元プロ野球選手・清原和博さんの元妻であり、いまはモデルとして第一線で活躍されている清原亜希(きよはらあき)さん。

清原和博さんとの離婚後は清原姓を外し、現在は「亜希」というお名前で活躍されていますね。
そんな清原亜希さんを育てたご実家やご両親は、いったいどんな方々だったのでしょうか?
今回は清原亜希の実家の両親は離婚済み!父母の現在や兄弟など家族も調査!
ということで、清原亜希さんのご実家やご両親、そして兄弟姉妹といった家族まわりの情報を、まとめて調べてみました!
目次
清原亜希の実家はお金持ち?
まずは、清原亜希さんがどんなご実家で育ったのかから見ていきましょう!
清原亜希の実家の場所は福井県福井市!
清原亜希さんのご実家は、福井県福井市にあると言われています。
そう考えられる根拠としては、次のような点が挙げられます。
- 出身地:福井県福井市
- 出身小学校:校名は不明だが、福井市内の公立校という情報がある
- 出身中学校:福井市進明中学校(福井県福井市松本1丁目10−1)と言われている
このように、幼少期から福井県福井市にしっかり根を下ろして過ごされていたことが理由のようですね。
なお、のちほど詳しく触れますが、清原亜希さんのご両親はすでに他界されているそうです。
そのため現在のご実家には、お兄さんが暮らしているのではないかと言われていますね。
これらを総合すると、清原亜希さんのご実家は福井県福井市にあるという見方が有力なようです。ただ、本人が住所をはっきり公表しているわけではないので、あくまで「そう言われている」という程度に受け止めておくのが良さそうですね。
清原亜希の実家はお金持ち?
結論から言うと、清原亜希さんのご実家が裕福だった可能性は、あまり高くなさそうです。
そのように見られる理由は、以下のとおりです。
- 小学4年生のときにご両親が離婚されている
- 離婚後はお母さんが女手一つで子どもたちを育てていた
- 離婚前のお父さんは賭け事が好きで、お金の使い方が荒かった
- 勝ったときは周囲に気前よく大盤振る舞いをしてしまうタイプだった
こうした事情から、経済的にはなかなか厳しい暮らしだったことがうかがえます。
実際、「実家が裕福だった」といった話や、幼い頃からお金のかかる習い事をしていたという情報も見当たりませんでした。
以上を踏まえると、やはり清原亜希さんのご実家がお金持ちだった可能性は低いと言えそうですね。
清原亜希の実家の両親(父・母)はどんな人?
続いては、清原亜希さんを育てたお父さん・お母さんがどんな方だったのかを見ていきましょう!
清原亜希の父親はお洒落でカッコいい!?
清原亜希さんのお父さんについては、お名前や年齢といった詳しい情報は公表されていませんでした。
ただ、過去のインタビューの中で、清原亜希さんはお父さんについてこんなふうに語っています。
父は建設関係の仕事をしていました。凄くお洒落な人で子供ながらに「お父さんはお洒落でカッコいいな」と思っていました。
と振り返っていますね。
そして先ほども触れたとおり、お父さんとお母さんは清原亜希さんが小学4年生のときに離婚されています。その経緯については、本人がこう明かしています。
父は賭け事が好きで負ければもっとつぎ込むし、勝てば周りに大盤振る舞いをしてしまう人でした。だから母は苦労して、結婚して10年経った頃に見切りをつけて、私と兄を連れて家を出たんです。
と語っており、お父さんが賭け事好きな性格だったことを、自らの言葉で明かしていますね。
なお、そんなお父さんもすでに他界されているとのことです。
お父さんの賭け事が原因で、幼い頃はずいぶん苦労を重ねられたことでしょう。
それでもお父さんを「お洒落でカッコいい」と語れるあたりに、清原亜希さんの懐の深さや人柄の良さがにじみ出ている気がしますね!
清原亜希の母親は2001年に腎臓がんで他界!
清原亜希さんのお母さんは、小学4年生のときの離婚以降、女手一つで2人の子どもを育て上げた方です。
お名前などの詳細はわかりませんでしたが、清原亜希さんが幼かった頃に撮られた、お母さんとのお写真は見つかりました。
それが、こちらのお写真です。


幼い娘を慈しむように抱きしめるお母さんの表情から、深い愛情がしっかりと伝わってきますね!
そんなお母さんですが、清原亜希さんが清原和博さんと結婚した翌年にあたる2001年頃、腎臓がんでこの世を去っています。
当時、清原亜希さんは33歳。お母さんはまだ60歳という若さだったそうで、あまりに早すぎる別れでしたね。
こうして現在はご両親ともに他界され、清原亜希さんの心のよりどころはお兄さんになっているのだそうです。
清原亜希さんは、お母さんについてこのようにも語っています。
母が亡くなった2か月後に長男が生まれました。亡くなったときは悲しみに打ちのめされていましたが、赤ちゃんは元気に生まれてくれました。そのお陰で少しずつ癒してくれたように思います。
と、お母さんが孫の顔を見ることなく旅立ったことを、率直に明かしていますね。
孫の成長を見届けられなかったのは何とも切ないですが、きっと天国から娘さんやお孫さんたちの活躍をそっと見守っているに違いありませんね!
清原亜希の両親のエピソードも紹介!
ここからは、清原亜希さんのご両親にまつわるエピソードをいくつかご紹介します。
母親からの教えとは?
清原亜希さんは、小学4年生からは母子家庭で育ってこられました。
それでもお母さんがとても明るい性格だったおかげで、母子家庭ならではの寂しさを感じることはなかったそうですよ。
そんなお母さんが、幼い清原亜希さんに繰り返し伝えていた言葉が、こちらです。
- 上を見たらきりが無い
- 背伸びをするな
- 人に感謝をして生きなさい
という教えだったそうです。
いまもシングルマザーとして、たくましく仕事と子育てを両立されている清原亜希さん。
その芯の強さの根っこには、幼い頃から繰り返し聞かされてきたお母さんの教えが、しっかり息づいているのかもしれませんね!
母、兄、元夫の清原和博の3人のうつ病と向き合った!?
清原亜希さんは以前、ご自身のオンラインサロンの中で、こんな話をされていました。
実は私、1番近しい大切な人、母、兄、そして清原さん(笑)の3人の鬱と向き合ってきています。
と、お母さん・お兄さん、そして清原和博さんの不調と向き合ってきたことに触れています。
また、近しい人に寄り添うときの心がけについては、こうも語っています。
経験のない正論は人を変えられないと学んだ気がします。自分しか出来ない事を与える。これには正解も不正解もないけど、大切な人に寄り添いたい気持ちが有れば光が見える気もします。とは言え本当に難しい。
と、清原亜希さんならではの向き合い方を語られていました。
その背景までは明かされていませんが、清原亜希さんが自分にできることを精いっぱい尽くしてこられたのだろうと感じさせられますね。
ずっと抱いている母親に対する思いとは?
清原亜希さんはお母さんの命日に、亡き母への思いを次のように綴っています。
後悔するならば、母に病名を伝えず隠し続ける事が優しさだと思っていました。今思えば母の人生であるべきだった。母に伝えていれば…母はどんな事を残したかなという想いがこの日だけは頭をぐるぐるさせます。
と、お母さんに病名を伝えないままだったことを、いまも悔やんでいると明かしています。
そんなお母さんが、娘である清原亜希さんに贈った言葉がこちらです。
「ここには何もないから、亜希の好きなようにしなさい。」
この言葉を、清原亜希さんは15歳のときにお母さんから受け取ったそうです。
清原亜希さんはこの言葉をいまもずっと胸に刻んでいるそうで、
この言葉がなかったら今の私はいない。ここには何もないから…成人式万歳~~。なんだか、今朝はお祝い気分です。
と振り返っていました。
きっと天国のお母さんも、娘が病名を伝えずにいたその優しさを、ちゃんと分かってくれているはずですね。
これからもお母さんの言葉どおり、清原亜希さんが「好きなように」生き生きと歩んでいってほしいですね!
清原亜希の兄弟姉妹も調査!
最後に、清原亜希さんに兄弟や姉妹がいるのかどうかも調べてみました!
清原亜希の兄弟は兄1人!
清原亜希さんには、お兄さんが1人いらっしゃいます。
ただ、お兄さんの年齢や職業、お顔がわかる写真などは公表されていませんでした。
幼い頃はケンカが絶えなかったそうですが、それでも昔から仲の良い兄妹だったとのことですよ。
いまではそんなお兄さんが、清原亜希さんにとって一番頼れる存在なのだとか。その理由として、次のようなエピソードが挙げられます。
- ご両親の他界後、心の支えになってくれたのがお兄さんだった
- 離婚後は、清原亜希さんの子どもの送り迎えや留守番などをサポートしてくれた
- 本人もブログで「兄は一番の理解者」だと公言している
こうした数々のエピソードから、兄妹の深い絆がひしひしと伝わってきますね。
お兄さんはもともと福井のご実家に暮らしていたそうですが、妹の離婚後は住み込みに近い形で、妹と子どもたちを支えてくれたと言われています。
そこまで妹思いの優しいお兄さんですから、清原亜希さんのお子さんたちにとっても、かけがえのない存在になっているに違いありませんね!
まとめ
今回は清原亜希の実家の両親は離婚済み!父母の現在や兄弟など家族も調査!
ということで、清原亜希さんのご実家やご両親(父・母)、兄弟姉妹といった家族にまつわる情報をお届けしてきました。
- 清原亜希さんのご実家は福井県福井市にあると言われている
- 父の賭け事や離婚後の母子家庭などから、実家が裕福だった可能性は低い
- 父は建設関係の仕事で賭け事好きだったが、お洒落でカッコいい人だと娘に慕われていた(すでに他界)
- 母は長男誕生の2か月前、2001年頃に腎臓がんで他界(当時60歳)。離婚後は女手一つで子育てした苦労人
- 兄が1人おり、両親他界後も離婚後も支え続けてくれた「一番の理解者」だと本人が公言している
以上のことがわかりました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。