俳優として活躍する眞栄田郷敦(まえだごうどん)さん。

2019年公開の映画「小さな恋のうた」で銀幕デビューを飾って以来、「東京リベンジャー」シリーズや「ゴールデンカムイ」、NHK大河ドラマ「どうする家康」など話題作への出演を重ね、2025年にはNHK連続テレビ小説「あんぱん」にも出演するなど、着実にキャリアを積み重ねています。
そんな眞栄田郷敦さんを育んだ実家やご両親は、一体どのようなルーツを持つのでしょうか。
今回は眞栄田郷敦と父・千葉真一や兄との熱い感動エピソード10選!母親も調査!
そこで今回は、眞栄田郷敦さんの実家や両親、兄弟姉妹といった家族にまつわる情報を徹底的に調べてみました。
目次
眞栄田郷敦の父は千葉真一!
眞栄田郷敦さんの父親は、名優として名高い千葉真一(ちばしんいち)さんです。

日本映画界を牽引したアクションスターであり、海外では「Sonny Chiba(サニー・チバ)」の愛称で親しまれてきた人物です。
ここからは、父・千葉真一さんの歩みを詳しく見ていきましょう。
眞栄田郷敦の父・千葉真一は日本を代表する俳優でアクションスター!
まずは父・千葉真一さんの基本プロフィールをご紹介します。
本名…前田禎穂(まえださだほ)
生年月日…1939年1月22日
没年月日…2021年8月19日(享年82歳)
出生地…福岡県福岡市博多区
出身地…千葉県君津市
死没地…千葉県木更津市
身長…176cm
血液型…O型
職業…俳優・体操選手・空手家・歌手・映画監督等
主な出演作品…映画「風来坊探偵」シリーズ、「殺人拳」シリーズ等
趣味…ハリウッド映画鑑賞、水彩画、日記
半世紀を優に超える芸能生活の中で、千葉真一さんは映画・テレビドラマなど1,500本以上の作品に名を連ねてきました。

続いて、父・千葉真一さんの経歴を年表でまとめます。
1939年1月22日、福岡県福岡市博多区雑餉隈にて、5人兄弟の長男(第2子)として出生
1943年頃、4歳の時に千葉県君津市へ転居
1957年、日本体育大学体育学部体育学科に進学
1959年、「東映第6期ニューフェイス」にトップの成績で合格、大学を中退し東映へ入社
1969年1月7日、「新 七色仮面」で主演デビュー
1970年、ジャパンアクションクラブ(JAC)を設立
1973年、俳優・野際陽子と結婚
1975年1月1日、長女・真瀬樹里が誕生
1994年、野際陽子と離婚
1996年、28歳年下の一般女性と再婚
1996年11月16日、長男・新真剣佑が誕生
2000年1月9日、次男・眞栄田郷敦が誕生
2015年、一般女性と離婚
2021年8月19日、新型コロナウイルス感染症による肺炎のため、82歳で死去
千葉真一さんは中学時代に器械体操と出会い、オリンピック出場を目標に厳しい練習を積んでいました。
進学した千葉県立木更津第一高等学校では、1年時に全国大会上位入賞、3年時には見事全国優勝を果たしています。
その運動神経は折り紙つきで、体操を続けていれば五輪の金メダルも夢ではなかったと言われるほどの逸材だったそうです。
日本体育大学に進んでからも実績を重ねていましたが、大学2年の時、跳馬の練習中にケガを負ってしまいます。
これにより体操選手としての夢を絶たれ、1959年に大学を中退することになりました。
そしてこのケガをきっかけに、俳優への道を歩み始めることになります。

体操選手としての道は閉ざされたものの、その卓越した身体能力はアクション俳優として存分に発揮されることになりました。
危険なスタントや殺陣も自らこなし、1970年に設立したジャパンアクションクラブでは後進の指導・育成にも力を注いでいます。
プライベートでは、結婚・離婚をそれぞれ2度経験しています。

こうして見ると、いかに芸能一家であるかがよく分かりますよね。
ちなみに、千葉真一さんの弟である矢吹二朗(やぶき じろう)さんも元俳優。本名は前田満穂さんといい、1969年に俳優デビューし「仮面ライダー」シリーズなどにも出演しましたが、1982年に俳優を引退しています。現在はNPO法人森林デザイン研究所を設立し、子どもたちに自然体験の場を提供する活動をされているのだとか。
血筋だけでなく、家族ぐるみで芸能界を支えてきたことがうかがえるエピソードですね。
2度の結婚を通じて、3人の子どもに恵まれました。

しかし2021年8月19日、千葉真一さんは新型コロナウイルス感染症に伴う肺炎のため、82歳でこの世を去りました。
突然の訃報に、芸能界のみならず世間全体が大きな衝撃を受けたことは記憶に新しいですね。

本人にとってはやり残したこともあったかもしれませんが、同じ俳優の道を歩む子どもたちの活躍を、きっと空の上から見守っていることでしょう。
眞栄田郷敦の母親は京都の元人気芸妓!
続いて、眞栄田郷敦さんの母親についても調べてみましょう。
眞栄田郷敦の母・玉美は京都の人気芸妓だった!
父・千葉真一さんの2番目の妻であり、眞栄田郷敦さんの母にあたる玉美(たまみ)さん。

はっきりとした目元と整った輪郭が印象的な美しい女性ですね。
母・玉美さんは1996年、29歳のときに28歳年上だった父・千葉真一さんと結婚しています。

京都の人気芸妓として名を馳せていた母・玉美さんは、お客として店を訪れた父・千葉真一さんの目に留まったことが交際のきっかけだったそうです。
結婚後は、本格的なハリウッド進出を目指す父・千葉真一さんとともにアメリカへ渡っています。
そしてアメリカの地で、眞栄田郷敦さんと兄・新田真剣佑(あらたまっけんゆう)さんの2人を出産しました。

しかし母・玉美さんは、眞栄田郷敦さんの中学進学を機に帰国し、地元である京都市へ戻ることになります。
このとき、アメリカには父・千葉真一さんと兄・新田真剣佑さんを残す形になりました。
それから5年にわたる協議の末、2015年に父・千葉真一さんと正式に離婚しています。
離婚に際し、兄・新田真剣佑さんの親権は父・千葉真一さんが、眞栄田郷敦さんの親権は母・玉美さんが持つことになりました。
離婚の理由は父・千葉真一さんの借金や女性関係が原因とされ、養育費もほとんど受け取れなかったと言われています。
そのため母・玉美さんは、パチンコ店で働くなどして生活費や学費を工面していたそうです。
苦しい状況の中でも眞栄田郷敦さんを私立高校へ進学させるなど、女手ひとつで息子を支えてこられました。
とはいえ離婚後も、父・千葉真一さんとの関係は良好だったようです。
眞栄田郷敦さんが俳優を目指すことになった際も、父・千葉真一さんとの同居生活を快く受け入れています。
父・千葉真一さんの死後も墓参りを続けているそうで、今なお元夫を気にかけている様子がうかがえますね。
眞栄田郷敦の母・玉美は外国人でも沖縄県出身でもない!
母・玉美さんは、
母・玉美自身や眞栄田郷敦・新田真剣佑の顔の堀りが深くハーフに見えること
アメリカ・ロサンゼルスに住んでいたこと
眞栄田郷敦の「眞栄田」という姓が沖縄県に多いこと
こうした理由から、外国人や沖縄県出身ではないかと噂されることがあるようです。

結論から言えば、母・玉美さんは生粋の日本人です。
京都市出身の母・玉美さんは、地元で名の知れた人気芸妓だったといいます。
また眞栄田郷敦さんの芸名「眞栄田」は、父・千葉真一さんの本名である「前田」の読みに、別の漢字を当てたものです。
外国や沖縄との具体的な接点は報じられておらず、母・玉美さんを外国人や沖縄県出身とする情報は誤りと考えて間違いなさそうです。
眞栄田郷敦の兄は新田真剣佑!
眞栄田郷敦さんのお兄さんは、同じく俳優として活躍する新田真剣佑(あらたまっけんゆう)さんです。

凛々しい眉と目元が印象的な俳優さんですよね。
続いては、兄・新田真剣佑さんについてもご紹介しましょう。
眞栄田郷敦の兄・新田真剣佑も俳優として活躍!
兄・新田真剣佑さんの主なプロフィールをまとめてみました。
本名…前田真剣佑(まえだまっけんゆう)
生年月日…1996年11月16日(29歳/2026年7月時点)
出生地…アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス郡サンタモニカ
身長…177cm
血液型…B型
特技…空手道、器械体操、水泳、乗馬、レスリング、水球、ピアノ、アルトサックス、フルート
主な出演作品…「ちはやふる」シリーズ、「OVER DRIVE」、「るろうに剣心 最終章 The Final」等
兄・新田真剣佑さんと眞栄田郷敦さんは、2人ともアメリカ生まれ・アメリカ育ちです。
兄・新田真剣佑さんは幼い頃から父・千葉真一さんの影響を受けて空手や器械体操に励み、水泳やピアノの稽古にも励んでいたといいます。

空手においては、ロサンゼルスの大会で優勝を果たすほどの腕前だったそうです。
父譲りの高い身体能力は、俳優としてのキャリアにもしっかりと活かされています。
2023年4月公開のハリウッド映画「聖闘士星矢 The Beginning」では主演を務め、スタントマンなしでアクションシーンに挑んでいます。
その体を張った演技は、アクション俳優として高い評価につながっています。
これからの活躍が楽しみな俳優のうちの1人ですよね。
実際、その後の兄・新田真剣佑さんの活躍は目覚ましく、2023年8月に配信が始まったNetflix実写ドラマ「ONE PIECE」では、原作屈指の人気キャラクター・ロロノア・ゾロ役に抜擢されました。空手仕込みの殺陣とストイックな肉体づくりで原作ファンからも高く評価され、2026年3月配信のシーズン2でも続投。世界的な注目を集めています。
父・千葉真一さんが切り拓いたアクション俳優としての系譜が、しっかりと受け継がれているようですね。
眞栄田郷敦と父・兄とのエピソードまとめ!
ここからは、眞栄田郷敦さんと父・千葉真一さん、兄・新田真剣佑さんにまつわるエピソードをまとめてご紹介します!
眞栄田郷敦と父・兄のエピソードまとめ!
3人の間で語られてきた印象的なエピソードを見ていきましょう。
眞栄田郷敦と父・千葉真一、兄・新田真剣佑の名前・芸名の由来
眞栄田郷敦さんの本名は「前田郷敦」といいます。
読み方はそのままに、姓の漢字だけを変えて芸名にしているんですね。
「眞栄田」という芸名には、父・千葉真一さんや兄・新田真剣佑さんと同じ「真」の字を使いたいという思いが込められているそうです。

そして「郷敦」という名前は、父・千葉真一さんが脚本を手がける際に使っていたペンネーム「GORDON」にちなんだものです。
自らの手でハリウッドスターを育てたいと願っていた千葉真一さんが、海外でも通用する名前をとの思いで名付けたのだとか。
一方、兄・新田真剣佑さんの本名は「前田真剣佑」です。
「真剣佑」という名前は、
父・千葉真一真実の剣を持って、人の右に出てほしい
という願いを込めて、父・千葉真一さんが名付けました。
新田真剣佑さんはデビュー当初「真剣佑」の芸名で活動していましたが、2017年5月22日に「新田真剣佑」への改名を発表しています。
この「新田」は映画「ちはやふる」で演じた「綿谷新(わたやあらた)」役にちなんだもので、原作者の末次由紀(すえつぐゆき)さんから了承を得た上で改名したことを明かしています。
ちなみに父・千葉真一さんの本名は「前田禎穂(まえださだほ)」といいます。
「千葉真一」の名も、実は芸名だったのですね。
この芸名は、デビュー当時に東映の所長を務めていた山崎真一郎(やまざきしんいちろう)さんの一言がきっかけだったそうで、



お前さ~、千葉から来たから「チバ」、名は俺の真とって「シンイチ」にしろ!
というひと言で、あっさりと決まったのだとか。
由来は意外にもシンプルですが、この名前は世間にすっかり浸透し、アクションスターとしての地位を確立することになりました。
父・千葉真一の食育は「白いものを食べるな」?!
眞栄田郷敦さんはテレビ番組に出演した際、父・千葉真一さんのしつけが厳しかったかを聞かれ、



そんなに厳しくなくて、自由に育てられた
と、明かしています。
しかし優しい父・千葉真一さんも、こと食事の教育にはこだわりがあったようで!
「白い食べ物には栄養がない」と思い込んでいたそうで、



白いものを食べるな!でも米は食え!
と、子どもたちにたびたび言い聞かせていたそうです。


自身が鍛え抜かれた肉体の持ち主だっただけあって、食に対する強いこだわりを持っていたのですね。
父・千葉真一の演技指導は厳しかった!
2012年、眞栄田郷敦さんは中学進学を機に、母親とともにアメリカから帰国しています。
帰国後はサックスに打ち込み、プロを志すほどの腕前だったといいます。


音楽の名門高校に進学したものの、2018年に受験した東京藝術大学には不合格だったとのこと。
肩を落とす眞栄田郷敦さんに、父・千葉真一さんがかけたのは、



試しに役者をやってみたら
と、勧めます。
母・玉美さんの了承を得て、眞栄田郷敦さんは千葉県君津市で父・千葉真一さんとの同居生活をスタートさせます。
ところが、いざ始まった父・千葉真一さんの演技指導は想像以上に厳しいもので、



俺も真剣佑も超える覚悟でやれ! それが出来ないようならすぐに芸能界をやめろ!
と、厳しい言葉で発破をかけ続けていたそうです。
あまりの厳しさに、父・千葉真一さんの存在を恐れてしまった眞栄田郷敦さん。
父・千葉真一さんのスマートフォンにこっそりGPSアプリを仕込み、居場所を確認しながら逃げ回っていたこともあったといいます。
そうした紆余曲折を経ながらも、父の指導と持ち前の素直さによって、眞栄田郷敦さんは俳優として着実に力をつけていきます。
そして2019年5月公開の映画「小さな恋のうた」で、念願のスクリーンデビューを飾ったのです。


その活躍を、父・千葉真一さんもきっと喜んでいたことでしょうね。
父・千葉真一は「二世俳優であってもニセの俳優にはなるな」と言い続けた
息子2人がそろって俳優の道に進んだことを、内心では嬉しく思っていたという父・千葉真一さん。
とはいえ、素直に喜んでばかりはいられなかったようで、



(父親の名前でチヤホヤされるのは)最初だけだ。いいか、二世俳優であっても、偽の俳優にはなるな。命がけで、父親を超えて行け!
と、常々2人に言い聞かせていたそうです。
そんな父の言葉に、眞栄田郷敦さんと兄・新田真剣佑さんは真摯に耳を傾けていたといいます。
また千葉真一さん自身、かつてハリウッド進出を果たした経験がありますが、そこで大きな壁となったのが英語でした。
日常会話程度の英語はこなせても、ネイティブのように自在に操ることは難しく、限界を感じていたそうです。
だからこそ、アメリカ生まれ・アメリカ育ちである2人の息子を頼もしく思い、現地での活躍に期待を寄せていたそうです。


その期待に応えるかのように、兄・新田真剣佑さんはすでにハリウッドを中心とした海外での活動に力を注いでいますね。
兄弟そろっての今後の活躍から、目が離せません。
父・千葉真一の死
2021年8月、父・千葉真一さんは新型コロナウイルス感染症に伴う肺炎により、帰らぬ人となりました。
眞栄田郷敦さんと兄・新田真剣佑さん、そして異母姉の真瀬樹里(まなせじゅり)さんは、最期の瞬間には立ち会えなかったといいます。
仕事の合間を縫ってようやく病院に駆けつけた眞栄田郷敦さんは、病室で父・千葉真一さんと2人きりになった際、



一方的に(父・千葉真一さんと)約束をしてきました
と、明かしていたそうです。
具体的な内容は明かされていないものの、俳優としての決意を父・千葉真一さんに伝えたのではないかと言われています。
お墓参りには、母・玉美さんと兄・新田真剣佑さんとともに3人で訪れることもあるようです。
プライベートでは波乱もあったものの、父・千葉真一さんが家族から深く愛され、尊敬されていたことがうかがえますね。
眞栄田郷敦は兄・新田真剣佑に憧れている
眞栄田郷敦さんは幼い頃を振り返り、



ずっと兄の真似をしてる子でした。お兄ちゃんが言ったこと、やりたいこと、お店で頼んだものまで全部。
と語り、幼少期から兄・新田真剣佑さんに憧れ、何でも真似していたことを明かしています。
2023年5月3日に行われたインタビューでは、最近になって改めて兄・新田真剣佑さんをすごいと感じるようになったと語った上で、



兄はハリウッドでも活動しているんですが、この間会った時に、やっぱりスター気質で天才なんだろうなって感じて。僕はそういうのがないので憧れますね。
と、改めて憧れの気持ちを口にし、兄の出演作を見て学びたいと語っていました。
兄への憧れを素直に語れるところに、眞栄田郷敦さんの実直な人柄がよく表れていますね。
眞栄田郷敦は兄・新田真剣佑からのアドバイスで高校進学を決めた
眞栄田郷敦さんは、



ずっと仲良いですね、家族
と明かしており、これといった反抗期もなかったようです。
兄・新田真剣佑さんとは仲が良かったものの、人並みにきょうだい喧嘩をすることもあったのだとか。
きょうだい喧嘩の際にどちらが先に謝るのかと尋ねられた眞栄田郷敦さんは、



謝らないですね。いじめられてばっかだったので、兄貴に
と語り、きょうだい喧嘩がやや一方的な展開になりがちだったことを明かしています。
そんな2人の信頼関係がうかがえるエピソードも明かされています。
もともと勉強があまり好きではなかった眞栄田郷敦さんは、当初高校への進学を考えていなかったそうです。
しかし、



どこでもいいから受験しなさい
という兄・新田真剣佑さんの言葉を受けて、岡山県にある音楽の名門校へ進学することを決めています。
さらに、眞栄田郷敦さんが俳優を志す際にも、



1回やってみな
と、兄・新田真剣佑さんが背中を押してくれたそうです。
人生の節目節目で、いつもお兄さんの言葉に助けられてきたのですね。
眞栄田郷敦は兄・新田真剣佑とともに結婚を発表!
2023年1月22日、眞栄田郷敦さんと兄・新田真剣佑さんは、そろって結婚を発表しました!


この日はちょうど、亡き父・千葉真一さんの84回目の誕生日にあたる日で、



父親の誕生日に発表しようと2人で決めた
と、兄弟であらかじめ申し合わせていたそうです。
注目の若手俳優兄弟がそろって結婚を発表したことで、世間でも大きな話題となりました。
父・千葉真一は生前に息子たちの妻を紹介されていた
2023年1月22日にそろって結婚を発表した眞栄田郷敦さんと兄・新田真剣佑さん。
父・千葉真一さんは生前、息子たちからそれぞれの婚約者を紹介され、共に食卓を囲んでいたそうです。
父・千葉真一さんは、



息子をよろしく
と、女性たちに伝えていたのだとか。
また、そのお相手たちをすっかり気に入っていた様子で、結婚を心待ちにしていたと言われています。
残念ながら生前に結婚という形を見届けることは叶いませんでしたが、天国からきっと喜んでくれていることでしょう。
また母・玉美さんは、2人それぞれの婚姻届の提出に同行したそうです。
結婚発表の翌日には、母・玉美さんを含めた3人で父・千葉真一さんのお墓に報告へ行ったそうで、家族の結束の強さがうかがえますね。
結婚発表から数年、兄弟それぞれの家庭には変化も
2023年に結婚を発表した2人ですが、その後の歩みには対照的な変化が見られます。
兄・新田真剣佑さんの結婚相手は、元子役として活動していた岡本奈月さんと報じられています。
2023年7月には第一子が誕生。出産の地として選ばれたのは、父・千葉真一さんが「第二の故郷」と呼ぶほど縁が深かったハワイ・ホノルルだったそうで、新田家らしいエピソードとして話題になりました。
一方、眞栄田郷敦さんも2023年夏に第一子が誕生し、兄弟そろっての”Wおめでた”に喜びの声が広がりました。
しかし2024年10月、眞栄田郷敦さんは結婚から2年に満たないタイミングでの離婚が報じられます。
連日の撮影や長期ロケが続いたことですれ違いが生じ、話し合いの末に円満離婚に至ったと伝えられています。
2026年に入ってからは、6歳年上の女性と交際しているとの報道もありますが、こちらは本人たちが公式に発表した情報ではなく、あくまで週刊誌報道の域を出ません。今後、家族としてどんな歩みを見せてくれるのか、引き続き見守りたいですね。
眞栄田郷敦の幼少期の幸せエピソード
幼い頃、眞栄田郷敦さんは家族で居酒屋を訪れた際、母親の膝の上で眠ってしまったことがあるそうです。
その時のことを、



ときどき笑い声と一緒に振動が伝わってくるなかで寝るのが好きでした。幼心に、やさしくて幸せな空気に包まれた空間だと居心地良く感じてました
と、明かしています。
家族4人がそろって過ごした時間は決して長くありませんでしたが、それだけに一つひとつの思い出が色濃く心に刻まれているのかもしれませんね。
まとめ
今回は眞栄田郷敦と父・千葉真一や兄との熱い感動エピソード10選!母親も調査!
そこで今回は、眞栄田郷敦さんの実家やご両親、兄弟姉妹といった家族にまつわる情報をお届けしました。


- 眞栄田郷敦の父・千葉真一は日本を代表する名優・アクションスターとして活躍したが、2021年8月に82歳で死去。母・玉美は京都の元人気芸妓だった
- 眞栄田郷敦の兄・新田真剣佑はNetflix実写版「ONE PIECE」のロロノア・ゾロ役でも知られる人気俳優で、ハリウッドを含む海外でも活躍中
- 2人は2023年にそろって結婚・第一子誕生を発表。ただし眞栄田郷敦は2024年10月に離婚したと報じられている
- 眞栄田郷敦と父・千葉真一、兄・新田真剣佑は良好な関係を築いてきた!
以上、家族にまつわるエピソードの数々をご紹介しました。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。
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