目にした車いすテニスがきっかけとなり、

藤井美穂

いつか自分も出たい

と、パラリンピックという舞台を意識するようになっていったんだとか。

中学校時代

中学に進学すると、さまざまなスポーツに挑戦していった美穂選手。

始めに入部した卓球部では

藤井美穂

1年生の時だったんですけど、健常者の子に勝ったこともありました

と、幼い頃からの負けん気の強さと、勝負ごとへの意識の高さがうかがえますね。

そんな美穂選手が、ある競技で一気に才能を開花させます。

それが…

走り高跳び!

そうなんです。義足を外して挑む走り高跳びで、藤井美穂選手は片足大腿(だいたい)切断クラスにおいて1m39cmという日本記録を打ち立てるほどの実力者だったんです。

2016年のリオデジャネイロパラリンピック出場を目標に、義足の陸上クラブ『ヘルスエンジェルス』に所属して練習に打ち込んでいた美穂選手。

しかし走り高跳びは、競技人口の少なさもあって、リオパラリンピックの実施種目から外れてしまいます。

そんなとき、美穂さんが新たに出会ったのが自転車競技でした。

北京大会からリオ大会まで、5つのメダルを獲得している藤田征樹(34)選手の装具を作っていた斎藤拓さんの勧めだった。

引用:けいりんマルシェ

と、自身の義足を手がける装具士の斎藤拓さんに勧められ、静岡・伊豆市のサイクルスポーツセンターで初めて自転車にまたがった美穂選手。

苦しかったが、どこか心地よかった。

引用:けいりんマルシェ

と振り返るように、みるみるうちに自転車競技にのめり込んでいきます。

そして自転車を始めてから、わずか1か月ほどでワールドカップに参戦。

結果こそ振るわなかったものの、この悔しさをバネに、自転車競技でパラリンピックを目指す決意を固めます。

乗るたびにタイムが伸び、自転車が楽しくて仕方がなかったという美穂選手でしたが、あと一歩のところで惜しくもリオパラリンピックの代表入りを逃してしまいます。

※リオパラリンピックでは日本に2つの出場枠が与えられていましたが、実際に派遣されたのは1枠のみ。2番手だった藤井美穂選手の出場は見送られました。

しかし

実力がないのにパラって出られちゃうんだと思われたくなかったし、実力がなかったから派遣されなかったことは自分でも納得しています

引用:PRESSPORTS

と、さらなるレベルアップを誓った藤井美穂選手。

2021年4月には、国際大会でも実績を残した沼部早紀子さんがパラサイクリング協会のヘッドコーチ(HC)に就任。

さらに所属先である楽天ソシオビジネスの全面的なサポートもあって、勤務時間の半分をトレーニングに充てられる環境が整っていったそうです。

そして万全の態勢で臨んだ、2021年の東京パラリンピック。

パラリンピックだからといって特別に意識はしません。全力でお客さんが見て楽しいと思えるレースをしたいですね。魅せるレースを

生まれてこられなかった妹の分まで私は生きている。妹のためにも頑張る

引用:けいりんマルシェ

と、強い覚悟で本番に臨みました。

迎えた東京パラリンピックでは、女子500mタイムトライアル(C1〜3)で7位入賞を果たし、3000m個人追い抜きやロード種目にも出場。世界の強豪を相手に、堂々とした走りを見せてくれました。

その後はパリパラリンピックも視野に競技を続けていましたが、首のケガなどの影響もあり、2023年5月の全日本選手権トラック大会を最後に現役を引退。引退後は、子どもたちへの体育の出張授業や講演活動などを通じて、自身の経験や「あきらめない心」を伝える活動にも取り組んでこられたようです。

藤井美穂の実家や両親(父・母)が凄い!

続いて、藤井美穂選手のご両親についても調べてみました。

藤井美穂さんの父親はどんな人?

残念ながら、藤井美穂さんのお父さんについては、名前やお仕事などの詳しい情報は公表されていませんでした。

美穂選手が生まれる前から出張続きで、家を空けることが多かったというお父さん。

そんな多忙な日々を送っていたことから、全国を飛び回るようなお仕事に就いていたのかもしれませんね(※あくまで推測の域を出ない話ではありますが)。

藤井美穂選手の母親はどんな人?

藤井美穂選手のお母さんは、由美子(ゆみこ)さんという名前です。

生まれたときから美穂さんにずっと寄り添い、ときに優しく、ときに厳しく、その歩みを支え続けてきたお母さん。

小学校時代、鉄棒がどうしてもうまくできずにいた美穂選手に対して、

藤井美穂の母

できなくてもいい。でも、もう一度だけチャレンジしてみよう

と、優しく声をかけたそうです。

美穂選手はこの言葉をずっと胸に刻み、くじけそうになったときも決して諦めなかったんだとか。

また、上級生にからかわれて運動会への参加を嫌がっていたときには、

藤井美穂の母

やるだけやってだめならいいけど、
最初から諦めるなんてお母さん許さないよ!

と、あえて心を鬼にして、厳しい言葉をかけたこともあったそうです。

美穂さんのことを心から想っていなければ、なかなか言えない言葉ですよね。

もしこのお母さんの言葉がなければ、今の藤井美穂選手はいなかったかもしれない。そう思うと…

本当に芯の強い、素敵なお母さんですよね。

ただただ尊敬…

藤井美穂さんに兄妹は居る?

藤井美穂さんには、3歳年下の真美(なおみ)さん、9歳年下の芙美(ふみ)さん、そして双子として一緒に生まれてくるはずだった瑠美(るみ)さんという、3人の妹さんがいるとされています。

ただ、妹さんたちについては一般の方ということもあり、ほとんど情報が公表されていませんでした。

とはいえ、あの美穂選手の妹さんですから、きっと素敵な女性で、姉妹仲も良いのでしょうね。

まとめ

今回は藤井美穂(パラ)の実家の母・父を調査!兄妹や実家にwiki経歴も!

という事で、東京パラリンピックの自転車競技に出場した、元パラサイクリング日本代表・藤井美穂選手について調べました。

生まれてわずか10日で右足を失った藤井美穂選手。

それでも、そのハンデを物ともしない強い心と体で道を切り拓いてきた、本当に魅力的な選手でしたね。

そして、その美穂選手を陰で支え続けたお母さん・由美子さんも、本当に素敵な方でした。

お父さんや妹さんについては公表されている情報が少ないですが、新たに分かったことがあれば追記していきますね。

藤井美穂選手はすでに現役を引退されていますが、ハンデを物ともせず世界へ挑み続けたその姿は、これからも多くの人を勇気づけてくれるはずですね!

  • 茨城県水戸市出身、1994年10月31日生まれ。生後10日で右足を切断するも、片足で力強く成長。
  • 走り高跳び(片足大腿切断クラス)で1m39cmの日本記録を樹立し、その後パラサイクリングへ転向。
  • 2021年の東京パラリンピックに出場し、女子500mタイムトライアル(C1〜3)で7位入賞。
  • 2023年5月の全日本選手権を最後に現役を引退。お母さんは由美子さん、妹さんが3人いるとされる。

引退後も、藤井美穂選手のこれからの歩みに注目していきたいですね。

最後までお読み頂きありがとうございました。